第22話 VSマロウ

「そう言えば教会関係者って冒険者になることは出来るんですか?」


 これは村で冒険者になることを話していた時、ダンがヨハン司祭に尋ねた質問である。


「ええ、なれますよ。特に禁止されていません。人口が多い地域では忙しくてそんな暇がないですが、この村ではほとんど司祭としての仕事をしたことないですし……」


 ならばと、ダンはヨハン司祭も一緒に冒険者にならないかと誘った。

 悩むそぶりも見せず、ヨハン司祭はその誘いを受ける。


「一つ提案があるのですが、街に行ったときは思いっきり目立ってきませんか?」


 そしてヨハン司祭から皆にこの提案がなされた。


「ほら、この村って人が少ないじゃないですか。皆さんに冒険者として上位の実力があるのは僕が保証します。だから最初から遠慮せずにどんどん知名度を上げた方がいいと思うんです。そうすれば、冒険者としての知名度と共にこの村のことも噂されますよね。この村に豊かな食料と素材があることが伝わって、商人だって足を運んでくれるようになるかもしれませんし、この村に移り住んでくれる人もでてくるかもしれませんよ」


 成程なと、皆この提案に乗った。

 魔境を切り開いたことで食糧生産量は劇的に向上した。確かに食料は豊富にある。しかし、それで生活の全てが成り立つわけではなかった。しかし、僻地の村に商人が来てくれるわけもなく、手に入らない物資は街まで買いに行かなければならないのである。

 特に塩の入手は村の大きな課題となっていた。


 また、森で狩りをするにも武器がいる。

 ロイドはある程度の武具を作成することは出来る。

 しかし、金属を用いた武器は設備がなく、さすがのロイドにも金属製の武器を造り出すことはできなかった。

 そのため優秀な職人、特に武器職人がいてくれたらなと、ダンを始め皆が思っていた。


 そんなわけで、ヨハン司祭の提案に乗り、街で目立つように振舞うことにしたのである。


 女性陣とアイザックに荷物を任せたのもその一環だ。

 女性陣は皆美人ぞろいだし、アイザックほど小さな子供がいれば印象にも残るだろう。荷車に積んである荷物はどれも珍しいものばかりだ。それなりに注目を集めるはずだ。 

 体格の良い男性陣がいなければ、ガラの悪い冒険者が難癖をつけて、新人冒険者に「授業料」を求めてくる可能性はかなり高いだろう。


 そうなったら自分たちの実力を示し、村のアピールをするのだ。

 そうすればうわさが広がり、やがて村に商人が来てくれるかもしれないし、村に移住したいという希望者も出てくるかもしれない。


 そういう計画だった。

 ちなみに、この計画はアイザックには伝えられていない。

 子供は村の人口増加や物流・経済の問題など気にしなくてもいいからだ。


 そして、この計画を立てていた時はまさか皆で空を飛んで街に着けるとは誰も想像していなかった。それほど短時間で街に行けるなら、そもそも商人に来てもらう必要も、職人に移り住んでもらう必要もほぼなくなる。


