7F 四つの歯車 2

 ダンスには多くの種類が存在する。


 バレエ、モダン、ジャズ、レゲエ、タップ、スウィング、フラ、サンバ、チア。


 だが、今回我らが高校ダンス部のダンス対抗戦に選ばれているダンスの種類はストリートダンス。文字通り路上で踊られるものから派生したダンス。チーム四人で踊る以外に四種類の個別勝負。チームで踊る以外は全て『即興フリー』。


 四種類は以下の通り。


 ヒップホップHIPHOP

 一九八〇年代の後半から発達してきた他に分類される技を主とはしない自由な踊り。簡単に説明できない事が特徴とも言われる。基本的に上下のリズムをとりながら、様々な種類のステップを組み合わせて踊るらしい。担当はクララ様。


 ロックLOCK

 名称の意味は『錠』。激しい動きから突然静止しポーズを取るスタイルが特徴。一九六九年にドン=キャンベルロック氏が考案したらしい。代表的な動きは観客に向かって指を差す事だそうだ。動きにキレのあるギャル氏には向いているらしい。


 ブレイキンBREAKIN'

 全盛期は一九八〇年代前半だとか。ギャングが抗争をまとめる為に銃撃戦の代わりにダンスバトルを用い、発展に繋がったと言われているらしい。物騒であるが平和的。床をぐるぐる回る動きのあるアレである。ただ勿論それ以外にもある。担当はそれがし


 ハウスHOUSE

 速めのテンポに合わせて踊るダンス。素早い足捌きのステップと、上下に揺れ動く音の取り方が特徴だそうで、四つ打ちのリズムに合わせるとか。上半身で刻むリズムと、下半身で刻むリズムが違うらしい。担当はグレー氏。


 チームでの踊りの振り付けはクララ様が絶賛考案中である為、柔軟とアイソレーションを終えた後は、クララ様の振り付けができるまで個々で担当のジャンルの練習。


 ただ問題はグレー氏だ。自信満々だっただけあり動けてはいる。人気者とは勉強は置いておいて万能超人の別名なのかは知らないが、これにはクララ様も苦笑い。どころか般若の形相。公私混同しない性格のようで、ダンスに一歩踏み込めばそれがしの知るフロア上の女王様に戻る。


「あられくんさぁ、一度リズムがズレるとズレズレ過ぎ。軌道修正不可能で銀河系の外までぶっ飛んでってるから。もっと音を聞いて。ソレガシに似てるんよねリズムと間の取り方が少し。それが悪いとは言わないよ? それがきみの心の呼吸の間なんだろうし。だからこそ、もっと、音を、聞いて」

「すいませんクララ様ッ」


 おい憧れの人っぽい想い人から様付けされてんぞ。クララ様はそれでいいのか? 鉄仮面モードだから気にしていないらしい。


 ノートを広げ壁際に座っているそれがしの横に汗だくで這いずって来るグレー氏。葡萄原ぶどうはらの名前の通り顔から血の気が失せ青い顔になっている。クララ様の恋心がスパルタに向いたようだご愁傷様。肩で呼吸をし仰向けで寝転がるグレー氏に目を落とす。


「グレー氏……日本舞踊か民族舞踏やってたでしょう?」

「そうなの⁉︎」


 何故か声を掛けたグレー氏じゃなくクララ様が目を見開き振り返って来る。こっち見てないで掛かってる音楽聴け定期。とか言う暇もなくクララ様は音楽を止め、廊下と言う名のフロアから降りてこっちに歩いて来る。来んな。


「まぁ故郷の踊りをちょっとだけど、分かるのか兄弟ブラザー

「妹が舞踊と唄をたしなんでるものでしてね。それに似てたので」

「ふーん……レンレン、これ微妙に使えるね確かに」

「しょ!」

「じゃあ次はソレガシが踊る番。ゴミ屑をリサイクルする時間だよBボーイ」


 微妙認定と同時にクララ様からお呼びが掛かりやがった。プシィッ、と一度息を吐き出し、軽くその場で数度跳ぶ。昨日よりも随分と気が楽だ。


 それがしの『芯』は既に得た。頭は歯車、関節も歯車。それを繋ぐ弦で音を拾え。感じた音で振るえる弦が歯車を回してくれる。


 どう動くか、以前に動きの元となる土台のイメージをずみー氏から目に見える形として見せて貰えたのはありがたい。実際に肉や骨が歯車と弦に変貌する訳ではないが、己の動きが明瞭になる。


