第23話 街の窮状

「あのガキとんでもねぇな。一体どうやってマロウの手首を切り飛ばしたんだ? 全然見えなかったぞ!」

 レックスはただただ驚いた。それは決してアイザックのことを探ろうとして発した言葉ではなく、驚きにより発せられた言葉だった。


「息子のことだ、俺から説明しよう」

 レックスの言葉にガイルが口を開く。


「ガイル、いいのか?」

 冒険者にスキルの情報公開の義務はない。開示することで不利益を被ることもあるためだ。レックスはその点についてガイルに念押ししたのだった。


「ああ、構わん。レックスにはある程度知っておいてもらいたい。アイザックのことを知ってもらっておくことで得られる利点もあると俺は思う。あのマロウってやつの手首を切り落としたのはアイザックのスキルだ。まぁ、正確に言えば、アイザックが切り落としたと言うよりはマロウが自分で切り落としたんだがな」


「ん? どういうことだ? スキルだと? あんな小さな子供がか?」

「ああ、そうだ。驚くのも無理ないが、アイザックはスキルを使える。「拳をくれてやる」と言われたときに、防御のために顔と腹の前に目に見えないシールドを張ったんだ」


「シールド? しかも、そんな特殊なスキルだと?」

「ああ、魔力で形作ったシールドでな。薄い膜みたいなものだが、魔力を帯びない攻撃には滅法強い。あのマロウってやつはアイザックの顔に向かってかなりの速度で腕を横に振っただろ? 薄い膜みたいなシールドは横から見たら鋭い刃物と同じだ。結果、自分で手首を切り落としちまったってわけさ。だからあんた程の実力者が何も見えなかったとしても無理はない。アイザックはほぼ何もしてないんだからな」


 ギルドマスターであるレックスは「壁越え」した冒険者でもある。

 そのレックスがガイルの説明に戦慄を禁じえなかった。


「すまん。疑ってるわけじゃない。確かに、今目にしたことを裏付ける話だと思うが……、あんな小さな子がそんな魔法系のスキルを習得していることが信じられん。まさか、貴族の隠し子とかじゃないよな? それと、あの女性も見たところ回復魔法を使っているようだが……教会関係者なのか? いや、教会関係者でも回復魔法を使えるのは男性だけだったはずだ……一体どうなってんだ? それに目に見えないシールドを何故ガイルは見える?」


 説明を聞いてレックスは余計混乱したのだった。

 ギルド内でそんな話がなされている一方で、外ではニイナがマロウを腕の治療を終えていた。


「どう? 違和感ある?」

「ない……。完全にくっついてる。でも何で……治してくれたんだ?」


「そんなの知らないわよ。私はあんたなんか治したくなかったからね。リーダーからお願いされたから仕方なく治したの」

「リーダー? ……あの子供がか?」

「そうよ。かわいいリーダーでしょ?」


「無事にくっついて良かったね」

 アイザックがマロウに語り掛ける。


「何で治した?」

「あれ? 治さない方が良かった?」


「い、いや、治してもらったことは素直にありがたいと思っている。だが、俺はお前の荷物を奪おうとした敵だろ」

「いや、敵なら治してないよ」


「何だよ。つまり俺は戦う相手として認識されてなかったってことか。無茶苦茶なガキだ」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」

「でも、俺は暴力で街を支配して、横暴を繰り返し行っていたような悪人だ。そんなやつに情けをかけてるといつか足元を掬われるぞ」


「ふふ。やっぱりマロウは悪人じゃないでしょ。さっきは憧れの騎士を貶されたようで僕もついつい怒っちゃったけど……。よく考えたら不自然なんだよね。もう違和感だらけ。今だってさりげなく忠告してくれてるし。本当はいい人なんだよね?」


「はぁ? 何言ってやがる。俺は悪人だよ」


「じゃあ、なんでマロウの手首が切り落とされたとき、周りの人達は誰も歓声を上げなかったの? 暴力で街を支配していた悪人が大きなダメージを受けたんだよ? 普通なら解放されるチャンスだって思うはずでしょ? 逆にマロウの腕が治療されて街の皆はホッとした表情をしている。反応が逆じゃない?」


