第十話『休日』

「あのさー、冗談だと思ってたんだけど、ほんとに茹でずに出されても困るんだけど、しかもなんでそこの子はそんな美味しそうに食べてるの?怖いよ?」


 雪が降りそうなほど寒い季節、カラスはコタツに入り、目の前に出された茹でていないマカロニを見て、それを美味しそうに頬張るモルから少し距離をとり、レンズ越しに青年を睨んだ。


「今、これしかないんですよ、我慢してください」


 青年はカラスにそうきびすを返した。

 青年。

 つまり、僕だ。


「んで?例の物はどこ?早く会いたくてうずうずしてるんだけど」

「あ、はい、ちょっと待っててくださいね」


 席を立って、扉が開かれたままの僕の部屋に入り、一瞬どこか忘れ辺りを見渡した。

 それでも、すぐに場所を思い出して僕はベットの下を覗いた。


「ねーねー、見てこれ!僕の最新作!」


 チラッとカラスの方に目をやると、両手をこちらに見せつけていた。

 手には黒い手袋のようなものをしていて、手袋は内側にのみ白い模様が刻まれていて、中心に円を描くように象られている。

 僕はそれを、無視した。

 そしてベットの下にそれを見つけ手を伸ばし、どうにかそれを取り出した。


「いいねいいね!保存状態がかなりいい!これなら直ぐに量産できるかもね!」

「それは、よかったですね」


 昨日、拾った猟銃をカラスに手渡すとカラスは食い入るように猟銃を弄りだした。

 僕はそんなカラスを眺めながら、皿にある茹でていないマカロニに手を伸ばした。

 なんとも言えない食感だ。


「いつの頃のだろうね、もしかしたら世界が戦争をする前のものかもしれないし、もしかしたらそのずっとあとのかもしれない、ロマンだねー」

「まぁ、それはそれでいいんですが、用が済んだなら帰って貰えませんかね」

「んー、そうだね、たしかに、僕も早く帰ってこれを愛でたいところだし」


 カラスは立ち上がり、猟銃を抱きかかえた。

 モルはマカロニを食べ終わり、猫のような大きなあくびをした。


「んじゃ、また今度ねー!」

「もう来ないでしょうに」


 用は済んだはずだ、カラスはなんというか。マイペースな奴だ、自分の必要な場所、行きたい場所に行く。

 大好きな銃も手に入った事だし、カラスと事だしばらく引きこもるつもりだろう。


「うーん、もしかしたら、またすぐに会うかもね」

 そんな気になることを言ってはいたが、そんなことよりお腹すいたので「はいはい、早く帰ってくださいよ」と軽く流すことにした。

「またねー、ばいばーい!」


 外に出されたカラスは、手を大きく振って別れを告げた。

 めんどくさいので、僕は扉を少し力を込めて閉めた。

 モルは興味なしで、コタツで二度寝に差し掛かっていた。


「じゃ、着替えてご飯食べに行きましょう」

「ごはん!!まともな食事を頼みたい!」


 昨日からまともな食事を取れていない生き物の、模範的な反応だろう。

 うるさい鳥のせいでかなり予定より時間が遅くなってしまったが、鳥のせいにすればどうにかなるか。


「んじゃ、行きますか」




     〇



「と、言うわけで、悪いのは僕じゃなく鳥のせいですね」

「それで1時間?1時間も遅れるのか、そうか、許せないな、君との時間をね、削られるのは、耐え難いね、今度その鳥をクリスマスの日にでも主食メインディッシュにでもしようか」


