自衛官を怒らせてはいけない

和五夢

1


 本来は戦火を免れるはずだった中東の非武装地帯、とでも形容すべきだろうか。

 白色の土づくりの壁は所々崩れ落ち、爆撃により飛散した金属片で穿たれた穴から生活感のある屋内を垣間見ることができる。


 暖炉にくべられた薪がゆらゆらと燃え、食卓の上には四人分の皿とフルーツ。

 しかし、そこに人影はない。家どころか町中どこを探しても。

 

 そんな奇妙な街の端っこに突如三人の姿が現れた。


「よし、時間通りだな。二人とも何か不具合はないか?」


 筋肉質かつ俊敏そうなアスリート体型の男の問いかけに、まっさきに反応したのは小柄ながらも引き締まった体の女性。ライフルを手際よくリロードすると、スコープ越しに、


「はい! 先輩の凛々しいご尊顔は仮想世界でも顕在であります!」


「そんな事は聞いてない。あと先輩呼びは止めろ!」


 そうぼやいて鋭い眼光で睨みつけるのは一ノ瀬いちのせ隼人はやと

 陸上自衛隊所属。高い戦闘能力、状況判断能力を買われ、30歳にして幹部クラスの分隊長。

 そして一児の父である。


「お言葉ですが隊長、今は訓練中ではありません!」


 ニカッと悪戯に笑いながら敬礼を決めるのはひいらぎ亜衣あい

 一ノ瀬に憧れて追いかけるようにして入隊。

 極度の銃オタクでもあり射撃能力だけなら一ノ瀬を上回るほど。

 こう見えて教育熱心な良き母である。

 


「それはそうだが……なあ、がいも何か言ってやってくれないか?」


 がいと呼ばれた大柄のスキンヘッドの男は険しい表情で頷く……が、何も答えない。

 岩藤いわどうがい。一ノ瀬とは同期。

 その図体とは裏腹に潜伏能力が高く諜報能力にも優れる。

 強面の印象からは想像がつかないが一人娘の美々みみを溺愛している。


「鎧先輩ってゲームの中でも無口なんスね」


「こいつはこれでいいんだ。言葉が無くても伝わるからな」


「先輩、鎧先輩に甘くないですか⁉」


 同じ高校の先輩・後輩に当たるため、仕事外ではついフランクになってしまうのはわかる。

 しかし、


「柊隊員、これは仕事ではない。だが任務だという事も忘れるな!」


 一ノ瀬が喝を入れると柊は落ち込むでもなく真剣な顔で敬礼。空気が変わった。


「了解です、一ノ瀬隊長! それでは現状確認と任務の復唱を行わせていただきます!」



 ここはVRシューティングゲーム『Trinity Vict』の世界。

 三人一組で隊を組み、広大なオープンワールドを散策。

 各チェックポイントで発生するミッション攻略式のPVE――すなわち対AI戦闘が基本であるが、最近実装されたPVP(対人戦)が話題になっている。

 三人には役割が割り当てられており、それぞれセンチネル(歩哨)、コマンダー(指令)、スナイパー(狙撃手)。

 それぞれ使用できるスキルやレベルアップ時のステータス補正などに差異があり、クラスを強化していくほどに顕著になる。

 セットできるアクティブスキルは各人二つまでで、パッシブスキルは別。

 携行できる銃器はメインとサブの二つ。それと近接戦闘用のナイフ。

 アイテムはリスポーンチェンジャーが一つにスティムパックが二個、それとスモークグレネード一個が初期装備である。


「……そして、今回の任務は――」


 柊がそこまで言いかけたところで客人が来た。


「お兄さんたち、初心者?」


 ニコニコと笑いながら手を振って話しかけてくる大学生くらいの若い男。

 同年代の男二人を左右に従えていた。

 どいつもツーブロックで似たような顔をしており顕著な違いは奇抜な髪色ぐらいだった。


「君達は?」


 一ノ瀬が問いかけると、


「俺はロイ。この二人はヒンジとスー……って、頭の上の表示を見たらわかるか、はは……それで本題なんだけど、どうしてもPVPがしたくてさ」


「俺たちはまだチュートリアルが終わったばかりなんだが……」


「だから良いんだよ。俺たち最近導入されたPVPがしたくてゲーム始めたんだけど、装備スコアに開きがあり過ぎるとそもそもPVPが出来なくってさ」


 三人の服装をみるとこちらと同じく初期装備。


「隊長この人達……」


「ああ、確かに初心者みたいだな」 


 鎧が目線を合わせずに頷いたのを視界の端で確認。


「それじゃあ、手合わせお願いってことでいいかな?」


「ああ、チュートリアルの延長だと思って挑ませてもらうよ」


「OK! じゃあ、戦闘申請を送るから了承してよね」


 視界に『funy-phagyからavengersへ戦闘申し込み』とその下に『Accept』の文字。

 俺はそれを一指し指で軽くタッチした。

 

 その瞬間、半径500メートルのエリアが隔絶され、外から干渉不能な別空間となる。


 とは言え見た目上変わった所はない。


 彼らの服装を除けば、だが。


 先程までのシンプルな装備とはまるで違う、隅々まで精緻な装飾に凝ったような、あるいは硬質そうな素材のプロテクターを身に纏っている。


「お前らその恰好は……」


「ああこれ? セット装備って言うんだけど便利でしょ? 戦闘開始までの1分間の準備時間の間に装備を変更できるんだけど知らないの? あ、おじさん達初心者だったっけ?」


 小バカにするようにへらへらと笑うリーダーの男。


「鎧! サーチスキルを!」


 しかし首を横にふる鎧。


「無駄だよ。知らないと思うから教えてあげるけど戦闘開始まではスキルは使えないよ。ちなみに僕らの装備スコアは最高レベルの100。一発でも弾が当たったら即死だよ~」


「お前ら初心者狩りってやつか?」


「まあね。それよりおじさん達そろそろ隠れた方がいいんじゃない? あと15秒しかないよ?」


「くっ! 総員後方の建物まで後退しろ!」


 一ノ瀬の掛け声とともに民家に向かって全速力でかける三人。

 それを高笑いしながら狂気の笑みを浮かべるロイ。


「そうそう! そうこなくっちゃ! さあ、お前らぁ! 楽しい狩りの始まりだぁ!」

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