私、異世界に来てまでレジ打ちやってます!
黄金栗
第一章 トータの街と旅立ち
第1話 異世界に来てしまった
スーパー。
それは、食料品だけに留まらず日用品や文房具ペット用品までもが揃う夢のワンダーランド。
平台には最新のお菓子が並び、揚げたてのデリカ売場で陽気な歌が聞こえ、焼き立てパンの香りに誘われたならば、もはや抗うことなど無意味。
気付けば、手にしたカゴは山盛り状態、財布は軽いが両手は重い!
そんなウッキウキ!ワクッワク!な場所を完全に掌握する者がいる。
割引の把握、日々増え続け多様化する電子払いとキャッシュレスに対応し、時にさりげなく自社ポイントカードを勧め、面倒なクレーマーにも笑顔で対応する……そう、レジ業務。
人は彼らを、操作する機械から名称を取りチェッカーと呼び、スーパーの窓口とも言える場所はチェッカー達にとって、さながら小さな王国であった……あった……あった……(エコー)
いらっしゃいませ!お次の冒険者様、こちらのレジへどうぞ!
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目が覚めると、私「鏑木椎名」はだだっ広い広野に座り込んでいた。
さわさわと爽やかな風が頬を撫でる。
そう言えば、今年は花見してないな~なんて呑気に思い出した所で顔がひきつった。
「いや、ここどこ……」
確か、学校が終わると同時に「バイトに遅れる!」って慌てて校門を飛び出し、バイト先のスーパーに向かったはずだ。
運動神経は鈍いけど、歩く速さだけは人一倍早いもので、これならギリギリタイムカードをバイト開始時間通りに切れるって確信して、横断歩道を渡った……あ!
気付いてしまった。いや、思い出したって言った方がいい。
あの時私は、車と衝突したんだ。
「つまり、ここは死後の世界?天国ってこと?」
人間って突拍子もないことが起きたら、反対に冷静になるんだな。
ドキドキはするけど、やっべーみたいな焦りはそれほど無い。
むしろ、バイト急に休んだから、レジ人数足りなくて困っているかもな~今日ポイント3倍デーだし。
いや、いやいやいや!普通もっとあるでしょ。
お母さんお父さんごめんね!とか。
死ぬ前に好きなものいっぱい食べたかった!とか。
最後の最後に浮かんだ後悔がレジって……。
「平凡かよ~」
これが漫画の主人公とかだったら、兄妹のことを思い浮かべたり、片思い中の男子高校生の後ろ姿をスローモーションで思い出したりするんだろう。
だが、生憎と私が思い浮かべたのはピッと甲高く鳴くレジだったわけだ。
なんだか急に気が抜けて、ごろんと後ろに倒れるみたいに原っぱに寝ころんだ。
空が綺麗だ。雲ひとつ無くて、鳥がぴぃぴぃさえずって。
地面がちょっとぐらぐら揺れているけど、なんて平和なんだ。やっぱり天国はこうじゃなくちゃ。
ん?地面揺れている?
「地震!?」
地震大国に生まれた故か、反射的に飛び起きた私は、遮蔽物が全くない広野でその存在に気付いた。
周囲を巻き込むみたいに土煙を上げて、大きな牛二頭に引っ張られた牛車が此方に向かって駆けてくる。
牛車って言っても雅なイメージじゃなくて、もはやあれ、闘牛か猛牛。
左右に大きくグラグラ揺れたかと思ったら、重力を無視したドリフトとか決めちゃって、勢いよく私の方向へ突っ込んで来ているじゃん!
逃げようと思っても、肝心な時って全く動けないものだ。
ほけーと間抜け顔で口を開けたまま、私は天国でも車に衝突されるのだ。
死体蹴りしてんじゃないよー!!!!神様のばかやろー!!!