 ブレイキンの一回の踊りワンムーブの中での基本的な流れ。


 『立ち踊りエントリー』から、屈んだ状態で足をさばく『フットワーク』、手のひらや背中、頭で回転する『パワームーブ』、最後に動き停止して決める『フリーズ』。


 それがしにとってありがたいのは、一連の流れのようなものがある事だ。流れの中でどれかに偏ってもいい訳だが、最初やった時は特に『フットワーク』への入りと出がゴミ屑だとダンスの女王様に言われた。繋がりを感じられないと。


 ただ今は別だ。繋ぎの潤滑油となるイメージがある。技となる『型』は既に脳内に叩き込んである。頭を回しながら関節を回せ、歯車を淀みなく回転させろ。


 体の前でクロスした両手を左右に開くと同時に片足を前に出す、それを数度繰り返しながら時折屈んでステップを踏み起き上がる。


 己が内のリズムと流れる音楽のリズムを擦り合わせ、その歯車が噛み合ったならば、ステップを踏むと同時に両手を床につき『フットワーク』へ。


 『フットワーク』は上半身を軸に足を回転させる動き、一周する間の歩数で、『六歩』、『五歩』、『四歩』、『三歩』、『二歩』、『一歩』と分けられこれが基本とされているらしい。これは流れる音楽のリズムによって使い分ければいい。


 それ以外に屈んだまま高速で足をさばいたり、腰を捻ったり、膝で回ったり種類はそれこそ膨大だが、これはもう数をこなしてできるように増やしていくしかない。


 その次に繰り出すのはブレイキンの花形『パワームーブ』。ブレイクダンスと言えば多くがイメージするだろう遠心力を用いた大技。これも種類が膨大なので数をこなすしかない。


 最後は『フリーズ』。それがしが単体の中では苦手な止まる動き。これまでに動かしていた体内の想像の歯車を一斉に急停止する感じだ。両手だろうが片手だろうが頭だけだろうが、体を捻っていようがいなかろうが、取り敢えずピシリと止まればいい。


 一連の動きを終えて伸びをする。やったのはどれも基本の動き。最低限一連の動きができなければ肉付けなど不可能だ。流れる音楽の違いによって自然と動きを選び取れるようになるなど二日では無理。一週間でも無理だ。取り敢えず基本の動きにだけ集中する。


 大きな鏡の前から元いた位置へと振り返れば、腕を組み、足を組んで椅子に座っている女王様の冷めた視線。鉄仮面装備状態だと怒ってるのか喜んでるのか分からん。


「……意味不過ぎるんだけどさ? なんで急に繋ぎがマシになってるの? 見た感じきみは『パワームーブ』に偏って踊る『パワームーバー』と、『フットワーク』に偏って踊る『スタイラー』どっちも鍛えればいけそう。なんか癪だけどね。それで一番『フリーズ』が辿々しいのはなんなのほんと? バランスおかしいでしょっ、普通は『パワームーブ』が一番初心者苦労すると思うんだけど?」


 なにこれは。褒められてんの? 怒られてんの? どっちなの? 教えてエロい人ッ。それがしには踊り子の心など分からないし、女心はもっと分からない。這いずる動きは勝つか負けるか、極端に言えば生死が懸かっていたから荒療治で骨身に叩き込んだだけだ。


 足が落とされず、蹴りも飛んで来ない中では伸び伸びと動けはするが、毎度毎度修練の為に命など賭けてはいられない。それでは命がいくつあっても足りん。


「リズムと間の取り方は独特なままだけど昨日よりも合ってる。ただなんかぷしぷしうるさいけど。昨日は本気じゃなくて手抜いてたわけ? それなら契約違反で小指毟るけど?」


 急に話のグロさに年齢制限必要になったぞ。指切りで約束とかしてないのに毟られるそれがしの小指が可哀想過ぎるッ。これは多分怒っている。放って置くと勝手に罪を積み上げられ冤罪の重さがヤバそうなので、壁際に鞄と共に置いている三味線の包みを手に取り持ち上げた。


「あークララ様? それがしそれがしで昨日少しそれがしの音勘とリズム感を取り戻す為に久方振りに楽器に手を伸ばしたのでそのおかげでしょうよ。多分もう拭えないそれがしの音の根元」

