第2話 喜助と杢兵衛

マシンヘッドなE感じの、モンスター的ベストシンプルミュージック。

リッチでブラックモアなサウンドが、築30年のストリップ劇場全体を揺らしています。

やっとの思いで、電飾看板を片付けた喜助は。


「お、始まった。俺も特等席で観ちゃおっかなあ」


と、鼻の下をのばして振り返り腰を抜かしました。

いつの間にか男が立っていたからです。


「good jobだよ、喜助!今宵もドラスティックにOK?」


男の名前はラスプーチン本牧・杢兵衛。

若干26歳にして起業家です。

しかし、勘違いが甚しく、いつも周囲を困らせおりましたが常連客でも御座います。


「あ、あら、杢兵衛さん。stay homeはよろしいんで?」


「Leaf peonyに会いに来たのさ」


「は?」


「僕のハニーさ、葉牡丹ちゃん出番あるんだろう?」


「ええ、今、練習終わったんじゃないかなあ」


「amusing!」


「待って下さい、いえね、実は閉めようかと思ってたもんですから」


喜助は非常階段を、勢いよく駆け上がって行きました。

何せこの杢兵衛さん、羽振りの幅が桁違いで御座います。

金の成る木を目の前にした喜助は、人参をぶら下げられた馬同様に、ふがふがと鼻息荒く興奮状態。

杢兵衛の為にショーを観せれば、云百万のチップも夢ではないのですが、勝手に話を進められた葉牡丹ちゃんはご立腹で御座います。


「ええ〜。やだよお。私、杢兵衛キライだもん。キモいしすぐ触るし、セーター腰に巻いてるし」


「そんな事言わずに、お店の危機なんだし」


「絶対にヤダ!あ、風邪ひいたとか言ってさ、うまく騙してよ」


「いるって言っちゃいましたよ」


「・・・かなしみ・・・」


項垂れる葉牡丹ちゃんに、スマホから援護射撃のシュプレヒコールが届きます。

そうです。

7人のやさしい助平人の野次です。


「L・O・V・E♪葉牡丹♪サイコー」


「B・A・K・A♪喜助は沈め!」


助平人の声援に感動した葉牡丹ちゃんは、前屈みになって胸元を強調させながら言いました。


「ありがとう。みんな大好きなんだから、チュッ」


葉牡丹ちゃんのサービスショットに、やんややんやの大喝采。

その反面、心持ちがてんやわんやの喜助は、説得を諦めて非常階段を降りて行きました。


「重大なincidentだよ。キミ、さっき言っていたよね、練習終わったって」


杢兵衛は、思い切り喜助に顔を近づけて言いました。

大地が揺れたなら、くちづけを交わせてしまう距離です。


「いや、昨日の事でした。自粛自粛で、朝昼晩も判らなくて」


「ハニーは風邪なのかい?」


「ハイ・・・」


「それって」

  

