第27話「人の夢はそう思い通りにはいかないという話。」
休日。宇納間家、自宅。
「ふぅ、」
宇納間工多は自宅のパソコンで溜息を吐く。
「はぁっ……」
それは凄く深いため息であった。
誰かと喧嘩をしたのか。それとも、仕事で上手くいかないことがあったのか。
否、何れも違う。
「面白い、って思ったんだけどな……」
彼が見ているのは“小説サイトのランキング表”だ。
一日・一週間・一か月で変動する。評価数・閲覧数などのデータを参照に、人気作が度々顔を出す。一か月のランキングのトップなどに関しては、主に書籍化までこぎつけた人気作が大半だ。
百位まで公開されるランキング。普段はチェックしない項目であるが、この数か月は、工多にとっては重要となる項目なのである。
ネットで開催されるコンテスト。上位作品は“書籍化”など、コンテンツ化が約束されているのだ。アマチュアの物書きが世界に羽ばたくチャンス。工多はこのステージにも、密かに投稿を続けている。
「そんなに、俺の作品はつまらないのかな……?」
コンテストの上位作品。その選考に条件としては“ランキング”が大きく左右されることになる。
しかし、工多が投稿したという作品は……ものの見事に場外だった。
一週間に三回ほど確認される程度。ここまで注目もされなければ、選考に残るはずもない。SNSなどを利用して、大きな宣伝こそしたものの、その効果は大してないようにも思える。
今回の選考は、敗北に終わった。
作品は……一次選考にすら残らない最悪な展開となってしまった。
「はぁ……っ」
大きく溜息を吐きながら、SNSを開き、小説専用のアカウントを開く。
タイムラインは、ネットのコンテストが開催中という事もあって、大盛り上がり。
一次選考に残り、大はしゃぎする作家さんは幾らでもいる。だが、それは当然の事。実に喜ばしい事なのだから、賞賛したくもなる。それが、知り合いであるならば、尚更の事だ。
……しかし、一次選考に落ちた一部の物書き達。
何処の界隈にも必ず入るであろう……方向性のずれた人間。尖った人間。
___正直飽きた。
___こんなことしてるより、ゲームしてる方が面白い。
___よく分からなくなった。自分の事が。
この時期になると、筆を折る物書きも数名は続出する。消える前にこの業界に関しての不満を言いたい放題言って逃げる奴もいれば、必要以上に自分を責めて注目されようとパフォーマンスをする者もいる。
端的に言えば、この時期はファンファーレで盛り上がる反面、その裏で荒む風景もある。
言葉にこそ出さないが、心の何処かで思う。
『薄情な奴らだな。』と
何より、筆を折る集団以外にも、そのファンファーレに対して不穏な横槍を入れようとする輩も数名いる。
___文体も表現もなってない作品が上位に選ばれるのはおかしい。
___審査員に媚びてるな。売上重視をアピールした全くつまらない作品。
___有名な作家陣に声かけてPV数を稼いだ卑怯者に負けたのが一番悔しい。
___こんなの人間関係とパイプでどうにかする作業じゃん。楽ちんでちゅね~?
有名な作家陣の作品を叩くだけ叩き、不正がどうだの叫んでランキングから無理やり引きずり落とそうとする輩までいる。
中にはダイレクトメッセージを使って、執拗な攻撃を行う者だっている。作家の中には、仕事をしながら空いた時間で書いている人も多い。疲れている人も多いはずなのだ。
そんな中、気にしていないと思っていても、こうやって何度も何度も心無いメッセージを送られれば、言われた相手は精神的に来るものがある。
___なんて醜い連中だろうか。
鼻で笑うしかない。こんなので荒れる人間性に呆れたくもなる。
「……」
でも、何故だというのか。
これは立派な他人事のはずなのに……。
“どうして、こうも心を抉られる”
“まるで他人事ではないと言わんばかりのこの心の締め付けは何だというのだ”
まさか、と工多は思ってもしまう。
“自分も心の何処かで、こんな連中と同じことを考えているのか”
“自分もこんなクズどもと同じ思考をしてるというのか……?”