「「「えっ!!?」」」


 アイザックの言葉に女性陣三人が驚く。


 そして、義勇団を始め周囲にいた街の人々も俯き、アイザックから視線を外すのだった。


「ふむふむ……、この反応はどうやら予想が当たったかな?」


「アイザック、どういうこと?」

 ユーリは訳が分からずアイザックに尋ねた。


「このマロウと、義勇団、そして周りを囲っている街の人はグルなんだよ」

「「「えっ!!?」」」


 ギドを始め義勇団の面々は特に居心地が悪そうにしていた。


「よくよく考えてみれば最初から不自然な点はあったんだよね」

「え? 一体どこが? お母さん全然分からないんだけど……」


「うーん。まず、街を支配している人間が、街中でターゲットを探している時点でおかしい。街を支配しているなら街の入り口で待ち構えるのが一番簡単だし、確実でしょ? 検問してないのがまずおかしい」

「あ、そっか」

「あ、言われてみれば確かに」

「そう言えばそうだね」


「で、義勇団も、マロウ一家に見つからないように僕たちを囲ったと言うよりは、僕たちを逃がさないように取り囲んでたよね。皆囲いの内側を向いてたし。それに肝心のマロウに気づかないとか、もう不自然すぎるでしょ」


「「「うんうん」」」


「それに、この街で誰もマロウに敵わないってのも多分ウソ」

「「「えっ?」」」


「確かにマロウは強いけど、この街で一番じゃない。ギルドの中にいるギルドマスターのレックスって人の方がもっと強い気配を漂わせてるからね。ギルドマスターと義勇団が一緒に戦えばまず負けない」


 皆、驚愕と共にアイザックの言葉に耳を傾けていた。

 特にギドは、そこまで看破されていたのかと得体の知れない子供の実力に恐れを抱いていた。


「さっき蹴とばされた義勇団の人達も平気そうでしょ。マロウは怪我しないように優しく押すように蹴っただけだからね。だから、義勇団とマロウ一家はまず間違いなくグルだと思った。で、マロウが傷を負ったときの街の人達の反応を伺ったら、マロウは嫌われている感じではなかった。と言うよりは、むしろ好かれている感じだった。だから······悪役を演じてるだけなんじゃないかと思ったんだよ。で、街の人に好かれる理由は何かって考えると、奪った物を街の皆に分け与えていたからなんじゃないかなと思ったわけ」

 

 説明を聞けば聞くほど皆恐れる程に驚愕した。

 そして街の人々は更に顔を伏せる。

 

「まぁ、反応を見る限り正解みたいだね。街の人がどれくらい積極的に関わっているかは分からないけど、少なくともマロウ達に協力的で黙認していたのは間違いない。つまり皆グルになって僕らの荷物を奪おうとしたってこと……」


「すまん、どうか許してくれ!」


 そこまで話すと、ギドは勢いよく膝を地面に着き頭を下げた。

 そして、それに倣い周囲の人が皆同じように跪き、祈るようにアイザック達に頭を垂れる。


「街には食いもんが足りねぇ。金もねぇ。皆を何とか食わせるにはこうするしかなかったんだ。もちろん根こそぎ奪うつもりじゃなかった。あんたらが食べる分はちゃんと残すつもりだったんだよ。どうか、どうか赦してくれ」


 ユーリ、ニイナ、サラの三人はアイザックの洞察の鋭さに驚きを隠せなかった。


「ギド、おめぇ何訳分かんねぇことほざいてやがる。お前なんざ仲間にした覚えはねぇよ。全部俺がやったんだよ。もっと言や、俺の部下二人も俺が脅して言うこと聞かせてただけだ。悪いのは俺だけなんだよ」


(やっぱりこの人、悪人じゃないよね)

 アイザックはマロウの本質が私欲を追求するものではないことを確認できて喜んだ。

(手を治したのは間違いじゃなかった)


「それでアイザック……この人たちどうするの?」

 ユーリは大人数から許しを懇願される状況に困惑しながらアイザックに尋ねた。


「お母さん、……盗賊は捕まったらどうなるの?」

「え? それは……犯罪奴隷になるわね。連行するのが難しい場合とかは死刑にされることもよくあるみたいだけど……」


 実際、アイザック達は何か損害を被ったわけではない。

 しかし、盗賊まがいの理不尽な略奪行為を赦していいわけもない。


「うーん。どうするかは難しい問題だよね。多くの人の命にかかわることでもあるし。それに、ギドさんは僕がマロウの手を治すように言ったから、見逃してもらえる可能性が高いと思って頭を下げてるところもあると思う。それに街の人が皆グルなら、この仕組みを作ったのはギドさんじゃなくてギルドマスターのレックスさんて人なんじゃないかな? もしそうならギドさんが、謝って終わりにするのも何か違う気がするし……」


