第11話 サメ子はかく語りき

 世にも珍妙な部活に入ってから半月ほど。オレを取り巻く日々は大きく変化したわけだが、それは何も放課後に限った話ではない。たとえば休み時間。授業間の10分休憩になると、クラスメートが話しかけてきたりする。顔は知っていても、接点のない女子生徒なんかが。


「ねぇ大葉くん。丘上さんと同じ部活に入ったんだって?」


「うん。そうだけど」


「あのさ、どんな事やってるの? みんな気になってんのよね」


 そこで隣の席をチラリと見れば、サメ子の姿がない。今は外しているようだった。


「べつに、これと言って建設的な事はしてないよ」


「へぇぇ。じゃあお喋りしてお終いとか?」


「そんな感じでもない。気になるっつうなら見学に来たら? 部員はまだ募集してると思うけど」


「あっ、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめんねー」


 ちょっと込み入った話を持ちかければ、そそくさと立ち去っていく。そんな事が、人を代えて2日にいっぺんは起きる。一体何が目当てなんだろう。


 それからは移動教室。教材片手に廊下を歩いていると、たまに周囲が騒がしくなる。指こそ差してこないものの、視線は明らかにオレの方へと向けられており、ヒソヒソと何か噂していた。だいたいは聞こえないんだが、たまに声のでかいのがバッチリ耳まで届いたりするから困る。


——見ろよ、サメ女のツレだぞ。


——転校してすぐ自在部に入ったらしい。すっげえ変人なんだろうな。


 せめて聞こえないよう喋れ。そう思いつつ足早に廊下を歩いて行った。


 それから午前の授業が終わるなり、オレは珍しく食堂へと向かった。今日は弁当の持ち合わせが無い代わりに、母さんから500円玉を支給されている。それで何か買えという事だ。


 だが出足が遅れたせいで、食堂は既に満員状態。ちゃんと食い物にありつけるのか、雲行きはだいぶ怪しかった。


「あれ、大葉ちゃんじゃねえの。今日はお弁当じゃないのか?」


 オレの真後ろに並ぶ男。妙に見覚えはあるんだが、どうしても名前が出てこない。


「えっと、アンタは確か……」


「里緒女だよサトオメ。いい加減覚えろっつの!」


「あぁ悪い。顔と名前を一致させんのが苦手でさ」


「まったく。丘上さんばっかとツルんでっからだ。たまには他のヤツとも交流しろよな」


「別に望んでる訳じゃない。あいつがコバンザメみてぇに絡んでくんだよ」 


 注文口までの列は長い。そのせいで待ち時間は、好奇で満ち溢れた質問をぶつけられる事になる。


「そんで、どうなんだよ。あのヤベェ部活の居心地は」


「別にネタにするほどの事は起きてない。それより、最近やたら聞かれるんだけど」


「無理もねぇわな。あの丘上さんがリードする部活だろ。みんな気になって仕方ないんだよ」


 あの丘上さんって何だよ。


「もしかしてアイツ、一目置かれてるとか?」


「もちろん。だってお前、入学初日からあの格好だったんだぞ」


「……マジで?」


 それはちょっと度胸ありすぎじゃないか。初日なら顔なじみも居ないだろうに、サメのフォルムで登校したっていうのか。


「ここって自由な校風がウリじゃん。だからみんな目立ってやろうと髪を染めまくったわけ。金だの銀だのと美容院で小遣いはたいてさ。でもそんな連中を嘲笑うようにサメ被って現れたんだぞ。そんなん敵うはずないじゃん」


「まぁ、クソ度胸は評価できそうだな」


「だから丘上さんは超有名人だし、尊敬されてるけど、恐れられてもいるな」


「どうしてビビんだよ。奇癖持ちでも、一応は対話可能だぞ」


「家はお金持ちで親父さんは権力者。その娘が変なヤツだったらどうよ、おっかなくない?」


「……まぁ分かる気はする」


 とにかく睨まれたくないって事だろう。ちょっと過剰反応だとは思うが。


「そんな訳で、みんな丘上さんには気軽に近づけないんだ。怒らせても、気に入られても怖いからな」


 サメ子に少しだけ同情したくなった。あんなナリをしてるけど、少しくらいは良いところあるんだがな。


 話し込んでいるうちにも列は進み、窓口が近づいてくる。


「はい、どれにするの。残ってるのはこれだけだよ」


 カウンターに並べられた弁当は1種類。他には菓子パンくらいしかなく、自然と選択肢は絞られてくる。


「じゃあミックスかまぼこ弁当ください」


 オレがそう言った瞬間、食堂にはさざなみのようなザワメキが伝わっていった。かまぼこ、かまぼこと、まるで伝言ゲームでも始めたかのように。そして敵意にも似た視線が一斉に向けられた。


