第12話 アスリート祭典

 外はもう長袖を着たくなる陽気。秋晴れの空にポン、ポンと花火が上がった。体育祭の開催を告げる合図だ。


「えーー、本日は晴天に恵まれまして。絶好の体育祭日和を迎える事ができました事を、そのですねー」


 没個性感の激しい校長による始まりの挨拶は妙に長く感じた。怪我のないようにとか、水分補給だの告げると、オレ達をようやく解放してくれた。


「はぁ、ゲリラ豪雨でも降って中断しねぇかな」


 運動が得意でも不得意でもないオレにとって、体育祭なんか面倒なだけだ。せいぜい足を引っ張らないよう活躍する、そんなイベントでしかない。


 幸いにも、最低一つの種目に出場すればノルマ達成だ。希望者を除けば、皆が皆1種目にしか参加しない。だからいらん恥をかく確率は低いと言えそうだが、オレの場合は種目が問題であり、早くも胃が痛くなる想いだった。


「コータロくん。昨日はちゃんと寝れた? 頑張って紅組を勝利に導こうね!」


 グラウンドの座席に戻るなり、サメ子は熱い同調圧力を仕掛けてきた。コイツ、当然のように隣に座ってやがる。


「まぁ、うん。それなりにやるよ」


「頼りないなぁ。ニーナちゃんなんか凄いやる気だよ? 絶対に勝ちをおさめるんだって」


 その時、B組の方から聞き慣れた声が響き渡る。


「今だ、隣の走者をサクッと斬りつけてしまえ。ものの見事に無防備でゴザルよ!」


 スプーン走に向ける声援からは程遠いフレーズだった。やる気ってのは、まさか殺る気じゃないだろうな。


「コータロくんも見習おうね」


「やだよ。あんな暑苦しいの1人いれば十分だろ」


 ちなみにA組からD組までが紅組で、EからH組が白組に割り振られている。つまりは、自在部のメンツはケンゾーだけが向こう側となっている。羨ましい。オレもあっち側でボンヤリとしたいもんだ。


 それからしばらくして、種目は障害物競争になった。アナウンスが響くなりサメ子は伸びやかに起立して、やる気をみなぎらせた。


「じゃあ行ってくるね。ばっちり活躍してくるから!」


「はいはい。頑張れよー」


 何組かがレースを終えると、いよいよアイツの順番が巡ってきた。スタートラインに立ったサメ子が、気合十分に腰を落とす。静寂、そしてタァンと短い破裂音がすると共に、好スタートを切った。


 最初に待ち受けるのはハードル。だがそこは滑らかなフォームで突破し、早くもトップに躍り出た。次の平均台も危なげなくクリア。


「相変わらず、運動神経は良いんだな」


 そのままトップを維持して1位になるかと思われたんだが、最後の網潜りで問題が起きた。意気揚々と飛び込んだサメ子は、被り物の尾ビレを網目に絡めてしまったのだ。1度ハマればそれまで。もがけばもがく程、文明の利器は効率的に機能した。


「たす、助け……ッ!」


「何やってんだアイツ」


 そのとき見物席の誰かがポツリと呟いた。今日は大漁、と。次の瞬間、辺りは爆笑の渦に飲み込まれた。確かにその通りだ、網にかかったサメにしか見えない。


 ちなみにサメ子だが、係員が駆け寄って救助。そして遅れを取り戻すように走るが、もはや手遅れで、ダントツの4位に収まってしまう。だがそんな事よりも腹が痛い。息を吸うだけだも難しいくらい。


「はぁ……災難だったなぁ」


 肩を落としたサメ子が重い足取りで戻ってきた。


「おうおかえり。捕獲された気分はどうだ?」


「絶望の一言に尽きるわね、恐ろしいなんてもんじゃないわ」


 そうしてサメ子と肩を並べた頃、種目は玉入れに移った。紅白からそれぞれ10人ほど集められたグラウンドには、ニーナの忍者的な姿がある。


「よぉい始め!」


 合図とともに紅白の袋が舞い上がるのだが、ニーナだけは見当違いの動きを見せた。


「甘いわ。飛び道具といえば忍者の独壇場でゴザル!」


 何を思ったのか、クナイを空に向かって投げつけた。迎撃された白袋はあらぬ方へ落下し、更には穴を開けられてしまう。そうなれば使い物にはならないだろう。


「さぁ皆の衆、今こそ全力で攻めあげるのじゃーー!」


 ニーナの号令に被せるようにして、笛が荒く鳴り響く。


「不忍さん! 忍術は反則です、退場してください!」


「そんな殺生な!?」


 競技は仕切り直し。両組の袋の数も揃えてからのりスタートは、紅組の惜敗で終わった。数的不利が響いた結果なのだろう。


「納得いかん! なぜ鍛え上げた能力を使わせてもらえんのでゴザルか!」


 ニーナはやり場の無い怒りをぶつけに来た。その曇りの無い瞳を見て痛感する。あぁ、コイツは真性のアホなんだと。


 次の種目は綱引き。見知った顔といえばリサだけだ。何とも場違いな感じがしてしまうのは、列の最後尾に並ぶ今でさえ、読書に専念してるからだろう。


「位置について、ようい……」


 審判の声がしてもリサだけは不動だ。そして合図が鳴ってしまう。最初は拮抗していた勝負も、やがて白側の方に軍配が傾き出す。そんな状況を見かねてか、体育教師が檄を飛ばした。


