我が家の愛犬が獣人になったんで、ちょっと異世界で散歩してくる

シロいクマ

第1話:普通の日、特別な日

今日も仕事が終わり、2DKのアパートに帰る。


「 ただいま~ 」


出迎えてくれるのは愛犬のチル、実家に居る頃に飼い始めてもう12年になる。

玄関を開けると、チルが飛びついてくる。

リビングに辿り着くまで、チルの匂いチェックが終わる事は無い。

チェックが終了すると、チルはリビングのソファに移動する。



30才になるまで結婚しなかったのは、何となくだ。

特に理由は無い。

遊びに行く女性の友人は何人か居るが、結婚したいかと言えばNOだ。


いつもと同じ時間、いつもと同じソファ。

いつもの様に、お気に入りDVDをソファで鑑賞しながら、いつもと同じ様に愛犬チルの背中を撫でる。


俺は、地上波放送を観ることはまれだ。

有料の地上波局など、存在しない物として扱っている。

毎月支払う料金は税金と思っている、納得してはいない。


『 累積ポイントが規定値に達しました。 ゲートが使用可能となります 』


 「 ん? 」


年に見合った経験をしてきた、少々の事では驚かない。


 「 防災無線じゃ無いよな。 空耳か? 」


防災無線か、空耳として処理されるのがいつもの事だった。

もっとも、彼の膝の上でくつろいでいたチルにとっては、いつもと違う特別な事だった。



いつもと同じ時間、いつもと同じ様にベッドに入る。

いつもと同じ様に彼の布団に潜り込み、いつもと同じ様にお腹の前で丸くなるチル。


 「 お休み 」


いつもと同じ様に、愛犬チルに告げる彼。


明日も仕事が在る、早々に目を閉じ夢の世界へ旅立っていく。

彼は何処にでもいる、ごく普通の男性だ。



_________________________



私たちはマスターをお出迎えするため、ゲートの間へと向かって歩いています。

一緒に歩いているのは、エージェント契約を結ぶ権利を神様から頂いた者だけ。


廊下は薄暗いけど、獣人の私たちにとっては不便は在りません。

祝福のおかげで光ってるし!


ゲートの間には、ゲートキーパー様が待っていました。


「 間もなくマスターがおいでになる。 エージェント候補者は跪いて待ちなさい 」


全員が跪くと、ゲートキーパー様はゲートに向き直りました。

しばらく待つと、ゲートが開きました。

眩しい光の中に人影が見えます! マスター達がいらっしゃいました。


誰も何も話しませんが、皆がいっぺんに緊張したのが気配で判ります。


「 頭を下げて待つのです 」


ゲートキーパー様がおっしゃいました。

私も多分みんなも、頭を下げたと思います。

頭を下げて床を見ていると、光が収まったのが判ります。


「 ! 」


判ります! マスターが! 私だけのマスターがあそこに居ます!