 店内の、灯油ランタンの火が揺れた。

 店の名は『pudding』と言う。僕の記憶が正しければプリン専門店だ。


「どうぞですです」


 頼んでいたフレンチトーストを、この店の唯一の店員のウルくんが運んで来る。

フレンチトーストは、美味しそうだ。やはり、茹でないマカロニとはひと味違う。


「まぁ、今日は仕事は休みなんで、食料とかモルの服とか買い揃える予定ですよ」


 「いただきます」とモルに遅れて取って付けたように言い、トーストを口に運ぶ。


「ギルドの昇格試験にはでるんだろう?」

「もちろんですよ、上手くいけば副業だけで家賃を払えるくらいにもなりますし」


 ギルドはかなり昔からある会員制の組織のひとつで、魔法が普及してから悪ノリで出来たという歴史があったと聞いている。

 そんなギルドも世界変動の後、なくてはならない存在と化していて。これを本業にして生きている人もいるくらいだ。


「あとはそれと、闇市にでも行きましょうかね」

「そうか、じゃあ何かお土産を期待しておくよ」


 そう言って茶を堂々と飲んでいるが、そのお茶の代金は誰が払うのだろうか。


「それ、紅茶ですか」

「ん?あぁ、ハーブティーだよ、いつもの事ながらありがとうね」


 悪びれる素振りも見せない、血も涙も紅茶もない人だ。


「ちゃんと自分で払ってくださいね」

「あぁ、君の財布から払っておくよ」


 血も涙も紅茶もお金もない人だ。


「ごちそうさまでした」


 モルが、綺麗になった皿を前に手を合わせた。

 店の外の人通りも、少し増えてきた。

 大きな古い時計は、十時を指した。



      〇



 時計の周りのように丸い太陽の元、よく晴れた青い空を見上げ、あくびをした。

 店を出て、商店の並ぶ大通りに来ている。

 人通りは多くもなく少なくもなく、主に専門店なんかが並んでいる。

 街並みはカラフルで様々な色のレンガ屋根の建物が建てられていて、大変人で賑わっている。


「えっと、あと買うのが……」


 片手に買ったばかりの日用品が詰まった袋を持ちながら、片手でメモを確認する。

 モルは両手で布団の入った袋を抱えて、付いてきている。

 布団の入った袋は、店主の気遣いで圧縮袋を使用してもらったため、ボーリングの玉サイズで済んでいる。


「お腹すいた」

「あとは服を買わないと」


 話を合わせる気がないと悟ったようで、モルは肩をガックリと落とした。

 まぁ、僕もそこまで意地が悪いという訳でもない。


「屋台で何か買ってから、買いに行きましょうかね」

「ねーえー、最初からそう言ってよ、いじわる」


 どうやら、ぼくは意地が悪いらしい。

 ちょうど、肉の焼ける匂いが漂ってくる屋台をみつけた。

 木を横に切ったようなデザインのテーブルに、小さなおもちゃ等が吊るされている小粋な屋台だ。


「串焼き2本ください」

「わたし2本食べたい!」

「じゃあ、やっぱり3本で」


 店番をしていると思われるよく分からない生き物に、声をかけてみた。


「おっけー、じゃあ焼くからちょっと待ってなー」


 そのよく分からない生き物は、串に刺さった肉を炙り始めた。

 モルは肉が焼けるまでの間、暇を潰すためか屋台の前の川で釣りをしている子供たちに近づいて行った。

 そして、そのよく分からない生き物を僕は知っている。


「ここで働いてるんですか」

「まあね、喋れるうえにお料理までできるぬいぐるみってすごいよね」


 およそ僕の知る限りの動物のどれにも似つかない可愛いと形容できなくもない生き物。

 なるほど、創作物ぬいぐるみと形容するわけだ。


「はぁ」

「どうしたの?悩み事?聞いてあげないよ?」


 酷いぬいぐるみだ。

 僕も、この状況なら聞いてやらないと思うが。

 肉を焼く仕事なんだ、悩みを聞く仕事じゃない。


「何か知らないし、聞く気もないけど頑張れ」


 優しいぬいぐるみだ。

 僕よりは、少なくとも人間味のあるぬいぐるみらしい。


「はい、900円ね」

「え、高くないですか?」

「屋台なんてこんなもんだよ」


 なるほど、商売のできるぬいぐるみだ。

 仕方が無いので、900円しっかりと払い。串焼きを3本持って川の見えるベンチに座った。

 荷物を置いて、モルを呼んで僕は一足先に肉にかぶりついた。

 普通に美味しい、中までしっかり火が通っているわりには柔らかい。


「いただきまーす!」


 モルは串を2本、僕から奪い取って僕の隣に座った。

 街には川はこのひとつしか流れていない、釣り人は皆ここの川に集まる。

 肌寒い風が葉を揺らし、川は日を浴びてキラキラと輝いているように見える。


 空は青く、雲は少ない。

 ゆっくりと、流れていく雲を眺めて。真っ青な空をぼんやりと眺める。

 何か、黒いものが見えて。

 次の瞬間、顔にムチで打たれたような激痛と視界いっぱいの黒。そして、生臭い臭いが鼻をついた。


「ごめんなさーい!」


 前の方から子供たちが慌てた声が聞こえてくる。


「あの、えっと!ほほほんとうにごめんなさいっ」

「いや、いいですよ、釣れてよかったですね」


 そう、冷静に言って顔から魚を引き離し、子供が持っているバケツに入れる。

 子供たちは頭を最後に下げてから、川の方へと戻って行った。


「いやぁ、まさか、空から魚が降ってくるとは」

「さか、さかなっ、ぶっはっ、しどうさんっ、顔に魚ってっふははっ」


 どうやらツボに入ったらしい。

 魚の攻撃により、ヒリヒリと痛む顔に冷たい風が当たる。


「はっくしょいっ」

「服と防寒具も、早く買いに行きましょうか」


 串を公共のゴミ箱に捨て、荷物を抱えて持ってきてくれたモルにお礼を言って布団以外の荷物を持った。


「マフラーとか?」

「そうですね」


 子供たちは川で水を掛け合っている、寒くないのだろうか。

 行き交う人も増えてきた、街はいつもの活気に溢れている。

 今日のやることリストを片手に、次の目的地へと向かった。

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