30F 失ったものと掴んだもの

 改造学ランに着替えロトンドム宮殿を後にして、ギャル氏達と行動は別に。最初にラーザス爺に部品製造を間に合わせてくれたお礼を言う為に立ち寄り、その後すぐに冒険者ギルドへと向かった。


 道中向けられる視線はエトで『神喰い』を撃退した時同様、いやそれ以上に喧しいのは小人族ドワーフ達が多いからか。


 顔も知らぬ髭もじゃ達が色々と声を掛けてくれる。とは言え、


「坊主! 怪盗撃退したとは驚いたぜ! まあそれも半分くらいは部品間に合わせた俺のお陰だろうがな!しかしブルヅと一緒で逃げられるとは、よっぽど化け物だったんだなおっかねえ」


 と、ラーザス爺の所に寄った際に言われた通り、民衆の中ではそれがし達冒険者とブル氏が共闘し怪盗は撃退できたものの逃げられたという事になっているらしい。


 よって民衆の反応も、怪盗撃退ありがとう!が七割。取り逃してんじゃねえボケ!が三割といった具合のようだ。


 大きな依頼の達成は冒険者としては喜ばしいが、所詮は依頼の一つだと割り切った方がいいのだろうが嬉しいものは嬉しい。手を挙げて声を掛けてくれる武器屋や防具屋の者達に挨拶を返せば割引きしてくれると言うのでふらふら物色しながら冒険者ギルドに着いたのが宮殿を出て二時間後。何故かギャル氏に怒られた。なんでや。


「遅くね? ゲロ遅くね? 依頼成功をささやかにお祝いしようって言ったじゃんね」

「全く聞いてない定期。お主また自分の中だけで自己完結しましたな」

「マ? そだっけ? まぁ細かいことは気にしない気にしなーい!」


 ゴム人形並みに手首柔らかなギャル氏にジト目を送れば顔を背けられる。ささやかにお祝いとか言いながら、円形のテーブルの一つに置かれているのは、お祝いでも変わらない地獄煮込みとパン。だけでなく、見慣れぬ色をした肉の塊が置かれている。


 一人テーブルの前に座っているダルちゃんに手を挙げ挨拶しながら椅子に座るが、何この肉……焦げてんの? 見た目の質感は肉っぽいのに、全体的に黒過ぎる。


「鉱石豚の悪魔風ってね。悪魔族デビルの郷土料理の一つだよ。色んな香料ごちゃ混ぜにして肉に張り付けて焼くんだってさ。ベビィからのお祝い。それとこれはギルドマスターから。石酒って言う水に石を漬けとくとお酒になる鉱石で作られた城塞都市の名産品」


 そんな説明をくれるダルちゃんがグラスに酒を注いでくれ、受付カウンターにダルちゃんの代わりとばかりに座っているベビィ殿が手を振ってくれる。冒険者ギルドで地獄煮込み気怠い風以外の料理を食べる日が来ようとは。「それじゃあ乾杯KP!」とギャル氏の音頭に合わせてグラスを掲げ一口。


 口の中で酒を転がし、湯気が出そうな熱い吐息を吐き出す。一口と共にギャル氏とずみー氏は酒を噴き出しグラスを遠去け、ダルちゃんだけが一口に飲み干していた。瓶を手に取ってラベルを見れば度数六〇。お祝いに出す酒かこれ……。


 グラスをダルちゃんが向けて来るので注いでやる。それがしとダルちゃんで飲み切るしかねえなこれ。


「……ソレガシよく飲めるね、なんかムカつくわー。てなわけであーしの残りの酒よろ!」

「あちきの残りも頼んだぜ同志! あちきの舌には早いらしいや。同志の舌は異常だぜ」

「人にものを頼む態度じゃないだろ常考。まぁ残すぐらいなら貰いますけどな。しかしこの肉っ、美味し!ベビィ殿イエーイ!肉と言うよりどう見ても外見石です。本当にありがとうございました!」

