第9話 最後の変人

 自在部は部員が足りていない。だから9月のうちにあと1人加わらなければ、惜しまれながらの解散を迫られてしまう。残り半月で、こんな珍妙なグループに参加者が現れるとは思えない。廃部はもはや既定路線と言って良さそうだ。


 その時は仕方ない。サメ子には悪いが諦めてもらおう。短い夢だったねお疲れさんと。


 だがそんな想像を巡らすのも、今日限りとなってしまった。


「みんなに紹介するね、新しく入ってくれた子だよ!」


 その言葉と共に、期待を一身に受けた新人が頭を下げた。サメ子やニーナと比べなくても長身だと分かる男。身体の線は細く、物腰や表情は柔らか。そして何と言っても顔立ちに眼が行く。なんつうか、腹立つくらいに美男子だった。


「はじめまして。1年E組の設楽間三(したらげんぞう)です。よろしくねー」


 ゲンゾーは艷やかな茶髪を揺らしながら微笑んだ。ヒラヒラと手を振る仕草もお気楽そのもの。見た目は普通でも中身はどうか。気づけばオレは、ついつい計るような視線になっていた。


「えっとね、こっちの子は早河リサちゃん。それで男の子の方が大葉航太郎くん。みんな同級生だよ」


 サメ子が紹介するので、オレ達は揃ってペコリと会釈。


「そうなんだ。先輩がいないってのは、気楽で良いよねー」


「とりあえず座ってよ。いつまでも立ってないで」


 オレの真向かいに座ったゲンゾーだが、辺りの様子に怯んだようではない。嫌でも視界に入るサメグッズやら手裏剣だの投げ縄といった飾りに、威圧されたりはしないんだろうか。


「ところでリサちゃん。昨日はコータロくんと2人きりで何したの?」


「別に。彼は私に理想を与えてくれただけ。説明終了」


「えっ。何ソレどういう事?」


「アナタには関係ない事。蛇足の説明」


「大アリだよ! コータロくんは私が見つけて来たんだから、少しは遠慮してよね」


 サメ子がオレを庇うようにして手を伸ばした。いや、別にお前のもんじゃねぇし。そして腕が邪魔くさいし。 


 その時、視界の外から耳慣れない音が鳴る。たぶん強い鼻息。そちらを見れば、ゲンゾーが不敵な笑みを浮かべていた。しかも両手を突き出して指先に四角形を作っている。まるでカメラマンが画角を決めるように。


「うん、うんうん。良いじゃないかぁー」


 ゲンゾーは独り頷くと、今度はカバンからスケッチブックを取り出した。そして描く、描く、描きまくる。


「良いねぇ君たち。すっごく良いよぉ。最高かもね? うん最高」


「お、おい。急にどうした」


「あーーッ、待って動かないで今メッチャ大事なとこだから。ここテキトーにしたら完成品に響いちゃうから!」


「……何の話だよ」


 ケンゾーの動きは忙しなかった。顔は手元とオレらを往復し、その間も利き手はひっきりなしに暴れまわる。そしてスピードはみるみるうちに増していき、最終的には暴れてるようにしか見えなくなった。


「ふぅ、オッケー! なかなかの出来栄えだねー」


 恍惚とした表情で見せつけてきたスケッチは、驚くくらいの完成度だった。


「うわぁ上手。これって私達だよね?」


「もちろん。気に入ってくれたかなー?」


「うんうん気に入ったよ。コータロくんもそうだよね?」


 鉛筆書きの1枚絵は、もはや人力とは思えない程のリアリティがあった。サメ子の質感やら、オレの困惑顔がどこまでも写実的に表現されている。いや、もはやモノクロ写真と言ってしまって良さそうだ。


 この瞬間に確信した。コイツもなんらかの変人なんだと。


「ムムム。ゲンゾー殿、拙者がおらんでござるよ!」


 その言葉通りに、ニーナはスケッチの中に含まれていない。せいぜい上履きの先が雑に描かれているくらいだ。


「うーん、ごめんねぇ。キミは会話に登場してなかったから、つい省いちゃったんだー」


「ズルい、拙者も所望するでゴザル!」


「そう言われてもなぁ。こう、胸に来るものがないと描けないんだなー」


「随分な言われ様……。ならば、忍びの生き様を眼に焼き付けるでゴザルよ!」


 立ち上がったニーナは胸元から爆竹を取り出した。


「忍法、白煙の術!」


「おい止めろ、ここは屋内……」


 オレの制止も聞かずに導線の火は走り出す。そしてスパパン、パン。鼓膜が痛む音とともに、室内は煙に包まれてしまった。この感じ、絶対に純正品じゃないだろ。


 そして騒ぎの張本人はというと、煙の向こうでポーズを決めていた。何か非業でも背負ったような、哀しげな後ろ姿を晒しながら。いやフザけんな煙いんだよ。


「窓だ、すぐに換気するぞ」


「あーー待って開けないで、今開けたら煙の雰囲気が変わっちゃうから。そんな事したら完成品に影響が出ちゃうから!」


「うるせぇ、だったら外でやってこいよ!」


「それは無理な相談だねぇ。屋外じゃこんな風に煙がこもらないでしょ?」


「この流れで食い下がんな!」


 とりあえず窓を開けて新鮮な空気を呼び込む。生ぬるい風だが、それでも肺が奥から喜ぶようだった。


 やれやれと胸を撫で下ろしたのも束の間。今度は、消化器を片手に駆けつけた教師にしこたま怒られる事になった。高校生にもなってと叱られ、釈然とはしないながらも、オレ達は並んで頭を下げ続ける。


 ちなみに最も叱られるべきニーナは、隠れ身の術で難を逃れた。こんな時ばかり忍者力を発揮しやがって、この野郎。 



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