第11話 俊英ロベルト

軍務省中庭のベンチで、話し込むクリフと「俊英」ロベルトの二人。


本格的にサボるつもりであろうか、いつの間にか二人分のコーヒーまで調達してきたロベルトは、勇者クリフに興味津々である。


「それで、早速あの王女様と、よろしくやったのか?」


「ずいぶんストレートに来るなあロベルト。正直言って、まだだな。そこはあえて急ぐところではないというか・・」


急がない・・というよりも、このままでは永遠によろしくやる日は来ないだろう。クリフには衆道嗜好は、ないのだから。


「しかし、女神とも称される美貌の王女だぜ、あんな美女と一つ屋根の下にいるんだろう、手を出さないなんてことがあるのかよ・・もしかしてクリフお前、どうて・・」


「違う違う、一通りは済ませているさ」


「なるほど、心に決めた相手が別にいるわけだな。それならわからんでもない、高貴なご身分の結婚なんてものは、なかなか愛のあるものにはならんと言うしなあ」


うんうんと勝手に納得してうなづくロベルトだが、次の一言で表情が凍りつく。


「いや、正確には『いた』と言うべきだろうな。この間の魔王討伐で、二度と会えなくなってしまったからね・・」


「う、そうか・・。あの『聖女様』と付き合っていたということか・・聖女様のことは、残念だった。無神経なことを言ってしまった、すまん」


「いいんだ、もう気持ちの整理はついている。だけどやっぱりダメージはでかくてね・・当分男女関係には、踏み込む気がしないんだ」


気まずい雰囲気になりかけたのを感じて、クリフが話題を変える。


「しかしロベルト、仕事はどうしたんだ? ずいぶん長くサボってないか?」


「ああ、午前中の仕事はもう片付けてしまってるからな。役所ってところは、デキない奴に合わせて仕事量が決まってるんだから、退屈でしょうがなかったのさ。そしたら目の前にクリフ、お前さんという面白そうな奴がいたってわけだなあ、わはは」


「さすが『五俊英』って言いたいとこだが・・同じ『俊英』のハインリヒは、今もガツガツ仕事してるぜ?」


「ああ、あいつはくそ真面目だからな。自分の業務が終わっても他のやつの分まで引き受けて働く奴さ。それにな・・補給局から人事局に異動してからまだわずか十日くらいだからな。仕事を早く覚えようって意味があるんじゃないか? あいつならあとひと月くらいで、人事局でもナンバーワン官僚になるはずなんだがな」


クリフは納得しながらも、首をかしげる。


確か、ハインリヒ・・ミーナは補給局職員として、ほんの二週間やそこら前まで魔王戦争に従軍していたはずである。前線から帰ったとたんに休暇も与えず異動とは、極めて珍しい・・というより、過酷なケースではなかろうかと疑問を呈してみる。


「普通はそんなことはやらないよな。まあ表向きは、期待の若手エリートに早く中核部署を経験させて幹部として育成する・・ってことなんだが、それはあくまで建前でな。実のところハインリヒは、補給局で物資横流し不正が行われているのに気付いて調査を始めていたんだよ。それを知った上層部の意向で、早々に他の忙しい部署に飛ばして、余計な詮索をする暇がないようにした、ってのが実相なんだな」


「その件、ミ・・ハインリヒはどうすると?」


危ない危ない、とクリフは胸中でつぶやく。ついミーナと呼んでしまいそうになる。


「今は、黙っていることにしたようだ。あいつだって官僚だ、体制をぶっ壊すことなんか望んでないから、慎重に調べて元凶になってる奴を限定して排除しようと考えていたとこに、その機会を奪われてしまったわけだからな」


「その、隠蔽した上層部ってのは?」


「ああ、補給局長も次長も、そして我々のトップたる軍務省長官も、揃いも揃ってフライブルク侯・・宰相派の人材だな」


ロベルトが苦虫を噛み潰したような表情になる。飄々と構えているような彼だが、行政機構を上から腐らせている宰相に連なる人材の跳梁跋扈には、危機感が強いようだ。


「まあ、そんなことより今度『俊英会』に顔を出せ。勇者殿が面白い奴だってことがわかったし、ぜひ仲間にも紹介したいからな。ああ、もちろんハインリヒも来るぜ」


ロベルトはさすがに周囲を気にして、反体制的な話題を切り上げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ああ、ロベルトと話したのね。面白い先輩だったでしょ?」


西離宮に帰った後だけに、ミーナは女言葉に戻っている。


「『五俊英』の一人だっていうから真面目くさって役人臭い奴かと思っていたけど、ものすごく砕けた人だったなあ」


「そうねえ、ああいう細かいことにこだわらないざっくりした性格だから、私達の中でもリーダーとして慕われているわね。だけど、芯は国を憂える真面目な人なのよ?」


「うん、俺もそう感じたな。そうそう、今度『俊英会』に来いってさ」


クリフの言葉に、ミーナが眼を見開き、表情に驚きをあらわす。


「それは・・すごいわ。ロベルトが初見の人をそんなに信用するのは、初めてね」


「なあミーナ。俺にはわからないけど、『俊英会』ってそんなにコアな会なのか?」


「そうね。いわゆる五俊英が集まって時勢を論ずる会ではあるのだけど、加えて味方に引き込みたい限られたキーマンを呼ぶのよ。基本的には反フライブルク侯を旗幟とする会合だから、完全に『こっち側』の人にしか声を掛けられないわ」


ミーナが首をかしげると、短く切りそろえた髪が金糸のように綺麗に揺れ、キラキラと灯光を反射する。テレーゼを忘れたわけではないが、美しいものにはやはり眼を奪われる若いクリフである。


「なるほど、反宰相の会なのか。ミーナが補給局の不正に気付いて、侯の一派にもみ消されたとロベルトが言っていたが、そことつながってくるわけだな」


「そんなことまで話したのねロベルトは・・本当に信頼されたわけね。うん、そうなの。補給物資を輸送手配した量と、前線に届いた量が、明らかに合わなかったのよね・・その分が横流しされていたこと、そしてそこに直接関わっていた官僚までは突き止めたんだけど・・裏で糸を引いていた首謀者まで調べ切る前に、私がいきなり異動させられちゃったというわけなのよ」


悔しそうに唇をかむミーナ。短時日でそこまで調べ上げる実務能力は驚嘆すべきものだが、さすがに協力者なしでは、それ以上踏み込むことが出来なかったようだ。


「結局そこでも、フライブルク侯が障害になるわけか・・」


クリフは話を切って、ニコラの方に視線を向ける。


「そういうこと。そしてマズいことにそのフライブルク侯が、ハインツとミーナの弱みを握っているというわけよね。だから二人はいっときも早く元に戻るべきなの。侯との対立が決定的になってからでは遅いの、そんなに時間はないんだからね?」


ニコラの正論に、ハインツとミーナは顔を見合わせた後、目を伏せる。もちろん聡明な二人はニコラの忠告を完全に理解してはいるのだが、十数年にわたる男女逆転生活で蓄積してきたものは重い。そうは言っても・・という表情の二人であった。

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