第8話 賑やかランチ

 ついつい情にほだされて参加した自在部だが、やはりというか、活動内容はひどく曖昧だった。それは部員が気分次第に動き回るせいだが、制約が無い点についてだけは、オレの気質に合ってる。手応えの無い日々だとも思う傍らで。


 そんなオレ達にはひとつだけ課された義務がある。それは昼休みに部室でメシを食うこと。これだけは譲れないらしく、鉄則のような扱いだった。


「お腹すいたね。ご飯にしようよ」


 サメ子を中心にして、ニーナとリサが横並びに座る。オレは第4の人になりきれず、さも面接かのように、向かい合って腰を降ろした。


「もうお腹ぺこぺこでゴザル。腹が減っては戦も出来ぬよ」


 ニーナが懐から取り出したのは小さな巾着だ。コンペイトウでも入ってそうな袋を開ければ、中から丸っこい玉が3つほど出てきた。


「なぁ、まさかそれが昼飯か?」


「さようでゴザル」


「チョコ3粒だけとか、さすがに無謀だろ」


「いやいや、これは兵糧丸。一粒で元気満杯になれるという、高カロリーの機能食品でゴザルよ」


「なんつうか徹底してんだな」


「お主ら一般人とは鍛え方が違うでゴザル」


 よくやるよと思う。よほどの忍者好きじゃなけりゃ、メシくらい普通の物が食いたいだろうに。


 ニーナは両手を合わせ、いただきますと叫ぶなり立て続けに3つ食べた。塩味がきいてるとか呟いたのも束の間、昼飯はものの数秒でノドを通り過ぎていく。


「あー満足でゴザルよ……」


 絶対嘘だ。魂が殺された顔をしてんじゃねぇか。


「さてと、私もいただきます」


 その隣でサメ子が合掌した。実を言うと、コイツの食事方法が気になっていた。顔面どころか頭部をスッポリ覆われたままで、一体どうやって食うつもりだろう。


 やっぱりエラとか、実在する穴を通して食べるのか。それとも機能面を重視して、架空の穴を泣く泣く空けてたりするのか。割と興味深い謎だった。


「わあ、今日は煮物かぁ。楽しみだな」


 アッサリ脱ぐのかよ!


 サメ子は被り物を鼻の下までたくしあげ、何不自由無く口から食ってる。失望もいいところだが、これは勝手な期待を抱いたオレが悪いのか。


「アハハ! おいしーい、味が染み込んでる!」


 そう叫ぶと、サメ子は頭を激しく前後させ、背びれを机に叩き始めた。


「おい、何やってんだ!」


「ごめんね、あまりの美味しさにブリーチングしちゃった」


「なんだそのブリーチングってのは」


「海の中から飛び出して、海面に身体を打ち付ける行為だよ」


「それを今やんなよ、メシ時だぞ!」


 そんな騒がしさを他所に、リサはやっぱりいつも通りだった。


「……いただきます」


 彼女は開いた本に視線を落としたまま、周りには全く気遣わずに食事を摂り始めた。タマゴサンドとカフェオレ。なんとなく、それらしいメニューだと思う。


「食いながら読書か。本が汚れそうだな」


「大丈夫だよ。リサちゃんはとってもキレイに食べちゃうからね」


「そうなのか? でも限界があんだろ」


「だったら隣に来てみなよ。凄さが分かるから」


 何の話だ。ピンと来ないままリサの方へ寄ってみると、確かに妙な気配がした。シュゴオォという排水口のような音がする。


 音の出所を辿ってみると、リサの口からだ。時々おちょぼ口になって息を強く吸い込み、こぼれ落ちかけた食べかすを拾い上げているのだ。なるほどねぇ、アッハッハ。


「なんだその技術力!?」


 叫ばずには居られない。


「凄いでしょ。食べながら読書する為に頑張ったんだってさ」


「いやいやいや。食い終わってから読めばいいだけだろ!」


「物事には待てない瞬間ってものもあるでしょ」


 オレの正論もこの場においては無力だった。これが自在部。原則的には個人の意思や好みが優先される特異点だ。


 だからこの異様な光景は必然の結果だ。背びれを打ち付けるサメ、クリーナーみたいに食らうエセ眼鏡。そしてニーナなんかは暇になったせいか、室内でインターバル走を始める始末。ちょっとした地獄のような食事シーンは、毎度のように繰り広げられるのだ。


「ひでぇモンだよ、まったく……」


 イヤホンを耳にセットして、プレイリストを再生させた。せめて気分だけでも休めようと思ったのだが。


「コータロくん、食事時にスマホは良くないよ。みんなでお喋りしよう」


「もう少しマナーに気を遣うべきでゴザル」


「酷いものね、一体どんな躾を受けてきたの」


「お前ら総ツッコミかよ!」


 確かにオレにも問題はあったかもしれんが、ここまでかと。マナーなら遥かに悪い連中ばかりだろうと。そんな想いを抱いても、言うだけ無駄という諦めの方が強く、とりあえずイヤホンを机の上に放り投げた。

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