第17話 トリート騒動

 昼休みが間もなく終わる頃、学校の中は酷く騒がしくなった。授業前だと言うのに教室には人影がなく、座ってる生徒はほとんどいない。


 廊下、中庭と見回してみると、そこでは異様な光景が広がっていた。ドラキュラやゾンビなんかはマシな方で、アニメ風味の格好をした連中で埋め尽くされていたのだ。


「何なんだよコレ……」


 廊下の端っこで成り行きを見守っていると、聞き慣れた声に話しかけられた。


「コータロくん。どうしたの?」


「どうしたって、オレが聞きたい。一体何の騒ぎだ?」


「今日の午後はハロウィンイベントだよ。昨日、先生も言ってたじゃない」


「……そうだっけ?」


 全くもって記憶がない。ホームルームには出ていたが、話まで聞いているかは別問題だ。


「じゃあ午後は休みなのか?」


「そうだよ。もう少ししたら屋台も出るってさ」


「ふぅん。ところで、お前はハロウィンの格好しないんだな」


「やだなぁ。ちゃんと見てよね」


 クルリと半回転したサメ子は、後頭部をこっちに押し出した。確かに背びれにはカボチャのキーホルダーがぶら下がっている。小さな小さな可愛らしいものがってオイ。


「なんで普段からバカ目立ちしてるお前が、今日に限って大人しいんだ!」


「だってハロウィンカラーってサメと相性悪いんだもん」


「そういうもんかよ……」


「まぁまぁ、それよりもイベントを楽しもうよ。歩いてるだけでも面白いよ!」


 サメ子がオレの袖を引いて歩き出した。どうしよう。面倒臭さが勝ってる。


 通りすがりにB組の脇を通ると、机に座って読書するリサが見えた。遊び回る気はないらしい、さすがにアイツは独立独歩だ。そう思っていたんだが、ブックカバーが黒とオレンジの配色だった。リサなりに楽しんでいる……のだろうか?


