アンインストール
友大ナビ
第1話
人生もログアウトできたらいいのに。
タップひとつでこの現状を終わらせることができたならどんなに楽だろう。
本気でそう思っていたから、このやりきれない今を強制終了できるなら、もうなんでもよかった。
今学校帰りに底冷えがする駅のホームに立っている。足元の黄色い線を境界線にして、そこから数歩足を踏み出せば、たぶん簡単に現実から離脱することができる。
いつか誰かが言ってたんだよね。
『具体的に行動すればいいだけだよ。具体的な答が欲しいならね』って。
じゃあこの絶望にピリオドを打てるなら、手段はなんだっていいのかな。心の平穏を取り戻せる静かなところへ早く行きたい。
ふと、向こう側のホームの看板に目が行く。女性タレントが白いキレイな歯を見せびらかして、風邪薬の効能を唱ってる。そんなふうに甘く微笑みかけないで欲しい。風邪なんて、五分後の自分にはきっと無関係だから。
それなのになんでマスクなんかしてんだろう。律儀に馬鹿みたい。もうこんなもの要らないじゃん。
暑いとか寒いとか眠いとかお腹すいたとか。辛いとか苦しいとか惨めだとか。そういう煩わしいモノの呪縛から自由になるんだ。
マスクを制服のポケットに捩じ込んで、大きく息をした。外気はたいして美味しくも不味くもない。それは無味無臭で、目に見えない花粉にやられて2つほどクシャミが出ただけだった。
イヤホンも外した。今聴いてた曲なんてタイトルすら知らない。これってあたしの何を知ってて勝手にオススメしてくるんだろ。
まぁいいか、自分はその程度のものしか身に付けてなかったってことだ。未練がましくなくてちょうどいい。好きなものが多いと決意も鈍るし。
彼の笑顔をふと思い出す。その隣で一緒に笑ってる親友だと思ってた子の笑顔も。
二人が付き合ってることをみんなは知ってたんだ。ただ、当の本人のあたしだけが気付いていなかった。クラスメートはグループLINEであたしを笑い者にしてた。それくらいもう知ってる。
のろけるあたしの話を彼女はどんな気持ちで聞いていたんだろう。どうしてあたしは彼女の作り笑いに気付かなかったんだろう。
幸せボケしてたんだ。なんか馬鹿みたい。いや、馬鹿そのものだ。
失恋くらいで消えたくなるなんて思いもしなかった。SNSは面倒だって言ってた彼のアカウントをうっかりみつけて、彼氏と親友が頬を寄せあってる写真に出くわしてしまったくらいで死にたくなるなんて思わなかった。
でもあたしは傷付いているわけじゃない。ただ二人からの裏切りを許せそうにないだけ。
このホームに飛び込めば、そういう自分をやめられるのかな。女子高生が自殺するにはまぁまぁの動機にならないかな。
言い訳も慰めも謝罪も要らないの。ただ、今は全てを投げ出したいという衝動に忠実でいたいだけ。それだけがやけにリアルにあたしを突き動かしている。
黄色い線から一歩だけ前に進んだ。そっとまた半歩を足す。あともう半歩だけそっと。周りの人の足許がやけに気になる。
チラリと左右の横一列を眺めてみた。顔は見ちゃダメ、足元だけ。
線からはみ出ている人は結構いるなぁ。でもあれは仲間じゃない。
できれば電車のなかで席を確保したい、お気に入りの場所を陣取りたいって思っている、つまりは自分の生活に対して真摯に向き合ってる人種であたしとはまるで真逆。
でも一人だけ、足の向きが妙な人がいた。白いコンバースの先が揃ってこっちを向いてるのが気になって何気なく顔を上げたら、同い年くらいの男の子と目があった。
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