「……ソレガシもう酔ってね?」


 酒に酔ってはいないが、空気には多少酔っている。酒を喉奥へと流し込みグラスをテーブルに置く。見た目と味が突き抜けているが、鉱石豚の悪魔風と石酒は凄く合う。切り分けられた肉にフォークをぶっ刺し口へと放り込んだ。


 香辛料の辛味の後から染み出してくる肉汁に舌鼓を打ちながら、目を向けるのはギャル氏とずみー氏以外にテーブルにいるダルちゃん。ギャル氏は乾杯としか言わなかったが。


「学院は……楽しそうですな、名前の響きが」

「響きだけね。貴族や王族の巣窟で、超絶堅苦しいったらないよ」


 ダルちゃんがテーブルの上にフォークを置き、グラスの中身を飲み干すので注いでやる。すぐにまた飲み干すので注ぐ。


 ペース早くね? ダルちゃんは蟒蛇ウワバミの生まれ変わりか何かかな?


 グラスを差し出されるので、注がずに酒瓶を置けばずみー氏のグラスに手を伸ばして口へと傾ける。おいおい。


「見方を変えれば、面白くなる事もありますぞ」

「おたくがもう冒険者を辞められないようにかな? 怪盗騒動の真実はサレンから聞いたよ。『神喰い』から『鉄冠カリプスクラウン』。勝利の味は麻薬と同じさ」


 少し赤らんだ顔を傾げるダルちゃんの見透かしたような言葉に、出そうになる間抜けな声を喉に酒を流し込む事で押し流す。それでも胸内の生温い感触が消えてくれず、ギャル氏のグラスに手を伸ばして飲み干した。


 ギャル氏とずみー氏が黙々と鉱石豚の悪魔風と地獄煮込みを口に運び口をつぐむ中、ダルちゃんと二人向かい合う。


 恐怖の色さえ塗り潰す勝利の色。


 それを知ってしまったら、自分にはできないと思っていた事ができるのだと知ってしまったら、もう止まる事は叶わない。


 できないをできるに塗り替えたい。それが何より面白いから。


 思慮におぼれる息苦しさの中で、何に優っていなくても勝ちを見出した瞬間の快楽は何にも変え難い。ダルちゃんの言う通り麻薬も同じ。だが、おぼれるのはそれにではない。楽しいにこそおぼれる為に、新たにグラスに注いだ酒を喉に流し、『勝ち』をただの情報として頭の片隅に押し流す。


 そうして口元を少しばかり引き上げた。


「冒険者以上に、今の自分をもう辞めたくはないのですよ。ダルちゃんからの依頼なら、学院だろうがどこだろうがそれがし達は馳せ参じますとも。ねえギャル氏?」

「うぅぅ……ダルちぃ、あーしらズッ友だかんねー!」


 勢い良くダルちゃんに抱き付くギャル氏を気怠そうに向かい入れながら、ダルちゃんが助けを求める視線を送って来る。


 それがしにどうしろと?


 それに抱き付く事さえしないが、気持ちはギャル氏とそう変わらない。異世界に来てからなんだかんだと一番相手してくれたのはダルちゃんだ。ダルちゃんが姫君との賭けに負けた以上、ダルちゃんは学院に戻るだろう。


 他でもないダルちゃんを負かしたそれがし達がダルちゃんを引き止める事はない。それがし達に任せた以上、きっとダルちゃんも心の底から学院に戻りたくない訳ではないだろうから。


 ギャル氏に抱き付かれながら、ダルちゃんがグラスを差し出してくる。それに酒を注げば酒瓶は空となり、中で転がった鉱石が酒瓶を叩いた。


 依頼成功のお祝い兼、ダルちゃんのお別れ会を終えれば、丁度日が傾き再びロトンドム宮殿へと向かわねばならない時間。


 身支度の為の時間らしいが、それがし達の支度になどそう時間は掛からず、姫君が気を利かせてダルちゃんとの時間を取ってくれたと考えるべきか。住人達が挨拶してくれる中、愛想良く手を振り返して隣を歩くギャル氏とずみー氏。


 ……そして気怠そうに歩くダルちゃんを見る。一人おかしくね?