 ユーリは再度アイザックの洞察力に驚いていた。


「アイザック……あなたいつの間にそんな凄い洞察力を身に付けたの?」

「ん? 僕何か凄いことした?」


 アイザックは首をひねる。


 アイザックは自覚していなかったが、毎晩自己の能力の研鑽を積む中で、また森で魔獣と食うか食われるか、命のやり取りをする中で培われた論理的思考と観察力はアイザックに並外れた洞察力をもたらしていた。

 また感覚が鋭くなって、周囲の情報を多く取得できるようになったこともその一因である。


「アイザック君。申し訳ない。全ては俺の責任だ。どうか赦してほしい」

 ギルドの中からレックスと、村の男性陣が出てきた。

 そしてレックスは外に出てくるなり、アイザックに頭を下げたのだった。


「これってやっぱり、レックスさんが仕組んだことなの?」


「ちがう。ウソだ! 俺が一人でやったことなんだよ!」

 マロウが叫ぶ。しかし、その叫びはスルーされた。


「ああ、その通りだ……しかし、君とは初対面だと思うのだが、どうして俺の名前を?」

「え? それは……ギルドの中での会話が聞こえたからですよ」


(聞こえた? そんなバカな。どんな耳をしてるっていうんだ。それに仮に耳が良くてもあの状況で屋内の会話にまで気が回るか?)


 アイザックは呆気らかんと答えたが、それは単に耳がいいと言うだけにとどまらないことをレックスは感じ取っていた。


(しかし、ダンが見ていれば分かるといった意味が分かった。この子は多分、俺よりも強い)


「ダンはこの件についてはどう思ってるの? 僕は村長の判断に任せるけど」

 アイザックはダンに目を向ける。


「ああ、そうだな、まぁ、その判断は詳しい事情をレックスに聞いてからにしよう」


 ダンに促されレックスはこのようなことを仕組んだいきさつを話した。

 まず、水害により領内のほぼ全域で食糧難に陥ったことと、メイロード伯爵が騎士団を引き連れて出ていき王国からも放置されていることで領内は無法地帯と化してしまっていること、多くの街では裏社会の人間や悪い噂の絶えない商人が街に君臨し、酷い統治を行なっていることが述べられた。


 当初はレイムの街も例にもれず、奴隷商人が街の実権を握った。

 そして食料を得るために多くの者が借金をし、結果的に自分自身や子供を売ることになってしまったらしい。


 また犯罪が横行し、治安がかなり悪くなったらしい。そして犠牲になり、虐げられたのは決まって力のない者たち、社会的に立場の弱い者たち、貧しい者たちだった。


 その窮状を見かねたレックスはマロウ、ギドと共に街を救うことに決めた。


 まず、奴隷商人を武力で制圧し、全ての財産と、借金のため身を売った住民やその家族を取り戻した。 

 その際にマロウが略奪の首謀者となるようにしたとのことだ。

 全ての罪をマロウが被ることにした。

 マロウなら、もし国から指名手配されたとしても、逃げ延びて別の地で生きていくことは難しくないからだ。


 そして奪った金で食料を買い、食料は皆で共有することにした。


 しかし、奴隷商人の財産だけで皆を養い続けることは不可能だった。

 そのため、食料だけでなく財産も皆で共有することにした。


 と言っても、貧しい者に財産などあるわけもなく、金持ちから一方的に財産を奪う形になった。

 その際にマロウを悪役に仕立て詐欺まがいの略奪を行うスタイルが完成した。また、この方針に従えない者は財産を奪い街を追い出した。


 いつしか街の住民にとってこの行為は生きていくために必要なことになり、歪んだ正義になった。


 また、街の入り口で検問をしないのは商人を守るためだ。皆の荷物を一律で奪ってしまうと商人がこの街に足を運ばなくなってしまう。商人からは護衛の依頼も受けるし、その報酬は貴重な現金収入となる。そして何より商人が運んでくれる食料がなければ遠からずこの街の人々は皆餓死してしまうため商人は保護の対象となっている。

(ちなみに、街に現金は殆ど無くなっており、商人とは物々交換で取引をしている)


