第4話 メモリアル

「はーい、じゃあ今日も終わりで〜。退室して大丈夫よ」


「わかりました」


 目の前には顔馴染みになった白衣を纏った金髪女性が足を組みながら座っている。


 怠そうな素振りを見せてはいるものの、この能力研究所ではどうやら才気溢れる研究者らしい。


 いつも私の能力を専門に担当しており、ここ数年で顔馴染みになってしまった次第だ。


 私は身につけていた器具を取り外し、問診室から出ていく。


 廊下で歩く途中でロックのかかったドアの前に立ちしばらく待つ。


 私の首についている機械がピッと反応し、扉が開いていく。


 一見便利そうに見える首の装置であるが、私にとっては忌々しいものである。


 なんたって、この装置のせいで研究所から出ようとする者はすぐに発覚し、さらには爆破機能までついているらしい。


なんとも物騒な首輪である。


 高校1年の時から誘拐されて早三年が経ってしまった。


 私は過去と未来に行き来できる能力を持つが故にこの研究所に目をつけられ連れ去られた次第だ。


 過去と未来に行き来できるといっても寝ているほんのちょっとの時間、意識が移るだけなのだが、どうやらこの世界を揺るがす大きな可能性を秘めているそうだ。


 私の持つような能力は世界各国が血眼になって探すほど希少かつ重要なものらしく、その中でこの研究所に囚われの身になってしまった。 


 どうやら研究所内に能力者を探せる能力を持つ者もいるらしく、私が見つけ出されのだという。


 私以外にも特殊な能力者たちがこの研究所に連れ去られ、研究対象とされている者や組織にあえて仲間として加わる者もいる。


 なんとも色んな能力者が世の中にはいるものだ。


 とにかくここから抜け出したとしても世界各国からの刺客が来るのを想定していかないといけないと考えると研究所にいた方が、ある意味安全が保障されているのかもしれない。


 拐われたといっても、特に当たり障りなく漫然と研究所で過ごす日々。


 問診室から退室し、目指した先は研究所内の食堂。


 毎日の食事は私にとって数少ない楽しみの一つになっていた。


 食堂に入ると、何人か顔なじみにの面々が行き来する中で、一人見覚えのない男の子が何やら呆然と立ち尽くしていではないか。


「新入りくん?」


「あぁ、今日がはじめてだ」


 ぶっきらぼうな返事をしつつ、食堂システムに慣れず、立ちすくんでいる様子。


「はい、お盆」


「これ持って、あそこの場所でもらうの」


「そうか」


「そこはありがとうでしょ」 


「あっ、あぁ。ありがとう」


「よろしい」


 意外にも素直に応じる彼と一緒にお盆を持ち、ご飯の準備を進める。


 彼も見様見真似で食事を受け取っていく。


 どうやら食事を受け取り終えたようで空いた席に向かっていた。


 席につく彼の前に私も腰をかける。


「キミ名前は?」


「シンだ」


「私はミカゲ!よろしくね」


 今日のメニューは定番のカレー。


 私もスプーンを持ち、食事の準備を進めていると、


「なんでここで食べてるんだ?」


「なんでって、別に流れ的にこうなったんだからいいでしょ」


 どうやら席が他にも空いているから、わざわざ一緒に食べなくてもいいのではと思っているのかもしれない。


 ただ、外から来た面々の情報も貴重なことは確かなので会話を続ける。


「シンくんはここに無理やり連れてこられたの?」


「いや、別に」


「別にってじゃあ、なんでここに?」


「実験体としていれば、何もせずとも衣食住が得られる聞いて」


「はっ、バカなの!?」


 思わず声を上げてしまい、周囲から視線を集めてしまう。


 私は改まって小声で話を続ける。


「実験体って、何されるか分からないんだよ?自由もないしっ!怖くないの?」


「別に構わん」


「構わんって」


 自ら志願するものなどまずいない。


 って思っていたのだが、世の中には色んな人がいるらしい。


 とんだ変わり者である。 


 彼をよくよく見ると食事が進んでいない。


「食べないの?」


「辛いのは苦手でな」


「そうよね、ここのカレー辛いのよねぇ。じゃあ」


 私は彼にとっておきアイテムを差し出す。


「なんだそれは?」


「はちみつシロップ」


「はっ?」


「この研究所のカレーに入れると意外とマイルドになるのよ!」


「あっ、いや入れなくて大丈夫だ」


「いやいや、意外と合うんだよ」


