第二十九話『ランテル』
多々ある東の街の一つ、ランテル。
赤レンガの建物が並ぶ人口はそう多くない街、人口の少ない理由の一つとして挙げられるのは、この街の赤レンガの建物の全てに着いている数多の煙突から、もくもくと休むことなく上げられている黒い煙だ。
この煙がランテルの街の空を覆っているため、昼と夜の区別が付きにくい。一応昼には心做しか明るいが、夜にはとことん暗い。
昼夜問わず暗いため、街の人々は皆カンテラという携帯用の灯油ランプを持ち歩いている。
僕達も自前のランタンを各自持ってくるということだったのだが、なひゆさんがどうやら持ってきていないらしい。
そしてそれとはまた別の街の問題点、街に入った途端鼻を突く異臭。
通常の人間より嗅覚の鋭いなひゆさんが、ずっと顔をしかめている。モルも街に近づいている間こそ鼻をつまんでいたが、街の中に入ってからはすっかり慣れてしまったようで黒い空を意気揚々と眺めている。
「なんか臭い、私もう帰っていい〜?」
「ガソリンの臭いですかね、以前来た時は気にならなかったんですけど」
ランテルは自動車の為の道がないため、車を街の入口にある柵の前に停めた。僕達以外にも何台か車が停っている。
「鼻栓でもどこかで買います?」
車から荷物を下ろしながら、一人車内でうなだれるなひゆさんに提案してみた。
ちなみに僕は、この大荷物を一人で宿屋まで運ばないといけないらしい。
「あっ、えっと志東さん、でしたよね?俺手伝いますよ」
木菜くんもどうやら手伝ってくれるらしく、荷物の一部を持ってもらった。
どうやら、素晴らしい良心の持ち主らしい。
「ブリキさんも手伝ってくれません?」
「ウッ、急ニ腰痛ガッ」
「ブリキさんに腰痛の概念とかあったんですね」
ないだろう、機械に、腰痛は。
パーツのどこかの調子が悪いとかか。
それにしたって、痛覚はないだろう。
「……早くして」
そう不満をこぼす梟さんは、何故かモルに捕まっている。モルに気にいられたらしい、気の毒に。
そんな梟さんは一応自分の分の荷物は持っているので、文句を言うつもりは無いが。
「なひゆさん、そろそろ行きますよ」
「嗅覚に対する冒涜だ〜!」
なんだそれ。
結局、一人置いていく訳にもいかず(何をやらかすかわかったものじゃあない)、鼻栓か何かを僕が僕の財布からなひゆさんのために買うという約束をしてどうにか車から引っぺがした。
〇
宿屋もことごとく赤レンガの建物で、煙突から黒い煙をもくもくあげていた。
二階建てで、綺麗とは言えないがそれほど汚いわけでもなく。この宿のお値段と悪い意味で釣り合っている。
長期滞在になるため、全員が個別の部屋を取れるはずもなく、男女で部屋を分けさせてもらった。
「え?俺、志東さんと同じ部屋なんですか?」
「常時金欠でして、すみません」
個別で宿泊すると思っていたのだろう、かなり困惑している木菜くん。
まぁ、たしかに初対面の人間と同じ部屋で過ごすとなると、かなり気まずそうだ。
そこらへん、僕の感覚が麻痺しているのだろうか。
「志東さーん!早く行こー!」
部屋でくつろいでいたら、戸が叩かれてモルが僕を呼んでいる。
なひゆさんの鼻栓を買うついでに、モルと街の観光をすると約束をしたのだった。
完全に忘れていた、それより今読んでいる木菜くんから借りた推理小説の展開が気になるのだが。
犯人がまさか、パイナップルを凶器にしていたとは。誰も思うまいて。
「志東さーん!約束破るのー?約束破ったら針千本伸ばすからー!」
「伸ばしてどうするんですか」
まさかの針の方をフォルムチェンジさせようとするモルにツッコミを入れつつ、扉を開けた。
「痛っ」
「あ、すみません」
どうやら扉の目の前に居たらしい、僕が開けた扉で額を打ってしまった。
「伸ばすんじゃないの?」
「伸ばすんじゃなくて、飲ますんですよ、約束を破ったら、針千本を飲ませるんです」
確かそうだったような気がする、木菜くんに確認を取ろうとしたがいつの間にやらベッドで仮眠をっていたので真実は今しばらく闇の中へ。
木菜くんが正しい答えを必ず知っている、という訳でもないが。
僕は灯油ランタンに火を灯して。
「行きますよ」
大きくあくびをした。
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