「えっ。なんで?」


「バカお前、かまぼこってサメのすり身とか入ってんだろ。丘上さんに知られたら殺されるかもしんねぇぞ」


「ハァ? んなわけあるか。弁当食うだけの事だぞ」


「悪いこと言わねぇから、それだけは絶対やめろ。アンパン食って我慢しようぜ」


「あのなぁ、お前らはサメ子の事を誤解しすぎだって。アイツはそんな頭おかしいヤツじゃ……」


 弁解しようとする間に、食堂の空気が一気に凍りつく。なぜ、どうしてと考える前に、底抜けに明るい声が辺りに鳴り響いた。


「あーー、コータロくん。やっほーー!」


 サメ子だ。また面倒臭ぇタイミングで現れやがって。


「なかなか部室に来ないと思ったら。今日は食堂でご飯なの?」


「弁当が無いからな。そんで、サメ子はどうしてここに?」


「コータロくん探すついでに、飲み物でも買おうかなって」


 そこでサメ子がカウンターの方を覗き込んだ。


「もう売り切ればっかだね。ミックスとパンしか残ってないよ」


「だから弁当買おうと思ったんだけどさ。かまぼこ入ってるからサメ子に殺されるぞって、サトオメが脅すんだ」


「ちょっ……大葉ちゃんんん!?」


「えーー? なんで私が怒るの?」


「オレが知るかよ。んで、実際どうなんだ。サメ肉が使われてるかまぼこに対して、怒りでも感じてるのか?」


 そこはちょっと興味ある。こいつのサメ愛がどういった哲学を持っているのか、この答えで理解出来そうだからだ。


「別に怒ったりはしないよ。食べるためとはいえ、確かにサメが捕まっちゃうのは哀しい事だと思うけど。でもこうして食品に加工されちゃったなら、余らせちゃう方が可哀想じゃない。しっかり美味しく食べて、命に感謝する方が供養になると思うの」


「お前……それ100点満点の回答じゃねぇか」


「ほんと? 模範回答でちゃった?」


「うん。ちょっとだけ見直した」


「えーー、どうせならもっと褒めてよぉ」


 そうしてひと段落ついた頃、オレの背中に遠慮げな声が投げかけられた。


「あのぉ、買わないんだったら列から外れて欲しいんですけど……」


「あっ。すんません、弁当ください!」


「500円です」


 オレは手汗で濡れた金をカウンターに置き、弁当をかっさらう様にして持っていった。


「ご飯は買えたね、じゃあ部室に行こうよ」


「分かった、分かったから引っ張んな」


 サメ子に連れられて食堂を後にした。退室してドアを閉めた瞬間、中は活気を取り戻した様になり、賑やかに騒ぎ出した。いくらなんでも露骨すぎじゃねぇか。


「ちなみにね、かまぼこの原料にはスケトウダラとかイサキの白身なんかが使われてて……」


 何事も無かったように雑談を始め出したが、さっきの扱い、傷ついていないんだろうか。多感な思春期にはキツイ仕打ちだと思うんだが。


「なぁサメ子」


「うん。なぁに?」


「あいつら、陰で好き勝手な事言ってたぞ。ちょっとくらい誤解を解いた方が良いんじゃないか?」


「別に必要ないかな」


「どうして。腹が立たねぇのかよ?」


「うん。全然」


 そこでピョコンと一歩前に飛んだサメ子は、振り返りながらこう言った。


「私の世界ってね、自分の好きなものでもう満杯なの。だから外側の人が何と言っても気にならない。それに、その人たちの評価で私の価値が決まる訳じゃないでしょ」


 笑ってる。かぶり物に隔たれた向こうの表情は、見えなくとも手に取るように分かる。確かに笑っていた。


「お前、すげぇ強いのな」


「今日はジンベイザメだからね。大きくて力持ちだよ」


「そういう意味じゃねぇよ」


「ところでさ、そろそろ体育祭じゃない。ニーナちゃんが張り切っちゃって、さっきも部室でね……」


 道すがら、サメ子の楽しげな会話は延々と続けられた。


 彼女の好きなもので満杯の世界。そこにオレは入っているのかと、ほんの少し、1ピコグラムくらいには気になってしまった。


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