第58話 大団円……?
「あ〜もう!一体いつになったら終わるのよコレ!ねえノーラ、この庭の修理代、あのナイジェルっていう人に請求できないの?」
早朝とはいえ夏の陽射しは強く、ジョシュアに借りたジーンズとTシャツ姿で汗だくになって怪物たちとの激闘で荒れ果てた中庭を片付けながら、アンがぼやき続けている。
「ハイハイ、文句はいいから口より先に手を動かしなさいな、アン。ほら、そこの折れて倒れている垣根を先に片付けなきゃダメよ」
唯一無事だった丸テーブルとセットの優美なデザインの白いチェアに腰掛け、意地の悪い笑顔を浮かべながらノーラは現場監督の役割を楽しんでいた。
「ねえ、ジョシュは何してんの?こーんな力仕事こそ男の役割でしょう⁈」
「あの子にはお茶の用意をさせているのよ」
「お茶あ⁈ずっるーい!」
「あのねえ、アーリー・モーニングティーと言って素敵な1日は美味しいお茶から始まるって、それはもう遥か大昔から決まってんの。あんたには
「それはそうだけどおー!」
「そうだ、あんた、あの浴衣も後でちゃんと洗って干しておきなさいよ。洗濯機なんかじゃダメよ、ちゃんと手洗いでね」
「もう、やだあああ〜!!!」
「少しは片付いたようだね」
重労働に悲鳴をあげるアンを横目に、ティーセットを運んで来たジョシュアがノーラに話しかける。
「まあ、いっぺんにはね。とりあえずやれる事は進めておかないと。で、あんた、これからどうするの?」
「どうって?」
「決まってるでしょう。アンの将来と、この白猫亭よ」
ティーカップをテーブルにセッティングしながら、ジョシュアが答える。
「とりあえず、
ジョシュアの話を聞き流しながら、ノーラはジロリとカップを一瞥した。
「オールド・ノリタケ……か。まあ、いいでしょう」
どうやらカップ選びは合格点のようで、ほっと胸をなでおろしたジョシュアはティーポットを静かにテーブルに置いた。
「……もう少し、蒸らしたほうがいいかな」
「銘柄は?」
「フォートナム&メイソンの『ロイヤルブレンド』だよ」
「ふん」
ノーラが鼻を面倒くさそうに小さく鳴らした。先々代のハワードから、これが出るときはノーラが納得していないシグナルだと聞かされているジョシュアはノーラの顔色を伺う。
「ご不満かい?」
「悪くはないけど、平凡。遊び心ってものがないわねえ」
「申し訳ない、もう少し勉強しておくよ」
飲食に関してこだわりの強いノーラだが、かと言って奇をてらったようなものだと口もつけずに下げさせる事まで聞いていたジョシュアは苦笑いした。
「この白猫亭に関しては、ウチのウォルズリー・ホテル&リゾーツの方で管理を考えているんだ。ここなら場所もいいし、十分な収益も見込めるだろうから」
「ビジネス感覚は悪くないわね。意外としっかりしてるじゃないの、坊や」
「そろそろかな……」
ジョシュアがティーポットを持ち上げたタイミングで、庭の片付けと浴衣を干し終わった汗だくのアンが乱入し、テーブルに突っ伏した。
「もうムリ!動けない!疲れた〜!」
「お疲れ様、アン。君も飲むかい?」
「熱い紅茶なんかやだ!あたしは冷たいコーラが欲しいいいいい!」
子供のように手足をバタバタさせてゴネるアンにノーラが怒った。
「アン!あんた汗とほこり臭い!せっかくの茶葉の香りが台無しでしょ!」
「ひっどお〜い!一生懸命やってるのに!」
「アン。君、とりあえず着替えたほうがいいよ」
「何よジュシュ!あなたまであたしが臭いっていうの?」
「誰もそんなこと言ってないだろう?」
「じゃあ何よ!」
「僕はただ、レディたるもの香りも大切だと……」
「臭いって言ってんじゃん!」
「……あんたたち、あたしは静かにお茶が飲みたいんだけど」
