#6 ランとアイルの邂逅
「シュウは遅いな」
ランは原子炉修復実験の準備をすすめながらそう言った。
もっとも、彼がいなくても修復は進められるから、いつ来ても問題はないなとは思っていた。
強い突風と振動、そして轟音が彼女を襲う、その時までは。
「なんだ!まさか竜巻か!?」
台風が来ているという報はなかった。
空を見るとやはり晴れているので、どうやら竜巻でもなさそうだった。
ランはまず原子炉の破損を気にかけたが、シュウのことも一応心配であったので、おそらく彼がいるであろう第三休憩室に向かった。
ドアを開けたとき、ランは何か少し眩しい光を感じた気がした。
「シュウ!大丈夫か、えっ……」
そこにいたのはシュウともう一人、ランの知らない甲冑の女だった。
二人は「天と地の契約」を終えたところだった。
「彼女は誰だ」
アイルとランは同時にそう言った。
もっとも、アイルはアルテミア語で発言したし、ランは日本語で発言したから、そのことを認識できたのはシュウだけであったのだが。
最初にまくし立てたのはランだった。
「そうかそうか、君はこれからおこるであろう偉大な科学の功績を前にしても、いつの間にか連れ込んだコスプレ女と前戯を始めようとしていた、そういうことであっているかい?」
「いや、先生、そうじゃないんです」
ランの口調は荒かった。
一方で、アイルは冷静なままだった。
「あの女性はこの災害から世界を修復するための協力者。そういうことか?」
「あ、はい、そうです」
「そうか。いまの私の言葉は彼女には通じない。シュウ、君の魔法が必要だ。彼女にアルテミア語が伝わるよう、強く念じてみるんだ」
そう言われたシュウは目を閉じ、頭の中でランとシュウが会話しているイメージをした。
そこから逆算するように、自分が彼女に魔法を使っているイメージを少しずつ鮮明にしていく。
そのイメージの中で、シュウがランに魔法をかけるとき、何か棒状のものを手に持っている気がした。
そのとき、シュウは手に少し重みを感じた。
シュウが目を開けて手を見ると、そこにはペンがあった。
なにか、オーラをまとっているように見えた。
おそらくこれを彼女に向けて使えばいいのだろうと、そう思った。
シュウはペンをランに向けて魔法を使った。
「
シュウが呪文を発すると、ペンの先から光のようなものが飛び出した。
飛び出した光は、ランの胸に突き刺さった。
そのとき、ランは頭の中に彼女がさっき感じていた、目の前の女とシュウに対する不信感はどこかへ消えていって、何か膨大な知識——まるで百科事典を高速で読んでいるような——、それが頭に流れ込んでくることを感じた。
「ああ、そういうことか」
ランは理解した。
シュウがいま伝えたいことは彼女に伝わった。
そしてシュウがたった今身につけた能力の結果、ランはアルテミア語で会話できるようになっていた。
「しかしシュウ、君は思っていたよりエゴイスティックなのだなあ。ちょっと見直したよ」
なかば「自分のエゴ」でアイルと「契約」したことも、ランには伝わってしまっていた。
「確かに君の考えは半分当たっている。いくら自衛隊が活動しているからと言っても、都市の復興には限度があるだろう」
そう聞いたとき、シュウは少し
しかし、彼は結局
「一方で、君は安直な行動を取ったとは思わないかい?科学が制御するこの世界に魔法が染み渡る、それがどういうことか、少しでも考えたかい?」
「いや、それは……」
「ま、それはとにかく、私は魔法の存在を受け入れることはできる。存在可能性については川野とかと議論していて、まあまあの高確率で存在するという結論に至ったからな」
驚く素振りをほとんど見せないランはアイルに問いかけた。
「あなたがあの天空国家の——シュウから共有されたイメージだとアルテミアか———そこの大統領閣下、アイルということであっているかな?」
「左様だ」
ランからアイルの周りをうろうろと歩きながら、探りを入れるように話を続けた。
「ふむ、では問うべきことが3つあるねえ」
「何だろうか」