返事するみたいに、牛がブモーッて鳴いた。
いや、お前は神じゃないだろ、と絶体絶命なのに冷めたツッコミをしたところで、私の身体は空中に浮いた。
ふわっと。まさにトランポリンで跳ぶみたいに、ふわっ、びよよーんと。
「いいっ!?」
「舌噛むぞ!黙ってろ!」
浮遊感で心臓がキュとする。
胃液が逆流しそうになって、どこからともなく響いた声に促されるまま、口を両手で覆った。
空を跳んでいる。しかも、誰かの肩に担がれるみたいにして。
「人は乗っていない!クレア!」
「任せて~」
ひとつ高い場所からだと、広野を俯瞰視点で見ることができる。
牛車の後ろの方、追いかけるみたいに馬車が走っていた。
その上に女の人が立っている。
彼女が杖を頭上へ翳すと、刹那、バリバリーと激しい雷が瞬いて、地面へと突き刺さった。
「きゃー!!」
さっきの振動とは比べものにならない揺れに、忠告も忘れて叫ぶ。
頭がぐらぐらする。謎の浮遊感だけでも胃がひっくり返りそうなのに、見渡すとクレーターみたいに一部分だけ焼け野原になっていた。
残骸の匂いがすごい……。
あの……バーベキューとかで、肉焼きまくった後のグリルの匂い。
すごい油っぽくて焦げついた、っていうか半分消し炭になっているけど、なんか猪みたいなフォルムになってるんだけど、うぷっ。
「……お前、俺の服に吐くなよ」
「へ、へぇ」
ゴキュリと慎重に胃液を飲み込んだ私に冷めた声が掛けられる。
いやしかし、私を抱えて跳んだこの人誰なの。
いや、そもそも、人が空中に浮かぶってどういうこと。天国ではよくあることなの?
そうこうしている間に、徐々に地面が近付いてきて、私は、
「ぎゃっ!」
ドテンと地面に落とされた。
「い、いたー!ちょっと、せめて降ろすって言ってから地面に落としてくださいよ!」
「落とすぞ」
「事後報告!!」
なんなの、酷いぞ、あんまりだ。
天国って幸せで苦労なんてしなくていいユートピアじゃなかったの。
いきなり牛に衝突されそうになったと思ったら、今度はこれ。
確かに潰されるよりかは随分マシだとは思うけど、だからと言って女性に対して、乱暴すぎやしませんか、天使さん!
「そもそも、急になんだっていうんですか。天国なら天国らしくもう少し優しい導入を……ん?」
「ほら」
ずいっと尻餅状態の私に手が差し出された。
手から腕、腕から肩へ、ゆっくりと視線は上がり、天使の顔を捉える。
くすんだ金髪にグリーンの瞳。マントと一体型になったフードを被っているから顔全体はしっかりと確認できないけど、ハリウッドスターもびっくりのイケメン天使様がそこには居た。
これはもう天使っていうよりも王子様って感じ。
思えば、牛に衝突されそうになっていたうら若き乙女を、危機一髪で救う王子様って少女漫画みたいじゃない?牛だけど。
天国ってアフターケアもばっちりなんだな、流石はあの世、やるじゃん。
「えへへへへ、どうもありがとうございます。助かっちゃいました~」
だから、王子様に救われたお姫様よろしく、その手を取る。
着地は乱暴だったけど、これで全部ノーカウント!そう思っていたのに。
「いや、助けたお代」
「はい?」
王子様は私の手をむげ無く払い落としながら、皮肉気な笑みを浮かべたのだった。
「お代っていうと……」
「だから助けてやったお礼だよ。移動中だった牛車の前に飛び出してきたのをわざわざ助けてやったんだぜ。しかるべき謝礼は渡すべきだろ。それともお前、自殺志願者だったのか。それなら悪いことしたな」
「死ぬつもりはこれっぽっちも無かったんで、助けて貰って本当に感謝しかないんですけど、牛車の前に飛び出してきた?え?あれ?」
頭が混乱してきた。まだ空中に浮かんだ時のショックが続いているみたい。
天国も地上みたいに道路があって、私はたまたま死ぬと同時に天国の三叉路に落っこちてしまったんだろうか。
それなら信号機のひとつやふたつ置いていてくれたらいいのに、とぼやきかけた所で、ぞわぞわと背筋を違和感が駆け抜けていった。
これは、もしかして。
「私、生きているの!?」
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