夢見るスカーレット・インブルーリア

みつお真

第1話 スカーレット・インブルーリア

お月様と空との隙間に異空間へ通じる扉があって、その先には様々な世界が広がっているのです。

冒険の世界。

お花畑の世界。

勇者だらけの世界。

大きな人と小さな人の世界。

かわいいアメーバとお喋りできる世界。

お魚人間の世界。

そして魔法使いの世界。

スカーレット・インブルーリアは、とてもとても穏やかで、争いごとひとつない魔法の世界のプリンセスです。

そんな彼女は、平和すぎる毎日を気が狂うほど退屈に過ごしておりました。

魔法使いの世界と言っても、暮らしを営む者たちはみんな、姿形は人間界と何ら変わりはありません。

鳥は歌い、おひさまは笑って、ちぎれ雲は時折怒ったり喜んだりしながらお天気をつくっています。

男たちの平均寿命は300歳。

女たちは500歳と長生きです。

3つの国から構成される魔法使いの世界には、決して破ってはならない鉄の掟がありました。

それは、魔法を使ってはならないのです。

かの昔、ピョコラ国、パピョコ国、そしてスカーレットの暮らすキャラメラ国は争いごとが絶えませんでした。

全ては魔法のせいだと言われています、

沢山の涙が流れて絶望だけが残されました。

数百年のあいだ、みんなが魔法を使わなくなると、空には虹の架け橋とやさしいそよ風が駆けっこをはじめて、草木たちもすやすやと可愛い寝息をたてはじめたのでした。

それ以来争いはなくなったのです。


キャラメラ国の宮殿は、奇跡と水の丘の上にあって、周囲は緑色や茜色、そして山吹色のシマエナガの森が広がっています。

魔法使いの世界では、植物が枯れることはありません。そのかわり、木の実や果実が実る頃になると成長は止まってしまいます。

人間界のシマエナガは、真っ白でちいさく、まんまるのふわふわ。

クチバシはちょこんと黒くて瞳はクリクリですが、魔法使いの世界でも可愛らしさは同じです。

ただひとつ違うのは、魔法使いの世界のシマエナガは最強のヒーローで、如何なる魔法も全く効かない無敵のモコモコなのです。


今日もパトロールを終えたシマエナガ達は、大木の枝にぎゅうぎゅうに止まっています。

その重みで枝がわん曲しようが、今にも折れそうだとか・・・そんなちんぷな問題などおかまい無しに、みんなでわいわいガヤガヤとお喋りする時間はとても幸せでした。

宮殿を眺めながら、あーでもないこーでもない。

沈みかけのおひさまを見ながらどーのこーの。

隣のモフモフの匂いにうっとりしながらピーチクパーチク。

想い想いに語り合うぎゅうぎゅうの真ん中で、ぽかぽか気分でうつらうつらしているひねもすは、スカーレットの教育係という重責を担う女の子です。

と言っても実は。

魔法使いの世界のシマエナガ達は、みんな乙女なのでした。


『ひねもす、ひねもす、ひねもすってば!』


うたた寝をしているひねもすの隣で、ツヤツヤの白いカラダをぷくっと膨らましながら、舌ったらずのタマオちゃんは言いました。

仲良しのひねもすは、眠ってしまうとなかなか起きないのです。だからお話し相手にもなりません。

タマオちゃんは、頭のてっぺんに飾ったオレンジ草の月桂冠を褒めてもらいたくて、ひねもすを突いたり短い足でカリカリと掻いたりしていました。


『ひねもすってばあ!』


『タマオちゃん。ぼくね、なんだかねむたいや』


『乙女がぼくなんて言ったらダメ。ねえねえ、ひねもす〜』


『なんだい。さっきからちゃんと聞いているよ。けど、もうおひさまだっておやすみの時間じゃないのかい? だからぼくたちもおやすみしなきゃと思うんだけどどうだろう?』


そう言ってひねもすは、タマオちゃんを見つめました。

そのクリクリの目はいつも潤んでいます。

タマオちゃんは言いました。


『見てよ見てよ。可愛いかしら?』


