星降りの子
外波鳥
プロローグ
第1話 滅亡の予言
「わ、我が国が滅ぶと申すか!」
その報告に国王は声を震わせる。
王の握る玉座の手すりは、その圧に耐え切れず音を立てて砕け散る。
王の前に
「恐れながら、15年後に我が国に星が落ちるのは避けられませぬ。場所はまだ定まっておりませぬが、仮に王都に落ちた場合、王都は一瞬にして消滅。周囲の貴族領も衝突の余波で壊滅いたしましょう。それほどの規模にございます。巻き上げられた粉塵は天に達し、何年にも渡り日の光を遮るため、長く冬が続きまする。壊滅を免れた土地の民は僅かな食料を巡って争うことになりましょう」
「誰か、何か策のあるものはおらんか!」
王の問いかけに家臣たちは皆視線を下げる。その表情は暗かった。
しかし、ただ一人、王の前に進み出る者がいた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、陛下簡単なことでございます。『人柱』を捧げれば解決致しましょう」
「『人柱』だと? 正気か、メゼド」
王の睨みつけるような視線を平然と受け流し、メゼドと呼ばれた老人は答えた。
「はい、勿論にございます」
「して、どのような『人柱』で以って星降りを回避できるというのだ? この場での戯言は許さぬぞ。命を懸けよ」
「しかと肝に銘じましょう。決して戯言ではございませぬ。陛下は呪術の中でも禁忌に当たる【不老】を耳にしたことはございますでしょうか?」
【不老】の言葉に家臣たちが
「いや、ないな。そんな魅力的な秘術が存在したなど初めて耳にする。金や権力を手にした輩が飛びつきそうな秘術ではないか」
「【不老】は異端とされる呪術の中でも、禁忌とされる秘術にございます。その存在を言い広めること自体本来は許されておりません。【不老】のことはどうかこの場だけでお留めいただきますようにお願いいたします」
「うむ。わかった。皆にもこの件は口外することを禁ずる。これでよいな」
「お心遣いありがとうございます。家臣の皆様も今そうであるように、【不老】が生み出された時代においてもその存在は王侯貴族に相当な衝撃を与えたようです。しかしながら、呪術特有の副作用があるため自ら【不老】を得ようとした者は今までおりませぬ」
「道理で知らぬわけだ。その副作用とはどんなものだ?」
「はい。一言で申すなら『災い』とでも申しましょうか」
「『災い』……だと?」
「はい。【不老】を生み出すきっかけとなったとある貴族は大呪術師フロイドにその術の開発を命じました。フロイドは長い研究の果てに、地脈を用いることで【不老】の開発に成功します。しかし、何年もたたないうちにその貴族は没落し、自ら命を断ったとのことです」
再度家臣たちがざわつく。
「【不老】を得たのに自ら命を絶っただと? 没落したのは偶然ではないのか? もしくは地脈を用いたせいで貴族の力が落ちた可能性もあろう?」
「陛下の仰る通り、没落は偶然の可能性もあるやもしれませぬ。しかし、当時の王侯貴族は偶然ではないと判断したようです。なぜなら【不老】を得た貴族が没落した原因は領地内の田畑をイナゴの群れが食い尽くしたからなのです。しかも、そのイナゴの群れは国外で発生したもので、途中にある他の貴族領では大きな被害はなかっとか。また、その領主が命を断つまでいくつもの地震や天災、疫病がその領地のみを襲い、果ては大量のモンスターがその地に発生したというのです」
「それは……まさに、神の怒りに触れたと言わんばかりだな」
「左様でございます。故に、【不老】は神の摂理に反すると当時の王侯貴族も判断致しました」
「しかし、今の説明では肝心の星降りにどう功を奏するか分からんのだが?」
「説明が要点を捉えておらず申し訳ありません。私が言わんとするところは、その貴族以外の領地が逆に豊穣に恵まれたということでございます」
「ほう、興味深いな。続けよ」
「既に陛下はお察しやもしれませぬが、その貴族の領地が厄災に見舞われた一方で他の領地は恵まれました。おそらくそれはフロイドにも予想外のことだったでしょう。【不老】には国内の災いを引き寄せるという側面があったのです。つまり、この国に堕ちるとされる星も【不老】を得た者がいればその者のいる地に引き寄せられることでしょう」
