第十二話『ギルド』

「救援かと思ったんだが、その様子じゃ休暇か?」

「そうですね、休暇です」


 僕の名前は志東だ、それを彼に伝えた。彼は同業者だ。

 スーツの様にも見える狩装束と平均男性くらいの身長、カウボーイハットのような帽子にダンディーな髭、ヒップフラスコを首に提げている。


 イケおじというものの類らしい彼は、口調に必ず笑いが混じる。その為、いつでも冗談を言っているようなイメージがある。

 そもそもイケおじなんてものも、彼の自称だ。

 はっきり言ってしまうと、僕は彼をあまり好きにはなれない。


「まぁ、ともかく、あれだ、休日楽しめよ!」

「そりゃどうも」


 彼が、モルを見つめている。

 少し不安だ、彼にそういう趣味があるのか、もしくは休日が潰れる予兆か。


「お前」

「はい」

「結婚したのか?」

「なわけないでしょう」


 なぜモルを見て、感想がそれなのか。

 彼は顔をしかめて、あごひげを手でなぞって。


「まぁ、とりあえずこっちの仕事があるからよ、ちゃっちゃとやってくらあ」


 突然そんなことを言って、路地の奥の方へ手を振りながら去っていった。

 僕もモルも、釈然としないまま手を振り返した。


 路地を、冷たい風が吹き抜けた。




      〇



 ギルドだ。

 ダークオークを基調として造られた、古くも絢爛で綺麗な建物だ。

 三階建ての本館は様々な設備が備わっており、ロココな趣で僕からすると全てが高級そうに見える。

 豪華なシャンデリアに様々な観葉植物、広大な絨毯や数々の絵画。重厚なカーテンや家具に大きなカーブ階段。フロア全てに配置されている監視爬虫類カメレオン


 この爬虫類、名の通りで不審な人物を見かけたりすると警備員に伝えるらしい。見た目は、ただのカメレオンと違いはない。

 ある部屋には壁が全て本棚になっていて無数の本が並べられている場所もある。


 ギルドとはなんだろう、そんなことを思わせてくれる場所だ。

 さて、ギルドはランク制度というものがあり、AからEランクまである。

 ランクは高い方が受けることの出来る依頼も増えるし、報酬も増える。

 ランクをあげるには試験を受けなければならない。


 そして僕は、試験を受ける暇が今までなかった。故に僕はまだEランクなのだが。


「よー!Eランク!元気してたか?」

「ええ、まあ元気ですね」


 Eランクの人はかなり少ないとして、珍しいのかランクで呼ばれる。

 困ってはないが、注目されるのは少し困る。


「で、そっちのは、彼女?」

「いや、だからなんでそうなるんですかね」


 せいぜい、妹として見られるならまだ分かるが。僕はなんだと思われているのだろうか。


「モルは、なにか喋ってくださいよ」

「えと、あの、知らない人の前で喋るのは、ちょっと」


 まさかの人見知り。

 人見知りをするタイプじゃないとばかり思っていたが、意外だ。


「まあ、ともかくさ、頑張れよ!」


 彼は前、僕が最後に所属したパーティの1人だ。

 そのパーティからはもう追い出されたが、理不尽な理由という訳でもなく。こうやって時々話しかけてくれる。

 たまにご飯を奢ってもらったりと、とにかく悪いやつじゃない。


「それで、ご要件は?」


 ギルドの受付人が、機を見てそう僕に言った。申し訳ないことをしたと、少し思う。


「明日、試験に参加するので登録お願いします、あとこの子は新規登録で」

「え、あ、どうも」


 前に出すように押そうとしたが後ろで服を掴んで離れないので諦めた、素直に言うと面白い。

 今まで、そういった場面を見ることがなかったために、とても新鮮だ。


「お名前は」

「えーと……」


 モルがこちらをチラチラと見てくる、名前はどうしようか。

 特に考えていなかった、そして思考をめぐらせる僕を、目に写すカメレオンが少し不気味だ。

 カメレオンは天井に飾られた枝に張り付いて、僕を見下ろしている。


「えーと、モルです」

「フルネームでお願いします」


 もちろんそうなる訳で、どうしたものか。

 色々と考えが足りなかったらしい、マリアナにそこら辺のことはまた考えてもらおう。


「えっと、し、志東モルです」


 考えがまとまらない僕に変わってモルが、そうホラを吹いた。


「はい、かしこまりました」


 かしこまられた。


「えっと、あの」


 困惑した。


「えっと、ダメだった?」

「いや、あの、はぁ、別にいいですけど」


「少々お待ちください」と残して受付人が、カウンターの奥へと消えていった。

 それにしても、すごい所だ。

 モルは壁に飾られている絵を眺めている、その絵を見てやはり芸術は分からないなと思う。


 描かれているのはウサギなのか、それともハクチョウなのか。周りの風景は濁った池のようにも見えるが、夜景のようにも見える。

 モルには芸術というものがわかるのだろうか。


「うさぎって美味しいのかな?」

「あ、そっちですか」

「そっちって?」

「いや、うさぎって美味しいらしいですよ鶏肉みたいで」


 ふーんと軽く返事を返して、モルはまたその絵を見入る。


「そういえば、蛇の肉やワニの肉も鶏肉っぽいらしいですよ」

「鶏肉ばっかりだね」

「そうですね、だいたい鶏肉ですよ」


 少しずつ、ギルド内の人間も少なくなってきた。外が夕暮れの色に染まって、ギルドのランプに火が灯る。


「お待たせいたしました、登録が完了しました、お帰り頂いて結構ですよ」


 先程の受付人が、カウンターに戻って来た。


「どうも」


 軽く会釈して、ギルドを後にした。

 ああいう場所には、あまり長居はしたくない。なにか壊してしまいそうで、気を使いすぎる。


「ねーねー!帰ったらプリン食べよー!」

「いいですね」


 帰り道、そう約束した。

 夕日は街を去り、街灯にも明かりが灯った。



      〇



「あ、あの、志東さん……ぷ、ぷりんが……」


 冷蔵庫の中をいくら探しても、見つからなかった。


「一体、誰がこんなことを……」


 許せない。

 戸は閉まっていた、つまり犯人は僕の家に簡単に入れる人物。もしくはまだこの家にいる人物。


「ひ、酷い」

「許せませんね、本当に」


 家賃は安い、もちろん警備が万全とは言えない。

 けれどプリンだけじゃない。犯人は金目の物には目もくれず、ジュースやお菓子、そしてプリンまでもを。


「犯人捕まえて酷い目に合わせましょう」

「うん、絶対に捕まえる」

「あ!おかえりなさい!久しぶりですね!志東さん!」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、少年は言った。

 どうやらシャワーを浴びていたようだ、僕の部屋はよくこうやって勝手に入られる。


「……」

「し、志東さん、この人」


 モルが包丁を手に取ろうとしていたので、僕はモルの手の届かない場所に包丁を置いて。


「はい?」


 どうやらまだ状況を理解していない少年に、皮肉られた笑顔を見せ。


「プリン食べました?」


 そう、問うてみた。


「はい!おいしかったです!」


 犯人を、見つけた。

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