第三十話『愛と希望はお金の上に成り立つ』

 本来この時間なら、夕日で街が赤く染まるはずなのだが。

 この街の夕焼けは、赤というよりどこまでも暗い紫だ。

 灯油ランタンを持って、赤レンガの建物に囲まれた砂利の歩道を歩いた。

 観光とは言ったものの、特に名所がある訳でもなくその辺を練り歩いてみた。


「志東さん、ほんとにここ入っていい場所なの」

「店のはずなんですがね、もしかしてもう閉店したとか」


 暗い街を唯一照らす、灯油ランプ。

 しかし、この店には、OPENオープンという看板を提げておきながら明かりが灯っていない。

 誰かいるだろうか、居ないのなら何か少し拝借して。


「いらっしゃい!こんにちは!どうも!希望の擬人化です!」

「いらっしゃい!こんばんわ!どうも!愛の擬人化です!」


 ……。


「こわ」

「志東さん?」


 おっと、つい本音が出てしまった。失敬、失敬。

 それはそれとして、そんな変わった自己紹介とともに店の明かり(意外にも灯り元は古めの蛍光灯)がついた。

 どこから出てきたのか、2人の男の子がレジに並んでいる。

 名前は、分からないが。


 希望と明言したのは、黄色い短髪に星の模様のある黄色い瞳の爽やかな少年。

 愛と明言したのは、桃色のメッシュに、ほんのり赤く少し長めの髪の、ハートの模様のある桃色の瞳の可愛い少年。


「何をお探しですか?希望ですか?」

「それとも愛?あーいあい?」

「鼻栓です」


 僕の苦手なノリだったので、流すことにした。

 鼻栓は売っているだろうか、ここ以外に店が見当たらなかったため、ここで売っていないのなら残念ながら諦めるしかない。

 本当に残念だ。


「鼻栓ね、たしかに最近ここら辺、臭いもんねー」

「うんうん、臭い臭い」

「最近?」

「志東さん、飛び出るチンアナゴパニックっていうやつ、すっごく気になる」


 モルの見ているボードゲームは、置いておいて。

 やっぱり、このガソリンの臭いは最近の話なのか。僕が覚えていなかった訳じゃなかったんだな。

 ていうか何そのゲーム、面白そう。


「臭くなった理由とかって、分かります?他にも最近なにかおかしなことがあったりとか」

「うーん?たしかね、端の方にあるスクラップ場あるでしょ?あそこに最近ねやばいのがでるらしいの、やばいのがでるらしいんだけど、僕はいい意味でのやばいを希望するよ!」

「やばいのって、具体的になんですか」

「さあ?」


 希望と名乗った少年は首を傾げた、細かいことまでは知らないようだ。

 そして愛と名乗った少年も、鼻栓を商品棚から探しながら僕の質問に答えてくれた。


「臭くなった理由は分からないけど、それとは別におかしな話だったら蝶々の話!毒性の蝶々がいるらしいから、気をつけてね!愛を持って蝶を制すってね、蝶は愛に答えてくれるかな?」


 いまいち話が噛み合ってると思えないのだが、一応参考にはなった。

なら、行くべきは明らかにそのスクラップ場か。


「あ、袋ってお金いります?」

「いや!大丈夫だよ!良心的で!愛あるお店なので!」


 茶色い紙袋に商品を詰めている希望さん(希望さん?)に変わって、愛さん(愛さんでいいの?)が答えてくれた。

 今日はこのまま帰ろう、帰りにスクラップ場に行くというのも考えたがこの暗さだと夜に行動するのは控えた方がいいと。窓の外を眺めてそう思った。


「お金足りないです!」

「あれ、あってるはずなんですけど」


 商品の値段のとおりに払ったはずなのだが、まさか今後に及んで消費税なるものが必要なのか。


「情報料、わすれてる!」

「あとは接客料!」


 そう、愛の擬人化と希望の擬人化は、貧乏人に愛も希望もないことを宣った。

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