第14話 攻撃的なお客様を保留致します


「シーナ様ー!」


重い足取りで石畳の道を歩いていると、不意に背後から大きな声で呼び止められた。

振り返ると、深い赤色の服を着た女性が、手を振りながら私のことを追いかけてきている。

あの派手な顔の女性は、キャロラインさん!


え、なんだろう。まさか書類に不備でもあったのかな。


「あぁ、よかった。間に合って」


足を止めた私に追いついたキャロラインさんは、息を整えながらもほっとしたように笑った。


「えと、あの、何かあったんですか?」


「実は給付金のことで。給付金の支給は明後日以降だとお伝えしたと思うのですが、シーナ様が特にお困りのようでしたので、上に掛け合い、特別にすぐ支給していただくよう手配出来ました。ついては、まだこの辺りにいらっしゃるならと慌てて探しに来た次第です」


「え、本当ですか!」


実は異世界人の申請書類の受理に数日掛かるって言われたから、金銭の支給は早くても明後日以降になるって言われていたんだよね。

魔法服を買えるのも少し先かぁ、なんて思ってたから、これは嬉しい。


何より私が困っているからって手配してくれて、慌てて探しに来てくれるなんて……。

クレアさんぶりの女性の優しさに、落ち込んでいた心が少し明るくなる。


「ただ、受領の手続きの為に、先程お渡ししたカードが必要となります。再度、役所に戻って来て頂く事になりますが、よろしいでしょうか?」


「はい!勿論!」


ぶんぶんと頭を振って頷いてみせると、キャロラインさんは「ありがとうございます」とにっこり笑って歩き始めた。


やったー!これならすぐに買い物に行けるぞー!

さっきまで落ち込んでいたのも忘れて、私はキャロラインさんの後をついていく。


いやぁ、棚からぼた餅ってこういうことを言うのかなぁ。

ん?ちょっと違う??

いやいや細かい事はいいんだ、今は早く支給金を貰うのを優先したいし。


「急いで書類を提出しないと駄目なので、少し近道を使いますね」


「はいはい、わかりました~!」


坂の途中でキャロラインさんが脇道に入る。


さっき上から見ていた時も思ったけど、ホントに家が所狭しと立ち並んでいるなぁ。

少しごちゃごちゃしていて、奥へ進めば進む程、建物の影で昼間なのにどこか薄暗い。

そのうち、使われていない空き屋や食料を備蓄する倉庫が増えてきて……

あれ?なんだか、物騒な雰囲気が出てきたような。


「あ、あの……あとどれくらいで役所に着きます?その、なんだかちょっと物騒な感じがして怖いなぁって、あはは」


慌てて知らせに来てくれたキャロラインさんに文句を言うのもすこーし憚れて、笑いで誤魔化しながら訪ねてみる。


だ、だって、怖いのは本当だしね!

こういうのを路地裏って言うんだろうけど、路地裏って言ったら、色々想像しちゃうじゃん?

ほら、不良が溜まっている古典的なイメージだとかさぁ。


「もう到着致しましたよ。ここで間違いありません」


「へ?」


目の前は路地裏の行き止まり。

そこでキャロラインさんが足を止めて振り返り、その厚めの唇でにっこりと怪しく笑った。

こんなに薄暗い場所に居るからこそ、端々から不穏なオーラが伝わってくる。


「オゥ!ホントに異世界人じゃえねか!」


「腕が鳴るぜ!」


そして、背後から突如として男の人の声が響いた。

恐る恐る振り返ると、明らかにガラの悪そうな男の人が、通ってきた通路を塞ぐ形でぞろぞろと3人、集まってくる。


嫌だ。凄くすごーく嫌な予感。

完全にピンチというか、絶対に来てはいけない場所に来てしまった時のような危機感。

いや、たぶんそれ。


「ねぇ、ちょっとアンタ達。分かっているでしょうね?腕輪を売った金は山分けよ。誰のおかげで役所に来た異世界人の情報を貰えてると思ってるの」


「分かってんよォ。最近は召喚されても異世界人はすぐ政府の保護下に入っちまうからな。やっと保護を断る奴をがいてよかったぜ」


「えっえっ?」


さっきまで浮かべていたキャロラインさんの微笑みが、途端に被っていた皮を剥ぐ勢いで妖艶なものに変わる。

完全に商品を値踏みするような視線にゾッとした。


キャロラインさんはこのチンピラみたいな男達と協力して、異世界人を襲っていたってこと?

