めちゃめちゃ怪しい女の子は僕のクラスメイト!?気になるし美人なのでとりあえず話しかけてみます。

鳥孝之助

第1話 八重城よなが


 八重城やえしろよながは、いつも教室の窓から外を眺めていた。何事にも、何者にも、興味を持っていないように見えるその瞳は、儚く、水晶玉のように透き通っていて、目が合った者は自然と彼女に引き寄せられる。


 八重城よながと言えば、成績優秀で、廊下に張り出される定期テストの上位5番以内に、毎回その名が記されている。

 中の下の成績で安定している僕も、順位ぐらいは気になるため、確認し、彼女の名前を目にする。


 ——ただ、成績が良いからと言って教師受けが必ずしも良い訳ではない。


 例えば、授業中当てられても、寝ているか聞こえないフリを貫くかして、教師と会話を交えようとはしない。

 まさに難攻不落の城主、であればまだマシだ。彼女は成績という影武者を城に残し、本人はそこから遥か遠くの安全な場所で、ハーブティーで喉を潤しながら啓発本でも読んでいるかのような、まるで自分が当てられていたことさえも元々無かったかのような、そんな振る舞いでそこにいるのであった。


 僕と八重城はクラスメイトで、高校からの付き合いということになる。付き合いというと、帰る方向が同じでよく一緒に帰っているだとか、同じ文化系部活に所属し、切磋琢磨しながら技術を磨き合っているだとか、そんなことが頭に思い浮かぶが、今回の付き合いというのはそういうことではない。

 

 ——そういうことではないのだ。


 あれは、高校の入学式の帰り道のことだった。


 中学から高校に上がり、仲の良かった友達はほとんど別の高校へ行ってしまったことから、高校生活に対し、期待20%、憂鬱75%、諦念たいねん5%の気持ちで構成されていた僕は、一連の入学行事を終えて、部活や同好会の勧誘で連なっているチラシの波に逆らうように学校を後にした。

 無論、校舎を出る頃には、両手にいっぱいのチラシを抱え、かつカバンの外ポケットにもぐるぐると巻物のように巻かれたチラシが数本刺さっていた。

 当時まだ、どの部活に入ろうかなんて考えが及んでいなかった僕は、今日の夕ご飯……何かな、なんて一旦高校生活から遠い所に思考を泳がせて、気持ちの回復をはかっていた。

 

 ——そんな、学校からの帰り道。


 慣れない学校からの帰り道の風景に目を奪われながらも、足取りは着々と、軽快に、淡々と自宅へ僕を近づけていった。残すところ、もう目先の交差点を左に曲がればすぐ家に到着といったところ、いわゆる目的地まであと、もう一歩……。

 その、もう一歩というところでそれは起こった。


 ——結論から言うと僕は、その、もう一歩を踏むことが出来なかった。

 

 いや、正確に言えば、その、もう一歩を踏んだ記憶はないが、気がつくと僕は自分の部屋いた。まるで、元々そこにいたかのように……。

 記憶が断片的になくなってしまったとしか、今の僕では整理がつかなかった。

 そんな状況だったが、意識が自分の部屋に飛ぶ刹那、何かを、誰かを見た気がした。それも、初めて聞く女性の声と一緒に。

 ただ、これは一瞬の出来事すぎて、自分の記憶に自信がある訳ではないのだが、その時に見た女。

 

 ——その女は、八重城よながに似ていた。


 さっきも話したように八重城と僕は高校で初めて会った。

 そして、入学式の日も、僕はクラスメイトと仲を深めるわけでもなく帰ったから、クラスメイトの顔なんか殆ど覚えていなかった。


 僕は初めて八重城を見たとき、心臓の奥深くから、重く、ひんやりとした煙がじんわりと、少しづつ、身体に充満していくような感覚に見舞われた。怖かった。

 記憶の一部がないなんてことは、永い人生から見れば、そう珍しいことではないのかも知れない。

 それでも、15年間生きてきた中で、僕にとっては初めての経験であった訳で、まして、何かしら知っているかもしれない、或いはその元凶なのかもしれない、そんな記憶の中だけに存在した彼女を、僕は翌日、クラスで目の当たりにしたのだから……。


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