「なるほどな。それで『人柱』か……」
「左様にございます」
「確かに、星が落ちる地点が特定できれば予め幾重にも障壁を張り被害を最小限に留めることも可能か……、メゼドよ。いくつか質問があるのだが、【不老】は貴族以外にもかけることは可能なのか?」
「はい、地脈を使用する許可をいただければ可能にございます」
「秘術をかけて、副作用が表れるまでどのくらいかかる?」
「副作用は徐々に表れるようです。そして時間が経つほどにその作用は大きくなっていきまする。イナゴの群れに襲われて貴族が没落するまで3年。モンスターが大量発生し貴族が命を断つまでは5年かかったとの記録がございます」
「貴様は【不老】をかけることが出来るのか?」
「はい、フロイドは理論と術式を残しておりますので可能でございます」
「ふむ。悪くはない案だ。全国民が命を失うことに比べれば、はるかに小さい犠牲でこの国難を乗り越えられそうだな。しかし、メゼド。【不老】を得た者が、星降りの直前に命を断った場合はどうなるのだ?」
「恐れながら陛下のご指摘のとおり、【不老】では自死の可能性があり得ます。それ以外にも命を落とす可能性はあり得ますし、星降りの直前に死亡した場合、この計画は破綻します。故に【不老不死】を目指したく思います」
【不老不死】の言葉に家臣たちも大きく反応した。
「静まれ! 【不老不死】だと? フロイドとやらは【不老不死】をも実現していたのか?」
「いえ、フロイドはその生涯をかけて【不老不死】を目指しましたが、それは叶いませんでした。しかし、陛下のご助力さえいただければ実現できましょう」
「貴様がその大呪術師を超えると申すか。‥‥‥よかろう。申してみるがよい。何が必要だ?」
「有難き幸せ。それには教皇の助力が必要です。実のところフロイドは【不老不死】の論理自体は完成させていたのです。しかし実現するための伝手がありませんでした。【不老】は神の摂理に反する術式です。そこに【不死】を加えるには神聖術の【回復】の力が必要不可欠です。しかし我ら呪術師は異端の立場。教会からは特に目の敵にされております故……」
「成程。自死や、病、怪我等による死を回復魔法の力で防ぐということか。……星降りの後、【不老不死】はどうなる?」
「如何に【回復】の力があったとしても星の衝突に耐えられるとは思えませぬが、仮に運よく生き延びたとしても、王都を消滅させる程の星が落ちるのです。その衝撃で地脈の1つや2つは消え失せましょう。まず間違いなく【不老不死】の術式は消え失せるはずです」
「うむ、であれば問題ないか。最後の質問だ。その者が己の不遇を嘆き国に牙を剥こうとした場合はどう対処する?」
「
「ふむ。よかろう……教皇に助力を求めよう。メゼドよ、大呪術師を超えて見せるがよい」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
「皆の者、今の話しかと聞いたな。国の端のいずれかの開拓村にいる農奴の中で、命の危機に瀕している子供の命を救い【不老不死】にする。その開拓村の周辺、もしくはその地を有する貴族領は数年の後魔物の
王は手に持つ
——ははっ——
家臣たる貴族たちは片膝を着き頭を垂れて王命に応える。
誰も王命に不満を出す者はいない。
この国の平均寿命は20代半ばである。半数の子供は成人に達するまでにその命を失ってしまうからである。
幼い子供の命は容易く散ってしまう。
死すべき運命にある命の一つを救う【不老不死】だ。
それにより死にたくなる程の不遇に見舞われようとも元は死んでいたはずの命。文句は言えまい。
それよりも、15年の豊穣が約束されるのならばそれに勝るものはない。
加えて版図の拡大を王は掲げられた。名を挙げる機会に恵まれるのだ。
貴族達の胸は野望に燃えていた。
かくして、国中の災いをその身に背負う【不老不死】の子供が誕生することになったのである。
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