 でもそのことを指摘する者は誰もいなかった。


 その理由はシンプルだ。

 何故なら皆目立って、羨望の的になりたかったからである。


 そのため敢えて計画の意義が殆ど失われていることを誰も口にしなかった。


 そして、思惑通り彼らはガラの悪い連中に囲まれたのだった。


「おうおう、姉ちゃんたち。誰に断って、ここに荷車を止めてんだ?」

 いかつい男がユーリに顔を近づけて尋ねた。

 尋ねたというか、もう脅しているようにしか見えない。


「きゃあ、こわぁい。助けてアイザックぅ」


 村一番の怪力を誇るユーリはか弱い女を演じたいのか、わざとらしくアイザックを盾にして後ろに隠れる。もちろん隠れ切れていない。


「いや、お母さん。何かいつもと雰囲気が違ってちょっと気持ち悪いよ」

「ぐはっ。心が、心が痛い」


 ユーリは精神に100のダメージを受けた。


「あの、すいません。この荷物はこれから売りたいと思っているのですが、ここに置いてはいけなかったのですか?」

 ダメージを受けたユーリに変わってアイザックが尋ねる。


「ああ、そうだ」


「よろしければ理由を教えてください」

 アイザックは6歳とは思えない物言いでいかつい男に尋ねる。


「おう、坊主。なかなかしっかりとした受け答えができるじゃねぇか。お前さんたちは何処かの村から出てきたんだろ?」

「そうです」


「なら、知らんかもしれんが、今この町はマロウ一家ってチンピラに牛耳られている。悪いことは言わん。売りもんなら今すぐ売っちまった方がいい。連中に見つかると根こそぎ奪われるぞ」


「え? そんな無法がまかり通るんですか? 衛兵や騎士団は何をしてるんです?」

「騎士団なんざもうとっくにいねぇよ。メイロード伯爵は王領を拝領して騎士団ごと

出てっちまったからな。お陰で伯爵領全体が無法地帯になっちまった。噂じゃ領地自体が国から切り離されちまったって話だ」


「「「えっ!?」」」

 初めて知る驚愕の事実に女性陣は驚きを隠せなかった。


「それでその……皆さんはマロウ一家に見つからないようにわざわざ周りを囲んでくれているということですか?」

「ああ、まぁそういうこった」


「ありがとうございます。でもなぜそんな親切を?」

「何故って、お前さんたちこれから冒険者になるんじゃねぇのか? 多分そうだろ?」


「はい、そうです」

「なら、俺らの後輩だ。後輩が不幸に遭うのを見過ごすわけにはいかねぇだろ? 冒険者の先輩としてはよ」


 人相の悪い男たちは親切心で周りを取り囲んでくれていたようだ。


「それに、皆食料不足で飢えてる。マロウ一家に根こそぎ持って行かれるよりは、そこに積んである食料が売りに出されてすこしでも流通する方が皆助かるってもんだろ?」


 その言葉を聞いてユーリはアイザックの前に進み出た。


「そうでしたか。そうとは知らず、ガラの悪い連中に絡まれたと思って失礼な態度を取ってしまいました。どうかお許しください」


「がっははははは、いいってことよ! ガラが悪いのは間違っちゃいねぇ。それに女子供を守るのは男の役目だからな。気にせんでいい。俺はギド。こいつらと一緒に義勇団ってパーティを組んでてな。一応リーダーをやらせてもらってる」


「私はユーリ、この子は私の息子でアイザックといいます」

「ギドさん。ありがとうございます。アイザックです」


「なかなか賢くて礼儀正しい息子じゃねぇか、それに胆力もある。きっと将来は大物になる。間違いねぇ!」


 それはユーリ達が一通りギドにお礼を言い終わるかどうかというタイミングだった。


「ぐはぁ」

 周りを囲んでくれていた義勇団のメンバーが蹴り飛ばされていた。


「おいおい、天下の往来で道塞いでんのはどこのどいつだよ!」


「チッ、もう嗅ぎつけて来やがったか」

 ギドが舌打ちする。


「おいおい、ギド。またお前らか。あんまり目障りなことしてっと潰すぞ?」

 

 義勇団を蹴り飛ばして現れたのは三人の男達だった。

 その先頭の男からは常人を遥かに超える魔力が漏れ出ていた。


「ギドさん、彼らがマロウ一家ですか?」

「ああ、そうだ。というより、あの先頭の男がマロウ本人だ。しかし、すまん。間に合わなかった」


「いや、ギドさんが謝ることじゃないですよ。それより今の状況って……マロウ本人を叩いちゃえば済む話なんじゃないですかね?」

「おいおい、小僧のくせに物騒だな。それが出来たら苦労はねぇよ。あいつは騎士崩れなんだ。つまり『壁越え』してんだよ」


「騎士崩れ?」

「ああ、元は騎士団の一員だったんだが、団の規律を破って除隊になったんだよ。その後は大人しく冒険者として活動していたんだが、騎士団が去ってからは本性を現しやがった。この街であいつに敵うやつはいねぇ。一家の人数は少数なんだが。義勇団でも対抗するのは無理だ」


(こんなやつが元騎士?)