「まず第一に、なぜあの城、つまりあなたの国は突然現れたのか。明らかにしてもらおうか」
「承知した」
アルテミアのあった世界では、魔法による数カ国間の大戦争が始まっていた。
しかし、アルテミアは海洋の上空にある天空国家だったから、他国とほとんど外交をしていなかったこともあり、戦争とは一切無縁であった。
極東に存在するぽつんとした小国家は、他国にとっても重要な地域ではないはずだった。
しかし、突如として、大国セヴァからの急襲が始まった。
だが、アルテミアに侵攻したところで、大した資源などは得られない。
おそらくアルテミアを支配し、小国も大国もすべて含めた全世界を傘下に収める足がかりとする、そこまでの野心をセヴァが抱いているのだと、アイルはそう考えた。
とにかく、いまのアルテミアには軍事力はほとんどない。
このままでは国家を覆う結界が消失し、一瞬で滅びるであろう。
しかし、手段がひとつあるとすれば——
「アルテミアは攻撃を受けていた。ほとんど猶予はなかった。私の転送魔法でアルテミアをこの世界に転送した」
「まさか、そこまでとは……」
シュウは唖然として、それ以上何と話したらよいか分からなかった。
しかし、ランは表情を変えなかった。
「なるほどねえ、確かにその世界の別の場所に転送したからといって、その大国が攻めてくるのは変わらないだろう。この世界に
「光栄だ」
「では、2つ目の質問をしよう。なぜ手紙を送ってきたのだ?要するに、我々に何を求めているのかね?」
「ああ、これは受け入れられるかわからないが……国家を転送するというのは、あまりに強力な魔法だった。アルテミアの国土に眠る膨大な魔力を消費した。つまり、今アルテミアの魔力の供給源が少ないから、空中に浮かせるだけでやっとの状態なのだ……この国には魔力の供給源があるかもしれない。そのことで協力関係を結びたい」
「なるほどねえ、おそらくそんなところだと思ったよ。魔力という膨大な力が無尽蔵に湧いてくるというのは考えにくいからね」
アイルは、ランを不気味だと感じた。
だが一方で、どこか魅力的でもあった。
ランからは魔力を感じられない。
しかしアイルは、ランは魔力とは違う、何か別の特別なスキルを持っているという確信をもった。
表情とか話しぶりから、それを感じ取った。
「協力できそうだろうか?」
「そういうことは
アイルはその言葉を聞いてほっとした表情を浮かべていた。
ニヤリとした表情を浮かべるランが、少し背の高いアイルに向かって顔を近づけてきて、最後の質問をした。
「さて、3つ目の質問だ。アイル、君の年齢はいくつだい?」
「17歳だ」
「それは嬉しいな。私も17歳だ」
「さて、そろそろ原子炉の修復に戻らねば。アイル、見ていくかい?」
「原子炉?それはなんだ?崩壊したこの都市を復興するのが先ではないのか」
「やはりな。原子炉の重要性を説明する必要があるな。私は作業を始めるから、シュウ、説明は君に任せた」
原子炉の修復は言うまでもなく、
電力がなければあらゆるインフラは成り立たない。この実験施設は非常用電源が生きていたからかろうじてコンピューターが使えるのだが、多くのコンピューターやネットワークがダウンしていた。
それだけではなかった。たとえば非常電源を持たない医療機関は多く、リッチな大病院だけでは、負傷者を収容しきれない。医療崩壊が目に見えていた。
そして何より、もっと大きな原発事故が起きれば、東京は——いや、あるいは日本のほとんどが——もはや完全なゴーストタウンと化す。そのことは自明であった。
アイルは
それは研究者らしいというよりは、この都市を救う覚悟を背負った兵士の姿のようでもあった。
このランという少女は、まだ覚醒してはいないものの、実は偉大な魔術師——自分と同じくらいか、もしくはそれ以上の——であるのかもしれない。
原子炉に関するシュウの説明を聞き流しながら、アイルはそう思った。
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