第18話 リーゼロッテとデート

「お嬢様、行ってらっしゃいませ」


「ええ、楽しんでくるわ!」


侍女に見送られて、栗色のふわっとした髪をなびかせながら弾む足取りで館から出て来るのは、リーゼロッテ。薄い空色のドレスが、ふわふわ美少女の彼女に、まさにぴったりだ。


「殿下、娘をよろしくお願いいたします」


王子の来訪に恐縮し、わざわざ門まで出て挨拶する父のコンスタンツ公爵。しかし、その口元は喜びにほころんでいる。愛娘が将来の国王たる第一王子殿下の眼にかなったのだから。


「大事なご令嬢様を少々お借りします。夜九時までには、必ずお送りいたしますよ」


年上の高位貴族であり未来の義父でもあろう公爵に敬意を払い、丁寧にあいさつを返すハインリヒ第一王子殿下・・その中味はミーナ。ハインツとデキてしまったリーゼロッテを他の縁談から暫時守るため、公爵家に対し正式に令嬢との交際許可を申し込んだ結果が、本日の初デートである。


「ふふっ。申し訳ございません、私のような者とデートではつまりませんよね。ハインリヒ殿下・・それとも、ヴィルヘルミーナ様とお呼びすれば?」


迎えの馬車に乗り込むなり、鈴が鳴るような可愛らしい声で話しかけて来るリーゼロッテ。今日のイベントはいわば替え玉デートなのだが、それを感じさせない弾むトーン。どんな環境でも明るく楽しめる、貴重な素質を持っている娘のようだ。


「外ではハインリヒでいこう、どこに耳があるかわからないからね。それから、私のような・・なんて言っちゃいけないよ。今日のリーゼロッテはとても可愛くて魅力的だから。もっとも私に褒められても、正体を知っている君には微妙に聞こえるだろうけどね」


ミーナが褒めると、リーゼロッテがぽっと頬を紅色に染める。男装して優しい男言葉で話すミーナは、若干線が細い感じをうけるものの、どこから見ても完璧な美しさを持った貴公子だ。たとえ中味が女と知っていたとしても、血圧が勝手に上昇するのを止められない。


「いいえ! とても、とても嬉しいです。今日のデートも、本当に楽しみにしていたんですよ!」


リーゼロッテのこの言葉を聞いたら、ハインツは嫉妬するのだろうか、これはハインツ公認だし私は女だし、浮気の範疇には入らないわよねと、妙な気を回すミーナである。


デートの前半は、王都で流行の歌劇を鑑賞する。リーゼロッテを楽しませるためにハインツがその豊富な社交情報を活かして選び抜いた演目である・・自分は行かないというのに。さすがにストーリーは実に良く練られており、歌手の技量もすばらしい。舞台装置や衣装は洗練され作り込まれていて観客の目を奪う。歌劇など普段は観ないミーナにも、素直に楽しめる内容だ。一方のリーゼロッテは桟敷席から身を乗り出さんばかりに舞台に夢中になって、笑ったり泣いたり・・その天真爛漫な反応を見るのもなかなか面白い。替え玉デートなのに、いつの間にか本当の恋人と過ごすデートのように楽しんでしまっている。


そして、デートの後半は一緒にお食事・・店の選択は、一転してミーナ担当だ。歌劇のセレクトはさすがハインツねと素直に認めつつ、食事では外食慣れしている私が、もっとリーゼロッテを楽しませてみせるわと、デートには気乗りしていなかったはずなのに、どうでもいい対抗心を燃やす彼女なのであった。


幻想的な灯りがともった庭園に面した最上の席をキープし、しかも内緒の会話ができるよう、隣り合うテーブルには他の客を入れない配慮もされている。この「森の牡鹿亭」ですでに上客としての立場を確立しているミーナならではのセッティングに、リーゼロッテも大興奮だ。食前酒として供されるオリエントから取り寄せた梅のリキュールで頬を染め、次々とサーヴされる見た目も味も工夫された料理に感心しきりである。


「この、鹿肉ローストのソース、素晴らしいですわ!」


「そうだね、絶品だね」


やはり気に入ってくれたかと、得意そうに鼻をうごめかすミーナ。


「お店の雰囲気も素敵だし・・ハインリヒ様は、こういうところ、よくいらっしゃるの?」


「うん。だけど女性と二人きりっていうのは、リーゼロッテが初めてだよ」


「まあ・・」


また、ぽっと紅くなるリーゼロッテ、実にいい雰囲気である。


その頃、同じ店の奥、ちょうどミーナたちの席からは観葉植物に隠れて見えないテーブルに、やはり一組の男女がいた。


「この出歯亀感、ハンパじゃないなあ」


「何言ってるの、これは護衛・・お仕事でしょ。美味しい料理は役得ということで・・あっ、このお肉すごい、口の中で溶ける・・」


ミーナ達をチラチラ気にしているのはクリフ、構わず料理をがっついているのはニコラである。この手のプライベートイベントは絶好の暗殺機会であるから、先ほどからずっとカップルのふりをしてミーナ達を付かず離れず見守っているというわけだ。


「大丈夫、あのテーブルに出す料理もお酒も毒見済みよ。そして、お店に直接殺し屋が突っ込んでくるようなケースだったら、クリフはカンタンに止められるでしょ。あとは公爵家への帰途が、無事で済むかどうかだわね」


毒見・・といってもツマミ食いをしたのではない。ニコラはその魔法で人体に有害なものを触らずに検知できるのだから。直接的な攻撃しか防げないクリフと違い、ニコラは最強のボディガードなのである。


「ニコラお前・・仕事とか言いながらワインまで飲んで・・」


「あらあ、適度なワインは魔力補充にぴったりなのよお・・とか言っちゃってね。こんな素敵なお料理を頂いて、飲まないわけにはいかないでしょ? ふふっ、索敵は任せたわよ?」


はぁ~っと深いため息をつきつつ、自らは柑橘水をちびちび口にするクリフだった。


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