「……お別れ会の意味。それがしの哀愁返せ。ただ飯食って酒飲んだだけですぞあれじゃあ」

「あたしじゃなくてチャロに文句言ってよ。ソレガシ達との話終わったらマッハで学院戻るってさ。めんどくさー」

それがしに姫君へ文句言えとか、それはそれがしに首刎ねられろとでも?」

「なにそれウケんだけど!」


 ウケてんじゃない。一言多いわ相変わらず。ギャル氏の笑い声に肩を落としながら歩いていれば見えて来る宮殿の影。それを目にはたと思い出し、懐へと手を突っ込んだ。


「ギャル氏、前に宮殿に向かう時はそれがし鎖帷子くさりかたびらをくれたでしょう? 貰ってばかりで借りを作るのも癪ですからな。それがしからのお返しということで」


 懐から取り出した青い髪結紐をギャル氏に差し出す。冒険者ギルドに戻る前に立ち寄った防具屋で買った髪結紐。青い鉱石で染めたらしい深い青色の髪結紐ならギャル氏の髪色の邪魔にはならないだろうし、ギャル氏に鎖帷子くさりかたびらなど渡したら間違いなくダサいと怒られる。


 ギャル氏に仕える気などないので指輪など送りたくはないので苦肉の策。それでもダサいと言われればそれまでだが、その心配は杞憂に終わった。ギャル氏は目を丸くするとおずおず手を伸ばし受け取ってくれる。


「ま、まあ別にお返しとか期待してなかったけど、ソレガシにしては気が利くじゃんね。貰ってあげてもいいけど?」

「じゃあこれで貸し借りなしという事でここは一つ」

「……これ安物じゃね?」

「値段は問題じゃないですぞ!大事なのは心意気ですな!」


 笑うそれがしに突き刺さるギャル氏のジト目。ずみー氏がニヤけ鼻を鳴らし、ダルちゃんが何度も目を瞬いて来る。おいこっち見んな。高級品を買う金などあろうはずがない。ギャル氏に一度脇腹を肘で小突かれ咳き込む中、髪を結んでいる紐を解くと、ギャル氏は青い髪結紐で髪を結び直した。


「……気に入ったのなら肘打ちは余計」

「あーしなんも言ってないんだけど?」


 なら肘打ちは余計だろ常考。今一度肩を落としながら宮殿や『塔』の前に広がる広大な庭園の中に足を踏み入れる。数日前に目に焼き付けたロトンドム宮殿の丸屋根を目指し足を進めれば、宮殿の大門の脇の鉄扉が開く。


 世間的には怪盗の捕縛を成功させた訳ではないし、盛大な出迎えがないのは仕方ないとしても、なんかこう侘しい。


 騎士でもなく小人族ドワーフのメイドさんに通されたのは大広間。だが、『鉄神騎士団トイ=オーダー』の影は全くなく、使用人の姿もない。待っていたのは大小たった二つの影。


 金色の髪を泳がせる姫君と、赤い三つ編みを揺らす騎士。


 騎士正装に身を包む友人に手を挙げれば、微笑を浮かべるブル氏の横から一歩前に出た姫君が、華やかなドレスの裾を爽やかに泳がせながら優雅に頭を軽く下げた。


「待っていたぞ、よく来たな冒険者達」


 黄金の双眸を光らせて笑みを深める姫君の顔に口端が歪む。怪盗騒動が終わりを見ようとも、終わる前と変わらぬ振る舞い。ただ礼を言われて終わりそうのない謁見に少しばかり頭が痛んだ。だいたい功労者を労うなら王様出て来いや。どこ行ったの王様は。


 ため息を吐く甲鉄の騎士を見上げ、それがしも小さくため息を落とす。六人には大き過ぎる大広間にため息を落としたところで誰に拾われる事もない。


 

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