変態紳士が学校一の美少女に『今から全裸になります』と脅しをかけたら優勝する奇譚

ファンタスティック小説家

口裂けちゃんと吾輩

「ねぇ、わたし…キレイ?」


 ある冬の夕方。

 新年度最初の授業をおえた高校生たちが、校門から駅まで大名行列をつくって帰る一本道──その隣の通路で、吾輩は大きめのマフラーをふわっと巻いた美少女に話しかけられていた。


「キレイだ」


 吾輩は迷いなく答える。


「そう……。あなた、キレイと答えてしまったのですね」

「だとしたら?」

「だとしたら、そうね…うん…残念だけれどあなたにはここで死んでもらう……」

「どうしてだ。なぜ″吾輩″は死ぬことになる」


 くだんの美少女が一歩近づいてくる。

 いい匂いがするのは気のせいではない。

 彼女は目に入れても痛くなければ、鼻で嗅いでも臭いわけがない。もちろん、口に入れたら美味しいに違いない。


「なぜなら、わたしは妖怪だから」

「妖怪? これはまた素っ頓狂なことを」

「でも、本当です。口裂け女。知ってるでしょう、頬まで口の裂けた恐ろしい恐ろしいバケモノよ」


 少女はマフラーから、もぞっと顔をだす。

 彼女は常人ではありえないほど横長な口を──持っていなかった。


 やっぱり、いつもの九千紗さんだ。

 テレビやCMで大活躍していた10億年に1人の美少女だ。


「なんということだ。ほんとうに口が裂けているではないか!」

「まだ裂けてない! でも、これから裂けるの……まだ、わたしは一人前じゃないだけ」

「ほう。吾輩を殺して一人前とな」

「そう。だからごめんなさい……わたしは、名も知らないあなたを殺します……っ」

「それは困る!」

「そうでしょうね、殺されそうな人は皆そう言うんですよ」

「ここで殺される訳にはいかない。なぜなら、吾輩はようやく″婚約者″の素顔を画面のこちら側でおがんだのだから」

「そう。…………ん?」


 吾輩は胸の奥に秘めたるこの気持ちを打ち明けなければならない。


「我が婚約者、穂真田 九千紗(ほまだ くちさ)嬢、吾輩はここに宣言する。吾輩は必ず君とえっちをして子沢山の家庭を築くと」

「ひぃ…いきなりなに?! いっしゅん息忘れるくらい気持ち悪いのだけど……ッ!」

「ずーっと見ていたよ、そう、ずーっとな」

「ずっと……? ファンってこと…?」

「そうとも。穂真田嬢が教室をでてから下駄箱にいくまで、校門をでてから揚げ物屋で買い食いするところ、野良猫ミーちゃんを撫でて別れを惜しみながら去っていくところまで──」

「完全にストーカーじゃにゃい!」

「ストーカーではない。婚約者だ。吾輩は婚約者の安全を守っている。あと噛んだの可愛い」

「……っ、ぅ、うるさい、そこは無視しなさいよ!」


 九千紗さんは恥ずかしそうに頬を染め、スクールバックからハサミをとりだした。


 ハサミは古来より口裂け女が愛用する殺人具と聞く。しかもなんかこのハサミ邪悪なオーラまとっているぞ。

 よく見たら、ハサミを手に取った瞬間から彼女の口周りに「これから裂けますよ」みたいな予告線がはいったんだが。


 まじで、九千紗さんは妖怪なのだろうか。

 