気のせいだ。きっと、気のせいだ。
そう言い聞かせ、SNSを閉じて、近くに置いてあったゲーム機に手を伸ばす。
……こうも思う。
『自分にはキャリアがある。一度、結果がある』と。
高校時代、投稿した二次創作で高評価を貰った。
しかし、その作品に対して鼻を高くしていたら、“それは誰かの作品を使っているから当然”と周りから言われもした。
当時は若かった。だから、その一言にカチンと来た。
対抗してやるべく、宇納間は二次創作でも何でもないオリジナル作品も投稿した。
……それも、高評価だった。
あたりから次々と賞賛の声も来た。批評した奴らは何も言い返すことなく、言い訳を繰り返すだけの間抜けな姿を晒していた。
実に清々しかった。何のとりえのないと思っていた自分自身に、自信がついた。
そして、心の何処かで……こう思うようになった。
『自分には物書きの才能がある』
『この仕事こそが、僕に一番向いているのかもしれない』
だから、工多は小説家になりたいと親に相談した。
だが、反対される。
当然だ。今時、無料化だったりネットだったりと、クリエイターとして商売するには難しくなったこの世の中。
小説家という仕事一つで食っていくには相当な努力と才能がいる。そんな人間、この世に数人いるかいないかだろうに。
やるのなら、まずは安定した職業について、金を稼ぐ手段を得てからの方がいい。小説家を目指すのはそこからでも遅くはない。まずはキャリアを積むべきだと。
しかし、当時の工多は若かった。何より、結果があったから逆らった。
両親は何もわかっていない。実際に結果を見せ、作品を読ませもしたが……両親は答えを変えようとはしない。結果がどうであれ、その言葉を曲げることはない、と。
……いつの日か、工多はこう思うようになってしまった。
“親は楽がしたいんだ。”
“子供を金稼ぎの道具にして、払いたくもない生活費などを負担させたいんだ”
“こんなの親がする事か。子供の夢を素直に応援しないなんて”
“金を稼ぐためのマシンとしてしか見ていない……こんなの、親じゃない”
“僕は、幸せな家庭で生まれなかった。僕は間違った教育を受けようとしている”
“僕の両親は……『心のないクズ』だ”と。
そして気が付けば。不信が募り続け、高校を卒業した頃には……。先に東京へ行った“姉”に甘え、都会に旅立ち、小説家を目指すこととなった。
夢の為に。
“一人の力で立とうともしなかった”のに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
姉は快く応えてくれた。姉の家でお世話になることになり、工多は小説を次々と執筆し、いろんな出版社に公募を送った。
『自分には才能がある。何せ、こんなにも結果を残したんだから』
その自信だけが彼を突き動かしていた。才能のある自分を信じてやまなかった。
だが。
___内容がありきたりです。これじゃウケない。
___キャラクター達に魅力がない。応援したい気持ちになれません。
___まだ若いのですから、他の道を行くことをオススメします。
___なっていない。言わせてもらいますが、このレベルなら幾らでもいます。
散々な結果だった。
何処の出版社も……ドギツい言葉で追い詰めるのみであった。
「……っ」
当時、まだ未成年であった彼にはショックでしかなかった。
ここまで言われるほどなのか。ただ、才能に嫉妬しているだけじゃないのか。適当に言ってるだけじゃないのか。
作品を見返す度に何度も思う。何処がつまらないのか、全くもって分からない。
キャラクターも良い。内容も良い。完璧なはずなんだ。
“あの審査員共は節穴だ”
“両親も、周りも、どいつもコイツもクズばかり”
「ふざけるなっ……」
評価表を破り捨て、ゴミ箱に放り捨てる。
「見てろ。絶対に見返してやる……!」
工多は怒った。執念で小説を書き始めた。
親からは制約を受けている。
___もし、25歳になるまでに実らなかったから……一回帰って来なさい。
___それを条件に、都会に出ることを許します。
メチャクチャ言うだけの大人達を見返してやる。
工多の小説はいつの日か……“エゴと失念と悪意だけの塊”となったのだ。
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