「おぅい早河! ちゃんと参加しろーー」


「先生。今日は腸捻転(ちょうねんてん)なので休ませて」


「ワッハッハ、見え透いた嘘は良くないなぁ! サボる気なら内申点を下げちまうぞーー」


「それは困る、仕方ない」


 そこでリサは、小石でも拾うように綱を持ち、雑な仕草で引っ張った。すると状況は激変。仲間の紅組は全員尻もちを、白組は前のめりになって倒れてしまった。勝負の行方なんか確かめるまでもない。


「あ……紅組の勝ちィ!」


 掲げられた手旗にサメ子達は飛び上がって喜んだ。


「やったぁ、リサちゃんすっごい!」


「見たかぁ! これぞ紅組の底力でゴザルよ!」


 退場処分(ニーナ)がイキがるのか。いやそれよりもだ。


「サメ子、あの馬鹿力はなんだ?」


「リサちゃんちはアスリートの家系なの。だから小さい頃から英才教育を受けてるんだよ」


「そうだったのか。文学少女とは無縁な感じだな」


「だから憧れるんだって。小さい頃、絵本を読めなかった反動とか言ってたかな」


 そんな過去があったとは知らなかった。そこでリサを見ると、特に勝ち誇ったようでもなく、黙々と退場している所だ。あれが記憶の穴埋めをしている姿だと思えば、どこか切なく見える……気がしなくもない。


 それからも体育祭は滞り無く進行した。やがて終盤を迎えたころ、ケンゾーがこちらの席へと遊びに来た。手にしたアンパンを頬張りながら。


「やぁやぁ、お疲れ様ー」


「オッス。お前もしかして、パン食い競争に出てたのか?」


「そうだよー。2位だったけど」


「ワリィ。見逃したわ」


「まぁ見どころなんか無かったよ。そこそこに頑張って、気づいたら終わってたからねー」


 現在の種目はというと騎馬戦で、男女入り乱れての争いを演じていた。そこでもニーナはマキビシを撒くという大エラーをかまし、叱責とともに退場させられた。アイツには学習能力ってもんが無いのか。


「いよいよ最後の種目、リレー走だねー」


「あぁ、行きたくねぇな」


「えっ。もしかして大葉くん、これから走るのかい?」


「そうだよゲンゾーくん。彼の勇姿を眼に焼き付けてね!」


「へぇ、足が速いとは知らなかったなー」


 んなわけない、中の上くらいだ。種目を選ぶ時にくじ引きをさせられて、席を争い続けた結果、リレーに回されただけの事だ。


 気が重い。大勢の前で失敗したらと思うだけで、足が石化したように固くなった。


「しかもよりによってアンカーかよ……」


 ウチのクラスに陸上部は居なかった。そして目立ちたがりも少なかったので、最終的にオレに任せられた。言っちゃあ、負けた時に酷く目立つポジションだ。今はもう運が無かったと諦めている。


 合図とともに第1走者たちが走り出した。紅白からそれぞれ2名の、計4名によるリレー対決だ。うちのチームであるCD混合組の走りはというと、そこそこ善戦していた。1位のすぐ後ろなんて好ポジションだ。


「マジかよ……責任が重くなんじゃん」


 いよいよオレも腹を決める時が来た。辺りの砂埃は激しく舞い上げられ、遠くまで見渡せなくなっている。それでもウチのチームは3位、まだまだ1位を狙えなくもない位置につけていた。


「コータロくん、がんばってーー!」


 サメ子が霞みの向こうで叫んだ。


「大葉くーん。ここで1位なれば、女子達の人気がアップするよー」


「ええと、それはダメ! 2位くらいが丁度良いよがんばってーー!」


 外野のサメどもがうるさい。だが、オレに構っているゆとりは無かった。先頭集団がほぼ横並びで迫る。バトンだ。受け取る。悪くないタッチ。オレはとにかく全力で駆け抜けようとした。


(やっぱインコースを取られてんな)


 先頭は白組がキープ。内側から回り込めない。こうなればアウトコースから抜き去るしかなかった。


 外周は応援する人で一杯だ。熱気が、歓声が肌を熱くした。ちょっとくらい頑張ってみるかと一層力を込めた……その時だ。


「コータロくん、ファイトーー!」


「うわぁ!?」


 突然眼の前にヒョッコリ現れた物陰に、思わず膝からコケてしまった。障害物か、それとも妨害か。改めて眼を向けると、サメ子の先端がニョキッと突き出していた。


「ちょっと、転んでないで早く起きて起きて!」


「誰のせいだよ、この野郎ッ!」


 レースの行方。それは見るまでもなく、堂々の最下位だ。オレが走りきるまでリレーは終わらない。さながら公開処刑のようなさらし者となって、誰も居ないコースを走り続けた。


――パチパチパチ!


 誰が始めたか知らんが拍手で迎えられた。マジで止めてくれ。ビクトリーランならまだしも、こんな流れで温かな対応は辛すぎる。


 やっぱり運動なんてするもんじゃない。早く帰ってギターを弾きたい。そう心で繰り返し唱えることで、現在製造中の黒歴史に立ち向かおうとした。




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