 スピリチュアルな現象を見せられて、吾輩は流石にわずかながらの動揺を覚える。


「ち、近づいたら刺しますよ、変態!」

「……吾輩にはわかる。穂真田嬢に人は殺せない、と」

「で、できます! だってわたしは口裂け女なんですから…!」

「無理だ。吾輩は知ってる。君は人を殺したいんじゃない」

「くっ、なにこの何でも知ってますムーブは……っ、絶妙にウザいですね…!」

「知ってます」

「ちょっと黙ってて!!」


 九千紗さんは叫びすぎて熱くなってきたのか、マフラーで覆われた首元をすこし見せてくれる。首筋がえっちだぉぉ。


「わかった。えっち、わかった」

「意味不明な相槌やめて!」

「君が吾輩を殺めたいと言うのならば仕方ない」

「っ、そ、それじゃあ……殺させてくれるの?」

「吾輩は君が殺人などしたくないことを長年の追跡調査で知ってるが、どうしても言うのならば仕方ない」

「っ、ようやく諦めたということね!」

「仕方ないので、とりあえず吾輩のちんちんを見てほしい」

「ファ?! どういうことッ?!」

「嫌なのか?」

「なんで嫌じゃないと思ったのわけ!?」

「わかった。じゃ触る方向にシフトしよう。蟻の門渡りからこうすーっとさする感じで──」

「思考回路が股間にあるんですか?!」


 九千紗さんはツッコミ疲れに肩で息をしながら、ズボンを下ろそうとする吾輩の腕をおさえる。


「なぜだ、なぜ吾輩のちんちんを見てくれないッ!」


 吾輩の気持ちが伝わらないのか。


「どうしてッ?! なんであんたのちん……その、ソレを見ないといけないんですか!」

「……ソレ?」

「言わせないでっ!」


 恥ずかしがってる九千紗さんもまた可愛い。ただ、ここは毅然とした態度で挑まねばなるまい。


「吾輩のちんちんを見るか、触るかハッキリしてくれ!」

「わたしの人生で最悪の二択です! な、なんで選択肢がそれしかないんですか!」

「すべては簡単な論理的帰結だよ」

「ろ、論理的帰結?」

「君は吾輩を殺す。ならば吾輩は死ぬ前に、大好きな君にちんちんを見せてから死にたい。あわよくば、揉み合いになった時、どさくさにまぎれて君のおまんと合体する可能性を残しつつ……あ、お尻でも一向に構わな──」

「本気で気色悪ッ?! なにえっちな漫画みたいな展開期待してるんですか……てか、さっきから変態すぎ……ッ! すこしは、遠慮とかないんですか!」

「殺されそうになってるのに遠慮する意味がわからない。簡潔に理由を説明してほしい。25文字以上50文字以下で頼む」

「ぐぬ、ぅ……」


 九千紗さんが言い淀んでるうちに、吾輩は落ち着いてベルトを外していく。


「させるかあああ! ちんちん絶対見たくない!」」


 九千紗さんはハサミを構え、ベルトは押さえ、真面目な声であらたまる。

 頬は赤く涙目で、手元はプルプル震えている。


「わたしはあなたを殺して立派な口裂け女になるんです! 死ぬのが怖くて錯乱するのもわかります! でも、諦めて! わたしはどうしたってあなたを生かす事はない!」

「…………そうか」

「とうとう、本当にわかってくれました?」

「では、死ぬ前にひとつ聞かせてくれ」

「? ま、まあ、ひとつくらいならいいですよ」

「今までに人を殺したことは?」

「な、ないです……。殺してたらリアル口裂け女として再降臨してますとも」

「では、君は人を殺したいのか?」

「ぇ、ふたつめ? ま、まあいいでしょう。冥土の土産に答えてやがりますとも。まず、えぇ、その……わたしの気持ちなんて関係ないんです。わたしは口裂け女。そういう存在だから、昔の″私達″がそうして来たように人を殺すんです……」

「口裂け女にとって人を殺すことは、そんなに大切な事なのか?」

「っ、当たり前です! 恐ろしいバケモノは、人を殺すことで威厳を保つんです!」


 九千紗さんはDカップの豊かな胸──週刊誌情報──を張って、ふんすっと鼻息吐いて自慢げな顔をした。


「そうか。では、君の初めての殺人は『ちんちんを見せようとしてズボンを下ろしてる最中の人間を襲った』という経歴になるわけだ」

「ッ?!」

「著名な妖怪である口裂け女ワナビーが、ちんちんを露出しようとする男を襲って、それを誇らしげにするなんて……はは、いや、失礼、笑ってない。ただ、なんというかな、くくく」

「ひぃい! なんて事ですか……っ。今すぐ、こ、殺ろします! ちんちん見せられる前に殺してしまえば間に合うはず……!」


 九千紗さんはハサミを構えた。

 しかし、動きが素人だ。


「遅いッ!」


 吾輩は九千紗さんの手を振りはらい、いっしゅんでズボンを下までおろした。

 音を置き去りした、無慈悲の脱衣である。

 穂真田さんは反射的に「きゃあああ!」と叫んで、目をそらした。うわあ、俺、ドラマとかバンバン起用されてる美少女に、ちんちん見せつけてるよ。興奮してきた。ってダメだ、これではホンモノの変態じゃないか!