「ホラホラ見てよ。露店はもう行列が出来てるよ」


 中庭にはワタアメやらカステラ屋が甘い匂いを漂わせていた。そんな中、1軒だけ長蛇の列を作っている。たこ焼き屋のようだ。


 どうしてこんな人気が。不思議に思って店を覗き込むと、そこにはゲンゾーの姿があった。


「お前なにしてんの!?」


「あれ、大葉くんと部長。いらっしゃいと言いたい所だけど、ちゃんと順番を守ってねー」


「いや客じゃねぇし。なんで店出してんだよ」


「これバイトなんだ。時給が良いからねー」


「なんつうか……大変だな」


「そうでもないよ。結構楽しいもんさー」


 ゲンゾーは手際良くたこ焼きを盛り付けると、ソースとマヨネーズを巧みに操ってみせた。すると、一瞬のうちに可愛らしいカボチャのキャラが描かれていった。


「はいお待たせ。600円だよー」


「わぁステキ! いただきます!」


 たこ焼きを買った生徒はスグに食べるでもなく、スマホで自撮りを始めた。手にしたたこ焼きよりも本人が目立つ感じで。


「コータロくん。アレ欲しい一緒に食べよう!」


「えぇ? 勘弁してくれ、すげぇ並ぶじゃん」


「じゃあ私が買ってくるから、近くで待っててね」


「おいサメ子!」


 オレの返事も聞かず、最後尾に並びだした。待てと言われても困るんだが。


「むむっ。大葉殿、奇遇でゴザルな」


 それからは不運にもアホの子に見つかってしまった。


「おう不忍。楽しんでっか?」


「いやいや、拙者は生粋の忍びでゴザルゆえ。どうも伴天連(ばてれん)の祭典は肌に合わぬのよ」


 そう口では言うが、視線は完全に屋台を捉えていた。放っておけばヨダレでも垂らしかねない。


「腹減ってんなら何か食えば?」


「それは出来ぬ! 忍者たるもの、耐え忍ぶが信条。こんなうわっついた菓子を買うなど言語道断!」


「ほんと面倒臭いよな、お前」


 その時、屋台の傍からお決まりのフレーズが聞こえてきた。


「トリックオアトリート!」


 そして小さな笑いが起こり、お菓子が差し出された。どうやら友達同士らしく、それからは仲睦まじくカステラを食べ続けた。


「大葉殿。今のはなんでゴザルか?」


「定番のお遊びだよ。お菓子を出すか、イタズラされるか選べ、みたいな」


「なんと……そのような無道がまかり通ると」


「まぁ今日限りだ。年に1度の悪ふざけっつうか……」


 言い終わる前に、ヒヤリとした感触が頬に伝わった。眼を向けてみると、そこにはギラリと光るクナイがあった。


「おい不忍。何のマネだ」


「服従か死を。好きな方を選ぶでゴザル」


「ハァ?」


 物騒過ぎる合言葉はもちろん聞き返した。


「服従か死を。そして服従するのなら、その証として菓子を献上するでゴザル!」


「お前、忍者の信条はどうした!?」


「戦果として得るのは問題なかろう。さぁ寄越せ、今すぐ寄越せ!」


「うっせぇ、付き合ってられっか!」


 とりあえず走った。校舎に入り、そのまま一気に3階まで登っていく。すぐ背後には殺気を帯びた人の気配が……という事はなく、ジックリ見下ろすだけのゆとりがオレには与えられた。


「ひぃ、ひぃ、待つでゴザルよぉ」


 ニーナの身体能力は高くない。少なくとも、一般人でしかないオレより虚弱だった。やはりというか、階段を昇りきれずに小休止を始めてしまう。


「ふ、服従か、死をぉ……」


「まだ言ってんのか。いい加減諦めろよ」


 瀕死のニーナをその場に残し、オレは再び中庭へとやってきた。だが、逃走劇はまだ終わっていなかった。


「逃がさんでゴザルよぉーー!」


 ニーナは大きな風呂敷を背負って、3階の窓から飛び出した。そして見事な滑空を見せつけながら降りてくる。無駄な根性を見せやがって。


「ニャハハ。一般人め、忍びの技に恐れおののくが……ギニャーー!」


 前方不注意。ニーナは滑らかに木と激突し、植え込みに向かって真っ逆さま。派手な落下にも関わらず怪我はないようだ。


「ウグッ。ヒック。服従か、死をぉぉ……」


 とうとう涙ぐむようになる。コイツは本当に高校生なのか。


「あのさぁ、そんなに食いたきゃ、妥協しろって」


「それはヤダ! でもお菓子は、おがじはぁ……!」


 とうとう声をあげて泣き出してしまった。いや、そこまでかよ。ポケットをまさぐるが、あいにく財布は教室だ。飴玉の1つすら無いのも不運だった。


「コータロくん、お待たせー。やっと買えたよ」


「サメ子! 良い所に!」


 地獄に仏だ。持って来たたこ焼きをひったくると、そのひと粒をニーナの口に押し込んだ。


「オラ食えよ。念願のお菓子だぞ」


 出来立てがニーナの口で激しく踊る。


「あっ。あふい! でもおいひい!」


「どうだ。満足したか」


「もう1個服従、もう1個服従ぅ!」


「オラよ」


「あっふーーい!」


 いちいち騒がしくするニーナだが、顔はすっかり綻んでいる。これでようやく一件落着か。


「悪いなサメ子。勝手にもらっちまって」


「良いの。一緒に食べるつもりだったし。でもね、ニーナちゃんだけズルいと思う」


「ズルいって何が?」


「……トリックオア、トリート」


 サメ子が小さく呟いた。視線はというと、たこ焼きに注がれている気がする。


「えっと、トリートで」


「じゃあよろしく」


 そう言うと、サメ子は被り物をたくし上げ、口を開けた。もしかして食わせろって事か。


「ホラよ」


「あっつ。えへへ、コレ熱いね」


「何で嬉しそうなんだよ」


「うーん、内緒!」


 それきり、ニーナはもとよりサメ子までも上機嫌になった。そんなにも楽しいもんか、ハロウィンってのは。オレにはどうも理解できず、サメ子達のノリに振り回されるばかりになった。


 

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