 その代わり、商人ではない者、特に移住者と思われる者からは皆財産を没収しているのだが、アイザックたちは廃村から逃れてきた移住者だと思われていたとのことだった。


「成程な。街の住民を守るためだったってことか……。飢えの苦しみは痛いほどよく分かるからなぁ」


 ダンは事情を聴き、住民に同情しているようだった。

 かといって、住民による略奪を是とするわけにもいかない。

 これは難しい問題だとダンは感じていた。


「マロウに一つ聞きたいんだけど?」

 ダンが直ぐに答えを出せないとみてアイザックはマロウに尋ねる。


「何だ?」

「どうして奴隷商人を襲ったとき首謀者になったの? 実力的にも立場的にもレックスさんが首謀者になるべきなんじゃないかと思うんだけど」


「レックスさんには立場がある。その立場があることで助けられる命もあるだろう。俺にはそんな立場は無いからな。気ままなもんだ」


「じゃあ、何で騎士団をクビになったの?」

「ああ? 何でその質問に答えなきゃならねぇんだよ」


「何でマロウが自分を犠牲にしようとするのか気になるから。あとはマロウが実はいい人だっていう僕の直感を証明したいからかな」

「ああ? 言う訳ねぇだろ」


「じゃあ、こういうのはどう? 正直に話してくれるなら、悪いのはマロウだけって話を信じることにするよ。そもそもこの領地は既に国から見放されてるみたいだから国の法律に従う必要もないでしょ? ダンも悩んでるみたいだし、マロウ以外は見逃すってことでどうかな? いいでしょ、ダン?」


「まぁ、アイザックがそれで良いと言うなら俺は構わんぞ」

 ダンはアイザックの提案を聞いてそれに乗ることにした。

 そして少しほっとした表情をしている。


「……」


 マロウはしばらく考えた後、口を開いた。


「はぁ、しゃあねぇ……話すよ。話せばいいんだろ。俺が騎士団をクビになったのは2ヶ月くらい前のことだ。気に入らねぇ上官をぶっ飛ばしたからクビになった。以上だ」


「ん? それじゃよく分かんないよ。どうしてぶっ飛ばしたのか、子供にも分かるようにもっと詳しく」

「チッ。ダメか。……じゃあ、最初から話してやるよ。俺は農民から騎士に採り立てられたんだ……」


 マロウは17歳の時、壁越えを果たし見習いとして騎士団に入団した。

 農民出身の騎士見習いに対する風当たりは強かったという。


 しかし、農村での貧しい暮らしを考えれば、食の心配をしなくてもいい騎士団での暮らしは天国のようなもので同僚や上官からの嫌がらせは大したことはなかった。


 1年が過ぎ、正式に騎士に任命されたのが3か月前のことだという。

 そして騎士団として初めて遠征に出たのが2ヶ月前。任務の内容は盗賊の討伐だった。

 その盗賊たちは食料不足から村ごと盗賊になったという。

 そしてその頃、メイロード伯爵は王領に転領することになり、当然騎士団もついていくことになった。


 盗賊の討伐はこの地での最後の仕事になると言われていた。

 マロウはようやく騎士として人々の役に立てると喜んだという。


 農民上がりの盗賊が騎士団に敵うわけがない。

 マロウは早々に盗賊は降伏して討伐は終わるだろうと予想していた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

 しかし、上官から下された命令は村人の皆殺しだったのだ。


 そして、村の男性が殺された。

 盗賊たちはほぼ何も抵抗する事なく殺された。


 残ったのは村の女たちと子供たち。

 そしてその後村で繰り広げられた光景は、アイザックのような子供にはとても話すことが出来ないほど凄惨なものだったという。


 マロウはその光景を前に立ち尽くしていた。

 この地における最後の一仕事、そう思っていたのは自分だけだったことをその時マロウは知ったのだった。


 他の騎士達にとってはストレスの発散と臨時収入を得るためのボーナスのようなものだったという。


 おおよそ盗賊行為とは無関係であると思われる幼い子供、それも上官によってボロボロにされた子供を殺せと命じられた時、マロウの中で何かが切れたという。


「その娘はな。幼いころに亡くなった妹にどこか似ていたんだ。気が付けば、俺は上官を殴り飛ばしていた。しかし、他の騎士に取り押さえられ、俺もボコボコにされたけどな。まぁ、その後は騎士爵も剥奪され、めでたく騎士団をクビになったってわけだ。まぁ、あんな腐った連中から抜け出せて清々してるけどな。騎士なら弱い奴らを守って然るべきだろう? 村全体が盗賊になるまで放っておくんじゃなくて、その前に助けの手を差し伸べるべきだったんだ」


 マロウの話を皆黙って聞いていた。


 しばし、沈黙が流れた。


 その沈黙を破り声を発したのはアイザックだった。

「うん、やっぱりマロウはいい人だったね。もしかして自己犠牲が過ぎるのは罪滅ぼしのためだったりするのかな?」


「うるせぇよ。ガキが変な詮索するんじゃねぇ。んで……正直に話したぞ。俺はこの後どうなる」


 この後皆で話し合った結果、マロウはアイザックの子分として扱き使われることが決まったのであった。

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