 淡々としていた彼だったが、意外にも動揺しているのが、なんだか面白い。


「いいから、いいから」


 ちょっと強引だが、シロップを彼の皿にいれる。


 シロップがカレーに溶け込んでいく。


「ものは試しよ」


「あっ、あぁ」


 渋々ながらも彼はカレーを口にしていく。


「うん、悪くない」


「ふふっ」


 少し顔が綻んだ印象の彼を見て思わず、笑ってしまう。


「どうした?」


「いや、なんか、こうやって一緒に食事するのって楽しくない?」


「えーと」


 言葉が上手く回らないのか、どもってしまう彼に対し、


「そこはウソでもいいから楽しいって言っておくの」 


「そうか」


 これが私とシンの初めての出会い。


◆◆◆

「さすがにそれは合わんだろ」


「イヤイヤ、納豆パン美味しいんだよ!」


 無理やり彼にパンを渡し、迫っていく。


 彼も根負けしたのかパンに納豆をそえ、口にする。


「意外といけるな」


「でしょー」


 食堂で会うたび、シンと私は不思議と話す間柄になっていた。


 満更でもなく微笑んで食べている彼の姿が何よりの楽しみになっていた。


「っていうか、ウソじゃないってわかるんでしょ!」


「いや、舌がおかしいという線もあると思って」


「イヤイヤ、おかしくないし!むしろ美食家だし」


 そんな他愛もない会話をしながら、食事を続ける。


「後、実は最近わかったんだが、オレの持つ能力は別に嘘を見分けられる能力じゃないらしい」


「えっ、じゃあなんの能力の??」


「まだ発展途上の能力らしくて」


 シンと会話をする中、突如、横から私の担当の研究員がやってくる。


「ミカゲ、ちょっといいかしら」


「あっ、はい」


 食事の最中に研究員から呼び出されことはあまりないので、おそらく何かあったのであろう。


 問診室に場所を移し、私の呼び出された理由を知ることになる。


「実はこれからの話なんだけど」


「これから?」


 あまりに唐突な話題で動揺する私に対し、担当の研究員は淡々と話を続ける。


「あなたの能力を他の人に移すことにしたの」


「えっ、移すってどうやって?」


「能力を自由に転移できる能力者が研究所に入ってきたの」


「そうなんですね」


 また特異な能力を持つ者が入ってきたものだ。


 私は用済みということであろうか?


「えーと、私はどうなるんですか」


「能力を抜き取られた者は死ぬしかないの」


「えっ」


 実質的な死刑宣告だった。


 もちろん私から何かできるすべはない。


「そうですか」


「落ち着いているのね」


「どうせ抵抗してもムダですから」


「物分りもいいようで助かるわ。しばらく準備が必要だからあなたはこれから別の部屋に移ることになるわ」


「わかりました」


 部屋を出て、案内をされる。


 そう、私には選択権はない。


 彼女が案内されるがままに廊下を歩いていると、シンとすれ違う。


 もう彼と会うのも最後。


 そう考えると何か言っておかねばという気持ちになりこっそり一言、


「今までありがとね」


 何事が把握していないからか、呆然と私を見届ける彼だったが、私は振り返らず部屋に向かっていく。


 移された部屋で目隠しをされ、あたり一面真っ暗である。


 これから数日どうやら眠らされるようだ。


 あぁ、次起きたときが最後だと思うと、なんだかやるせない気持ちになる。 


 そうこう考えているうちに意識が朦朧としていく。


 まだ死にたくない、助けて。


 最後に念じた強い想いと裏腹に意識が途切れる。


 ドアがかチャリと開く音。 


 その音に気付き、私も目を覚ます。


「ミカゲっ!」


 あたり一面薄暗いままだったが、聴き慣れた声色が耳に入る。


「シン?」


「よかった、無事だった」


 私に取り付けられていた拘束具を外し、優しく抱き上げてくれるシン。


「行こう」


「うん」


 私に手を差し伸べるシン。


◆◆◆

 過去のことを不意に思い出しながらも、私は夜道を歩いていた。 


 またきっと彼が私のことを助けに来てくれる。


 今さら恐れることはない。


 この時代の私には申し訳ないが、これも運命だと思って受け入れてもらうしかない。


 意を決して目的の地へ歩みを進めるのだった。

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