_________________________



「 眩しいな 」


気が付けば、光りの中にっていた。

目を開けようとするが、眩しくて周りが見えない。


徐々に光りが減ってくると、周りに誰かが立っている気配がした。

光は、自分と周りにいる誰かに吸い込まれているようだ。


目が開けられる程度に光りが減ると、見覚えの無い場所に立っている事に気付いた。

洋風の部屋---と言うには広すぎる部屋、サッカーコートくらい広い。

周りにはパジャマ姿の男女20人ほどが立っていて、全員が全身うっすら光っている。



『 ようこそ、マスターご主人様の皆様、お待ちしておりました 』


斜め下から声がする。 

声がした方を見ると、自分が立っている場所は広い部屋にある台の上だった。

台はピラミッドの上半分を切り取った形をしており、30段ほどの幅広な階段で床と繋がっている。


「 これは、何だ! 」

「 なぜ俺が? 」

「 ひょとして、これは異世界 『 ご安心下さい。 これは、転生でも召喚でも御座いません。 何時でも、元の世界にお戻り頂けます。』 ん? 」


部屋の様子を見て騒ぎ始めたが、2本足で立って喋るオオカミを見てすぐに静かになる。

オオカミの10m程後ろには、ひざまくイヌやネコやウサギやその他の動物? が居るのが見える。


「 オオカミ? 」


誰かがふと言った。

俺にも、2本足で立って喋るオオカミが見える。



「 夢なのか? 」


また誰かが言った。

夢にしては、感覚が生々しいと思うんだ。



『 私はゲートキーパー。 しばし、私の話をお聞き頂けないでしょうか? 』


「 元の世界に帰して! 」  アラサーのおばさんが叫んでる。


『 まず、そのお話を致しましょう。 2,3人のマスターご主人様にご協力頂き、何時でも帰れる事を証明したいのですが? 』



「 マスターって誰の事なんだ! 」  今度はお兄ちゃんだ。


『 皆様すべてがマスターで御座います。』


「「「 ・・・・・・ 」」」



『 出来ましたら、寝付きの良い方に協力頂きたいのですが 』


随分と腰の低いオオカミだ。

俺は寝付きが悪いんで、立候補しない方が良いだろう。


「 危険は無いんだろうな! 」   さっきのお兄ちゃん再び。


『 それは間違い御座いません。 私の命に掛けて、保証させて頂きます 』


保証としては全く不足だ、でも、このままでは話が進まない。

俺が ”寝付きが良い” タイプなら、率先して立候補するんだが。


誰もがそう感じていたらしく、2人の男性と1人の女性が進み出てくれた。

ありがたい。



『 ありがとうございます。 それでは・・・・・・ 』


オオカミは後ろで跪いている動物? を振り返る。

跪いてる人影も、全員がうっすら光っている。


「 獣人だ! 」


オオカミの後ろから歩み出る姿を見て、誰かが叫んだ。

そこには猫の姿をして、でも2本足で歩く猫がいた。


「 モモ? 」

「 エリザベス! 」

「 猫太郎! 」


確かに猫だ、猫だけれども猫太郎ってどうなんだ。

それに、なぜ名前を知っている?

猫獣人達は、オオカミの横まで来ると再び跪いた。


『 3人のマスター。 こちらにおいで下さいますか 』


「 ・・・・・・ 」


3人が階段を下り、床に降りるまでには少しの時間を必要とした。

来た場所から離れると帰れなくなる、そう心配したんだろう。



_________________________



マスターと呼ばれた3人が、オオカミに近づく。

すると、3人の手の平から細い光の線が出て、跪く獣人と繋がった。

両者の距離が2mほどになると、オオカミが手を上げて3人のマスターをとめた。


『 それでは、エージェント契約について説明させて頂きます。 皆さまは、あちらの世界で動物を飼われていた筈です。 大変に仲良く、家族の様に接して頂いた事と存じます 』


頷く3人、獣人は跪いたままだ。


『 あちらの世界での信頼度が一定値に到達すると、ゲートを使用出来る様になります 』


オオカミに言われて台の上の床を見るが、魔方陣は見当たらない。

ゲートは何処にあるのか、後で確認しておこう。



『 こちらの世界は、皆様のいた世界とは全く別のもう一つの世界です。 皆様は寝ている間だけゲートを通ってこちらに来る事が出来ます 』


俺の本体は寝てるって事らしい、って事はこの身体は?


『 あちらの "ペット" と呼ばれている存在が、こちらでは獣人になっております。 獣人にはあちらの世界の記憶は御座いません。 同じ魂を持つ、全く別の存在とお考え下さい 』


パラレルワールドらしいが、よく判らん。



『 ゲートを通って来られたマスターには、エージェント契約の権利が御座います。 エージェント契約が成立しますと、各々のステータスの50%分が各々にプラスされます。 マスターのステータスの50%がエージェントに、エージェントのステータスの50%が、マスターにプラスされます 』


『 一度エージェント契約を結びましても、解除は何時でも可能です。 但し、次に契約を結びましても、ステータスにプラスされるのは50%半分の25%となります 』


「「「 ・・・・・・ 」」」


黙って聞いているマスター代表の3人、理解したと言う沈黙の肯定だろうか。

それとも、理解できなくて黙ってるんだろうか。



『 それでは・・・・・・、エージェントは顔を上げよ 』


それまで跪いていた猫獣人が、顔を上げる。


「 モモね! 」

「 エリザベス~ 」

「 やっぱり猫太郎じゃないか! 」


マスター達に抱きつかれ、ワシャワシャ、グリグリされる猫獣人達。

口の両端がつり上がってるのは、威嚇のためでは無いだろう。


「 あ! 」


猫太郎のマスターがまとっていた光りが、彼の手の平を通じて猫太郎の額に集まる。

それに答える様に、猫太郎が纏っていた光りも額に集まる。

両者の光りが無くなると、猫太郎の額には蒼い宝石が残った。


『 え~~~。 エージェント契約は、マスターがエージェントの額に手の平を当てる事で成立します。 どちらかが契約を拒めば、成立はしませんが・・・・・・ 』


( それは、先に言っとく事だろ! )


残りのマスター達は一斉に突っ込んだ。 もちろん、声に出す者は居ないのだが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る