オレンジ草の月桂冠を見せたくて、タマオちゃんツンと小首を傾げました。するとひねもすは、タマオちゃんの毛繕いを条件反射で手伝い始めたのです。


『くすぐったいくすぐったいよお』


笑いながら拒否するタマオちゃんは、もう月桂冠とかどうでもよくなってしまいました。

おひさまはまだまだ天に居座ってくれています。

おかげで空は虹色に輝いて、絢爛豪華な宮殿を照らしています。

ひねもすは思わず。


『うわあ・・・』


と、感嘆の声をあげました。

宮殿の広い敷地の灯篭台に明かりが灯ります。

かつての高すぎた城壁は、平和の時代になると取り壊され、代わりに三日月草やオレンジ草、カシアスの茎で出来た垣根がお城を取り囲んでいます。

ひねもすとタマオちゃんは時折、その垣根の中で鬼ごっこをしたりおさぼりをしたりするのが大好きでした。


宮殿の窓からも光りがもれて、水車クルクル隊長のタマオちゃんは自慢げにに言いました。


『今日も異常なし!』


みじかい羽根でビシッと敬礼するタマオちゃんは、一日の大半を飛び回って、キャラメラ国の水車がじょうずに動いているかを監督する役目を王様から与えられています。

水車が止まると、キャラメラ国の灯りやお水がなくなってしまうのです。

とても大切な仕事に、タマオちゃんは誇りを持っていたのでした。

ひねもすはそんな彼女を尊敬していました。

ひねもすが言います。


『よいなよいなタマオちゃんは、ぼくなんてさ、お嬢さまの教育係っていってるけど、クチバシを酸っぱくしてイタズラが過ぎたスカーレットをお説教するだけなんだもん。それにあんまり言うこと聞いてくれないしさ。呼ばれたら飛んでくだけなんてあんまりだい』


『そんな事ないよひねもす〜。お姫様に仕えるなんて光栄なことじゃない』


『けどさ・・・』


『けどなあに?』


ひねもすはそう言うと、クチバシをつつしんでしまいました。何故なら最近のスカーレットの好奇心の先には、魔法使いの世界で違法とされている『ほうき』の存在があったからです。

その時でした。

ひねもすの隠れた耳にスカーレットのママさんの声が聞こえました。

広大な森の先。

とても勇ましいコンドルが、大きな翼を広げたような形の宮殿は3階建てで、中央塔と呼ばれる最上階に王様夫婦の部屋はありました。

ママさんの声はそこから聞こえています。

よくよく集中してみると、王様の声も聞こえます。


『わあっはっはっ!』


王様はいつも笑ってばっかり。

ママさんは穏やかな性格で、スカーレットとは正反対なのでした。


『ひねもすう~あらら。もうお眠かしらね。ひねもすう~』


ママさんの声に切羽詰まった感じがなかったので、ひねもすはちょっと遊んでから行こうと企んでいました。

魔法使いの世界では、おひさまが完全に沈むまでとても長い日数を要します。

人間界で言うところの2日はかかってしまうのです。

しかも今日のおひさまがくれたご褒美は、これまでに見たこともない素敵なパレットです。

えんじ色、桃色、なでしこ色が地平線に層になって広がって、菖蒲色のラインがずーっと端まで続いています。

瑠璃色の頭上の海と浅葱色のてっぺんは山吹色に染まっていて、ひねもすはそこまで行ってみたいなあと考えていました。

そんな思いに気が付いたタマオちゃんは。


『あたしも行くぅ~』


と、シマエナガらしからぬ猫なで声で、ひねもすにすりすりしはじめました。


『うん、わかった。いっしょに行こうよ。あのてっぺんまで。ママさんも許してくれるからさ。行こう!』


『わいわいわぁ~い』


ひねもすとタマオちゃんは興奮しながら、お空のてっぺんめがけてヒューっと飛んでいきました。

その拍子に、わん曲していた大木の枝は弓矢の様に反り返って、一緒にぎゅうぎゅうになっていた他のシマエナガ達は、音符みたいにポンポンポンと空中にはじかれてしまいました。

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