「……へぇ、なにそれ」


 包みを取り払い三味線を出して壁際に腰を下ろす。途端に横合からバシバシ肩を叩いて来るギャル氏の手。痛い痛いッ。ばちが持てないからやめれっ。


「やってんじゃんソレガシッ! 約束したもんね! 弾いて弾いて! 笑ってやんから!早く早くナウしか!」


 笑ってやるとかそれがしの三味線クソ下手糞だと思ってるじゃねえかこの野郎ッ! こちとらこれ一つで爺様の武芸十八般地獄から自由を勝ち取ったんやぞ! 他でもないずみー氏からもお認め頂いている。


 椅子の上で踏ん反り返っている女王様と、物珍しそうに目を丸くしている綿毛男、喧しい青髪の乙女を一度見回し、ギャル氏のニヤけ顔を潰すつもりで一度弦を強く弾く。プシィッ、と鋭く息を吐きながら。



 ──────べんッ‼︎



 美術準備室と違い広い廊下であるだけに音が走り抜ける。軽く糸巻きを捻って調律し、今度は細かくゆっくりと音を刻む。



 チチチチリレンっ、チトチリリィ────ンッ。



 ギャル氏が口を閉ざし、息を飲む音に合わせて押さえの手を擦り揺らす。三つの呼吸の間に合わせて指を滑らせ弦を弾き掬う。横から零れる小さな笑い声。グレー氏が立ち上がり身を上下に振り動かす。ハウスダンスと言うよりも、多分たしなんでいた舞踊の動き。


 リズムと間の取り方がそれがしと似ているかなるほど。弦を強く弾いて棹を握る手を離し、床を小突いてグレー氏の足を指差し棹を握り直す。頷いているあたり意図は通じた。


 細かく音を刻む音に合わせて素早く捌かれるグレー氏の足。音を伸ばせば身を沈ませ浮上させる。歯車が上手く噛み合っている。べん、べん、べんッと三度叩いて音を止めると同時にグレー氏も動きをぴたりと止めた。


「ははっ、やるな兄弟ブラザー吟遊詩人か? 歌までいける口かよこの野郎!」

「言うに事欠いて吟遊詩人は草。それがし唄はやりませんからな。それはそれがしの妹にでも頼みなされ。口は減らないですがそれがしより感性が鋭い」


 喜んでくれたらしいグレー氏が握り拳を伸ばして来るので拳同士を打ち合う。三味線をしまいながら口数のなくなったギャル氏に目を向ければ何とも面白くなさそうな顔。なんでや。それがしが三味線弾けたらいかんのかい。


 ままならない想いは椅子上の女王様から落とされた吐息によって廊下の奥へと押し流され、「昼休みのアレもきみでしょ」と人差し指を向けられる。


「そうですがなにか? やっぱり美術室じゃ音漏れ安定ですか」

「りなっちがメーター振り切れてテンション爆上げになっちゃったからね。犯人探すとか言って引き摺り回されたおかげで昼休みがパァ。なるほどね、きみの音の元はそれね。嫌いじゃないよ私。上手いじゃん」


 おぉ……初めてちゃんと女王様に褒められたッ。ダンス全然関係ないけどッ。なのに横から何度も無言で小突いてくるギャル氏はなんなんだよ。笑うどころか口がへの字になってるんですけど?


「……ソレガシさぁ、昼休みってずみーと一緒だった?」

「そりゃまあ、友人同士一緒に昼食を」


 弁当食い損ねたけども……。


「はぁ⁉︎ 俺も呼べや兄弟ブラザー‼︎」

「お主はちょっと黙ってろ。次は呼んでやる」


 こうべを垂れる綿毛男は放って置き、口を尖らせるギャル氏はなんなのか。不機嫌オーラが全開過ぎる。何やら小さくぶつぶつと呟いている青髪の乙女が恐ろしい。突っついた拍子に蹴りとか飛んで来そう。


 背負う空気の色を変えたギャル氏の姿に、クララ様はまた一つため息を吐くと「今日は解散、後は自主練でもして」と切り上げてくださった。


 これ幸いと帰り支度を済ませてさっさと帰路に着こうと思い立ち上がれば、ギャル氏にジャージを掴まれ引き止められる。なんでや。


「……ソレガシ、今日この後あーしん家集合。おけまる水産?」

「あー……なしまる水産でお願いしますぞ……」


 要求は却下され、夕焼けに染まる道をギャル氏の家まで引き摺られた。暴君め、お断りの選択肢を用意してないなら最初から聞くんじゃない。


 


 

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