「な、なんて事してくれてるんですか……っ!」

「ノッテ来たな」

「乗らないでえ〜」

「穂真田嬢、さあ、刺せばいい。そのハサミでグサリと、な。ただし、忘れるな、吾輩はズボンを脱いでちんちんを君に見せつけていると!」

「最低、最悪、ど変態?! なんなんですか、あなたは!」

「吾輩か? そうだな、セックス男爵とでも名乗っておこうか」

「ワンチャン世界史に出てきそう……ッ?!」

「罵倒は吾輩ら界隈ではご褒美です。本当にありがとうございました」


 九千紗さんは吾輩をの息子を見ないようにしながら、ほんとうに下半身裸であるか確認しようとしてくる。

 吾輩の爪先からそろーっと視線を上げていき……きっと、筋肉質な太ももあたりを見たところで諦めた。


 ダメだこいつ、さらしてやがる、とでも思ってくれたのか。やっぱり興奮するな。


「ぐぬぬっ、なんでこんなことに……!」

「さあ、どうしたぁ? 殺せばいいじゃないかぁ、口裂け女ワナビーのプライドはないのか~」

「くっ」

「さあ、さあ、さあ、さぁ」


 九千紗さんは歯噛みして、ハサミを鞄にしまった。


「セックス男爵に恐れをなしたか」

「ち、違う! これは……やめるだけです。今日はそういう日じゃない、と思って」

「ほう、そうか。ならばよろしい。吾輩は死なずに済み、君は人を殺させずに済む。陳腐な結末だが、たしかなハッピーエンドだ」

「……っ、なにそれ、わたしに殺させないためだって言いたいわけ……」

「吾輩の望みは穂真田嬢がしたくもない殺人を強要される結末をくだくこと。それだけだ」

「な、なにそれ、意味わかんない……意味わかんない……! わたしは口裂け女だから人を殺して当たり前なのに!」

「吾輩は知っている。君が優しい人間であると」


 九千紗さんをほうっておけば、やがて人を殺してホンモノの妖怪となる。


「そうはさせないぞ、マイレディ」

「……っ。な、なに、その澄ました顔……」

「フッ(半裸)」

「まずは自分の格好見てからカッコつけてくれない!?」

「おっと、これは失敬」


 ズボンをあげてベルトを締める。

 穂真田さんがようやく安心してこちらの顔を見てくれた。


 はは、これで吾輩のラブコメは終わり。

 さわやかな読後感を得られそうだ。

 

 こうして、吾輩は我が色恋沙汰のフィナーレをかざるべく両腕をひらいて、瞳をとじ、ゆっくりと彼女を包み込むように抱擁を──


「近づくな、ど変態っ!」

「ぐぼ、ぉ、へぇ……ッ」


 ビンタで張り倒された。

 花びら舞い落ちる街路樹のしたに転がって現実にもどってくる


 倒れた吾輩と、警戒をやどす学校一の美少女と視線が交差する。


 これはまさか、


「吾輩を好きになってしまったか」

「意味わからないです! 気持ち悪いです! さようならです! 警察呼びます!」

「なるほど、これがツンデレ期というか。良いぞぉ…」

「どこまでポジティブなわけ?!」


 九千紗さんはそう叫び、はあーっと疲労たっぷり、大きなため息をついた。


「それじゃあね……二度と会うことはないでしょうね、変態くん」

「吾輩は紳士である」

「それじゃ、変態紳士くんで……ばいばい!」


 世界一可憐な口裂け女ワナビーはそういい、ムクリと起き上がる吾輩をおいて、黄昏時の桜の街道を駆け抜けていった。


「ああ、なんと可愛いんだ……」


 吾輩はそんな彼女の後ろ姿ひとつにすら心踊らされてしまうのであった。


 次に合うのは画面の向こう側だろうか。

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