「おい、ギド。どうせ紹介するならもっと品のいい紹介をしてくれよ」

「へっ、どの口が言いやがる」


「ふっ。まぁいい。俺がこの街を支配しているマロウだ。荷物を置いて立ち去れ。そうすりゃ怪我をすることもねぇぞ」


「あの……僕、騎士に憧れを持ってたんですが……幻滅しました」

「ほう、奇遇だな。俺もだよ。小僧のくせに中々言うじゃねぇか」


「人のものを取るのは泥棒ですよ」

「じゃあ、くれよ。小僧。もらうんだったら問題ねぇだろ。お前の命と引き換えに俺が貰ってやるよ」


 マロウは笑を浮かべ、アイザックとの会話を楽しんでいた。


「反論したけりゃ好きなだけしてくれ。俺は代わりに拳をたんまりくれてやるからよ。俺は子供は殴らねぇ主義だが、反論するならお前を男として認めてやろう。子ども扱いするのはやめとくよ」

「……」


「弱肉強食って言葉を知ってるか? 弱い奴が正論吐いてもな、食われてお終いなんだよ。弱い奴は逆らうな。へりくだれ。口を噤んでろ」


 アイザックは怒っていた。

 憧れの騎士をこの男に侮辱されたように感じたからだ。


「ほら、小僧、悔しかったら何か言い返してみろよ。正義の騎士様に憧れてるんだろ?」


「弱いくせに正論も吐けない奴がよく言うよ」



「何?」


 マロウの顔から笑みが消えた。


「子供扱いしねぇつったよな」


――パシンッ――


 マロウはアイザックの頬を目にも止まらぬスピードではたいた。


よええやつが粋がるんじゃねぇ」

 マロウは肩で息をし、怒気をあらわにする。


 



「あのさ……たんまりくれるって言ってたけど、これでもう終わり?」


 そう言ってアイザックは血の滴るマロウの右手を差し出した。


「お、俺の手……手が!!!」


 振りぬいたはずの右手は、手首から先が無くなっていた。


 有り得ない光景を見て、人々は皆息を吞む。


「ぐ……おぉ……」

 

 マロウは左手で右手首を締め、痛みに耐える。


「お、お前は……俺に……何をした!」


「いや、拳をくれてやるって言ったのはそっちでしょ?」


「バカ……野郎……そういう意味じゃ……ねぇだろがっ」

「だろうね」


「素手で……あの一瞬で……俺の手首を……切り取ったってのか?」


「まぁ、そういうことにしとくよ。あ……こういう時何て言うんだっけ?……『よええやつが粋がるんじゃねぇ』……であってる?」


 アイザックはマロウのセリフをそのまま返した。


「バ……バケモンかよ……」

 マロウの顔は痛みにゆがみ、額には脂汗が浮かんでいた。


「はい。手首」

「なっ……」


 そして何事もなかったかのようにアイザックは手首をマロウに返したのだった。

 余りにもあっけらかんとしたアイザックの態度に皆毒気を抜かれ、険悪な雰囲気は消え去っていた。


「僕これいらないからさ、返すよ。……って持てないか。ニイナお願いしていい?」

「まったく。仕方ないわね。あんまり無茶しちゃダメでしょ。弱い者いじめして楽しいの?」


「ううん。全然楽しくなかった」

「でしょ?」


 ニイナは手首を受け取ると、マロウの右手首にくっつける。


「治すから動かないで!」

「あ、ああ」


 ニイナが魔力を込めると、マロウの顔から痛みが引いて行った。

 そして程なくして切り離された手首は元通りくっついていたのだった。


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