第12話 公爵令嬢リーゼロッテ

アルンシュトルフ伯爵家の庭園に、淑女たちが集っている。


夫人が丹精して育て上げた自慢の薔薇が最盛期を迎えたというので、親しい貴婦人達を呼び集めて鑑賞会を開いたのだ。もちろん、薔薇見物だけでは間が持たないわけで、招待客にとっての本命行事は薔薇を見た後のガーデンパーティだ。


第一王女ヴィルヘルミーナはその日最高位の賓客として招かれており、ニコラも「王女のご友人」の身分で参加している。本来、男爵令嬢程度ではその資格がないのだが。


「つくづく見事な薔薇でございますね、ヴィルヘルミーナ様」


さすがに周囲を気にして、ニコラの口調は侍女の如くである。


「そうね・・伯爵は夫人を溺愛されておられるとかで、夫人が喜ぶ珍しい薔薇の苗を各国から取り寄せるのに、家産を傾けているというわ」


感心しつつ薔薇園を一回りすると、ハインツと・・表向きはヴィルヘルミーナだが・・ニコラは、貴婦人たちに取り囲まれる。ハインツは今日の主賓として、ニコラはあの「勇者パーティのひとり、そして賢者」として、彼女らにとって興味の的なのだ。さすがハインツは社交のあれこれは手慣れたもの、知性を感じさせつつも軽妙かつ上品なトークでご婦人方を喜ばせている。一方ニコラは、上流貴族様たちに珍獣扱いされ、ややお疲れ気味である。


「賢者ニコラ様ですわね? ずっとお話ししたいと思っておりましたの!」


少女らしい鈴を鳴らしたような声に振り向くと、ふわふわ感あふれて柔らかげにカールした栗色の髪に目を奪われた。その髪が庭園に吹く風に美しく揺れ、青く大きな瞳がくるくると小動物のように生き生きと動く。そして明るい朱色の唇から、やや幼い声で弾むリズムが紡ぎ出される。神像の如き中性的で透明な美しさを持つミーナに対して、この子はいかにも「女の子」だ。背も小さいし声も高く、頬も優しい丸みを帯びて血色も濃い。


「わたくし、リーゼロッテ・フォン・コンスタンツと申しますの、お見知り置き下さると幸いですわ! できれば、お友達になって頂けると、もっと嬉しいのですが・・」


「これは、コンスタンツ公爵令嬢様・・よく存じ上げておりますわ。ニコラ・フォン・アイヘンドルフでございます。私などでよろしければ、たいへん恐れ多いことでございますけれど、ご友人方の端にお加えください。どうか、ニコラとお呼び捨てになって」


「嬉しいですわ、ニコラ様。私のこともリーゼロッテとお呼びくださいね」


そうか、この可愛らしい令嬢が、最近ミーナにグイグイ来ているという「あの」リーゼロッテ様かと、ニコラは失礼にならない程度に慎重に観察していた。


十六歳だと言うが、実年齢より幼く見える。公爵令嬢という身分を鼻にかけることもなく、貴族の中では底辺に近い身分のニコラにもフラットかつ無邪気に接するあたり、「いい娘」としか言いようがないだろう。この娘なら、王妃の座狙いでハインリヒ・・実はミーナなのだが・・に近づいているわけではなく、純粋な憧れから為しているのだろうと、ニコラは好感を抱く。


「リーゼロッテ様のことは、ヴィルヘルミーナ王女様からもよくうかがっておりますわ。ご親友であられるのですよね」


「そうなんです! ヴィルヘルミーナお姉様にはとっても可愛がっていただいていて・・私の小さい頃からの、憧れの方なんですの!」


お姉様呼びか・・本当に可愛らしいお方だな、とニコラは微笑む。さすがにこの少女は、要注意人物リストから外してもよいだろう。ニコラは肩の力を抜いて、年上の友人として少女を楽しませるような会話を心がけた。リーゼロッテはニコラの話に素直に喜び、笑っていたが・・ふと、声を小さくした。何か言いたいことがあるのだろうと、ニコラは少女に耳を寄せる。


「あの・・大人の女性であるニコラ様に、ぜひアドバイスを頂きたいことがあって・・」


「私でお答えできることなら良いのですが?」


「実はですね・・振り向いて頂きたい男性がいるのです。でも、その方がどういうお話にご興味があるかわからないので・・」


「それは、ハインリヒ殿下ですね?」


ここはズバリ確認しておいた方がいいだろうなと判断したニコラは、直球を投げてみる。


「はい、そうなんです・・私が何をお話しても、食いついて頂けず・・」


そうでしょうね、あなたに限らずあらゆる女性と仲良くならないようにしているのですから、と心中でつぶやくニコラだが、頬を紅色に染める健気な少女には真面目に答えてあげたくなる。


「そうですね・・私もハインリヒ殿下を深く存じ上げているわけではありませんが。やはり官僚として日々ご活躍されておられる方。国際関係や経済については、日々勉強しておられて、ご関心が深いようですね」


「それは・・私の苦手なところですわね・・。でも、あの方に振り向いて頂けるなら、勉強いたしますわ・・あっ、そうですっ! ニコラ様! 私の家庭教師になって頂けませんこと?」


「えええっ!」


なんでそう来るかなあ、また仕事が増えた・・と天を仰ぐニコラであった。

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