嘘でしょ、そんな危ないことがまかり通っていいの!?


「悪ィな。俺達は異世界人の腕輪が欲しいんだよ。そのピカピカ光る腕輪は高い金で売れるからなァ」


「でも、この腕輪、外れないんですけど……」


「あぁ、大丈夫大丈夫。オマエごと売り飛ばすから」


全然大丈夫じゃないーーーーーー!!!!


いくら腕から外れない腕輪だからって、付けている私ごと売り飛ばすってどういうこと!?人身売買じゃない!

それなら、まだウィルが冗談混じりに言っていた腕ごと切り落とすって方がまだマシ……いやそれも絶対嫌!!!


頭の中が混乱してくる。

どうするべきなのかぐるぐる考えているうちに、男達はジリジリと距離を積めてきた。

前は行き止まりでキャロラインさんが待ちかまえてるし、後ろの道はチンピラ達。

もちろんだが、私に彼らを倒す腕力なんてものもない。


神様のばかー!こういう時の為にチートスキルがあるんでしょ!

私にもそれの1つや2つやもういっそのこと100くらい授けてくれても良かったでしょうに!


「そうだスキル!」


そういえば、チートではないにしろ、私にもスキルがある。

鑑定しかできないスキルだけど、ウィルに割引した時みたいに、この人達のレベルも割引にしてしまえば!ええい、考えてるヒマなんてない!


「いらっしゃいませ!お次のお客様……冒険者様!こちらのレジへどうぞ!!」


突然発した私の明るい声に、一同はあっけにとられる。

仕方ないじゃん!「いらっしゃいませ」っていう時の言葉のトーンは、もう自分の中に染み付いた1段階明るい声しか出ないんだよ!


私の声に反応して腕輪が光り出し、細かい粒子が溢れ出る。

そしてなんとも軽快な音と同時に、私の目の前にレジが現れた。


突然のレジ出現に周囲は警戒している様子。

私は、ハンドスキャナーを手に取ると、まずは男達に矛先ならぬスキャナー先を向けた。


ピッ


チンピラ3人の名前と情報が画面の左横に表示される。

それから素早くキャロラインさんに向けると「役所職員」という情報も一緒に表示された。


レベルはチンピラ達が10。キャロラインさんが4。

ていうか……考えたら……半額にしてもレベル1の私が叶う相手はいないんじゃ!?


駄目だ、どうしよう!


今は私のスキルを警戒しているけど、何もないって分かったらすぐ捕まっちゃうよ。

そうなったら……やだーー!まだ死にたくないーーー!!


何か半額以外に、なんとかする方法がないか、探さないと。

ピカッとレジの画面が光ったのはその瞬間だった。


「何これ……」


右上の機能選択画面の所に新しく「保留」と書かれたボタンが増えていた。


レジにおける保留とは、現在お会計をしている商品の支払いを後回しにして、言葉の通り一度保留にするボタンである。

簡単に言うとレジの会計中に


「お財布忘れちゃったから取りに行ってくるわ~」

「あ、買い忘れ取ってくるからちょっと待ってて」


という時に対応するものですね。レジの調子が悪い場合とかもあるけど。

あ、後ろに人が並んでいたときは、戻った時割り込みをせずに、ちゃんともう一度並んだほうが良いよ。

並んでいた人と、モメる時あるからね。


ともあれ、割引の時もそうだけど、これはどういった機能になるのか、皆目検討が付かない。


「何だァ、何とも無いぞ」


男の1人が、私のスキルが特に攻撃的なものではないと気づいてしまった。


ヤバイ。

そりゃそうだよね!

変な機械が出てはいるけど、現状鑑定されているだけだもんね。


1人が動き出せば他も動き出す。

ええい、こうなったら、この保留ボタンを押してみるしかない!

なんとか使える機能でありますように!


「えい!」


意を決してボタンを押す。すると、


『商品を保留致します』


女性の電子音みたいな声が辺りに響いた。


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