「はい?」


「店的giveだよね。ハニー無しじゃタレントマネジメントもsinking出来ないincidentだよ。ハニーは何処に入院しているんだい?」


「えっと」


「まさかnew-model?」


「あ、聞いてきます!」


「To whom!?」


喜助は再び、非常階段を駆け上がって行きました。


ステージはいつの間にか静まり返っていました。

その張り出し舞台に立つ葉牡丹ちゃんを見て、喜助は腰を抜かしました。

何処から仕入れたのか、赤鬼甲冑を身に纏っていたからです。

ガッシャンガッシャン歴史を奏で、薄紅ルージュが妖しく光るミラーボール。

そこは異世界さながらの光景でした。


「見て♫イイナ・オスケのヨロイだよ」


「井伊直弼ですよ」


「アガラちょびさだ♫のとこから、兜を取るの、かっこいいでしょ」


葉牡丹ちゃんの想いを、始めは無視した喜助ですが、売れっ子ダンサーのヘソを曲げてはいけないと四苦八苦しながら言葉を選びます。


「素敵な衣装で・・あっ!杢兵衛さんに会って貰えません?」


「ヤダ」


「流行り病だと勘違いしてて・・本当綺麗な甲冑でかっちゅよい」


「ヤダったらヤダ!」


兜が邪魔で表情が伺えない葉牡丹ちゃんを、喜助は必死でなだめるも埒が明きません。


「そこをなんとかお願いしますよ」


「ヤダ、じゃあさ、怪我して入院した事にしてよ」


「怪我?」


「そっちの方がリアルでしょ♫」


喜助はまたもや、非常階段を駆け降りて行きました。

当然ながら、杢兵衛がすんなりと納得する筈もありません。

しどろもどろの喜助は、遂に伝家の宝刀を抜き出してしまいました。


「じ、実は・・・」


「僕は今更驚かないよ。僕の心はエクサバイトなのさ」


「あの・・・」


「アイプラユーさ、愛しのハニー」


「葉牡丹ちゃんは・・・」


「ん?」


「虹の橋を渡ってしまったんですよ、ぅう」


「Hey!Ladies & Gentleman!僕のストレージにJokeはー」


「本当なんですよ、もうどうして良いのか、ぅう」


「なら何故さっき!」


「お優し過ぎるだあ様のお姿に・・・」


二進も三進も行かなくなった喜助の涙を見て、杢兵衛は愕然としました。


人間は簡単には泣けない。


そう信じる杢兵衛は26歳。

涙腺が緩くなったなあと、常々思う喜助は47歳でした。


「へへ・・・Meの心のプラットフォームはどこざんしょ?」


杢兵衛は崩壊寸前です。


「恋をするのもそろばん勘定、マネーが無ければbubbleでざんす、ざんすざんすさいざんす・・・」


「あの、大丈夫ですか?」

 

「Meのハニーは、どうして死んでしまったんだ!ハートをロックダウンするには早過ぎだよハニー」


「ポールから落ちてしまって」


「あんな低いところから?」


「打ち所が悪くて」


「僕の想ひでという名のキャッシュは、クリア出来ませんから!」


「は?」


杢兵衛は、涙でぐちゃぐちゃの顔を袖で拭って、喜助に詰め寄りました。

街灯に照らされた不自然な笑顔は、まるで白塗りおばけのようです。


「せめて、ハニーのsoulと語らせてくれないか?」


「ハニーのソウルですか?」


「墓は何処だい? 青山かい?」


「は、墓!?え、ええ、青山です」


「let's・・・」


涙ぐむ杢兵衛をよそに、喜助はまたもた階段を駆け上がって行きました。


兜を取った葉牡丹ちゃんの頬には、汗の粒がキラキラと艶かしく輝いています。

短めのベロでそれを舐める仕草に、7人の優しい助平人達は大喝采でありました。

気が動転したままの喜助は、熱気と色気むんむんのホールに入るなり叫んでしまいました。


「墓場へ行くって!助けて下さい!」


「なんでそおなっちゃうんだよお」


ぷんすかふて腐れる葉牡丹ちゃんに、喜助は半泣きで訴えました。


「虹の橋を渡った。ポールから落ちた。墓は何処だ?青山か?ハイッ、青山ですって言っちゃったんですよ、ぅう」


「1人で行がせてバイバイしよ」


「それが、今から行くって聞かなくて、ぅう」


普段は冷静沈着な喜助の狼狽する姿に、葉牡丹ちゃんはちょっとだけきゅんとしてしまいました。


「じゃあさ、適当にお墓見つけて帰ってきなよ」


「は?」


「それでね、お花をいーっぱい飾って、お線香ももくもく焚くの。そしたら見えないじゃん」


「見えない?」


「やだ。リアルあがらちょびさだ!」


鎧を着たまんま、わいわい喜ぶ葉牡丹ちゃんを見て、喜助も覚悟を決めました。

健気なプロ根性に、喜助もちょっとだけきゅんとしていたのです。


「ようし、とことんやってやる、もうどうにでもなれ」


「ありがと喜助、ちゅっ♪」


投げキッス。

アドレナリンも。

しぇきなべいべえ。


喜助。

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