アンとジョシュアの口喧嘩にノーラがイラつき出した時だった。
「アン!杏奈!」
朝にふさわしいとは言えない大ボリュームの女性の声が響き渡った。
三人が声の方向に目をやると、白いアーチ型の門のそばにアンの母親である
「ママ!どうしてここに⁉︎」
「どうしてじゃないわよ!あんた電話に全然出ないし、心配で心配で昨日の晩にお店を閉めてから車飛ばして飛んで来たのよ!」
「あーごめん!ママこちらがー」
アンがジョシュアを紹介しようとする間も無く、復元された白猫亭を見た真理恵が叫んだ。
「まあ、何てこと⁉︎あの荒れ放題のお化け屋敷みたいだったのが、すっかり昔のまんまじゃない⁉︎アン、これって一体どう言うーあら?アン、こちらの青年は……誰?」
「初めまして、アンのお母さん。アーサー=太郎・ウォルズリーの孫で現ウォルズリー家当主のジョシュア・ウォルズリーです」
ジョシュアの凄腕スナイパーのような笑顔に真理恵も撃ち抜かれたようだ。
「ええ!太郎叔父さんのお孫さん⁈やだ、すっごいハンサム!絶世の美男じゃないの!」
「ママ、言い方が古いわ。それに、声が大きいって」
さすがの能天気なアンも、ノーラの背中の毛が逆立ち始めている気配を感じ慌てて止めに入ったが真理恵の興奮は止まらない。
「声も大きくなるわよ、あんたのことが心配で駆けつけたらサプライズの連続なんだもん!あら!あの浴衣!」
「ええ?ママ、知っているの?」
「当たり前よ!あれ、昔々にアンおばあちゃんが来てたものとそっくりじゃないの!懐かしいわあ」
アンが振り返ると、ジョシュアは少し恥ずかしそうに笑っている。
「すごいわ、そんな所まで拘っていたの⁈ジョシュ」
テンションが上がるアンと真理恵に向かって、ノーラが低い声で話しかけた。
「さっきから何度も言うけど、あ・た・し・はお茶が飲みたいの」
イラつくノーラに気づいた真理恵が、トドメとばかりにさらにボリュームMAXで叫んだ。
「ええ!まさかノーラ⁉︎何十年ぶりかしら!本当にノーラなの⁉︎」
「それ以外の何だと思うのよ」
不機嫌そうなノーラにお構いなく、真理恵は強く抱きしめた。
「おばあちゃんのお葬式以来よね!心配していたんだから!」
「こら、ちょっと離しなさい!あんたたち母娘揃って本当にうっとおしい!」
事態のこれ以上の悪化を恐れ、恐る恐るジョシュアが声をかけた。
「えーっと、とりあえず、みんなでお茶にしようか……」
澄み切った青空のもと、おだやかな瀬戸内海を見下ろす中庭の丸テーブルにノーラを中心としてアン、ジョシュア、アンの母親の真理恵が揃って着席した。
「……これ以上、あたしのティータイムを邪魔したら容赦しないからね」
ジロリと周囲を
「でも、何だか長い夢を見ていたみたい」
ポツリとアンがつぶやいた。
「そうだね」
全員のティーカップにゆっくりとお茶を注ぎながら、ジョシュアが微笑む。
「奇怪な怪物たちとの死闘に、降霊会。おじいちゃんを出迎える町の人たちの素敵なパーティー。まさに真夏の夜の夢のようだった」
アン、真理恵、ジョシュア、そして最後にノーラの順に美しい細工が施されたアンティークなティーカップに紅茶が注がれ、あたりは優雅な香りに包まれていく。
「ああ、いい香り……」
先ほどまでのハイテンションが嘘のように真理恵がうっとりとした表情を見せる。
「うん、悪くない。期待できそうね」
鼻腔に侵入するロイヤルブレンドの芳醇なフレーバーに、ノーラの機嫌も良くなっていく。
「それでは、みんな揃っていただくとしようか」
ジョシュアが当主らしく宣言したところで、アンが叫んだ。
「ほら、見て、ひこうき雲!」
アンの指差す方向を全員が見上げると、雲ひとつない夏の青空に小型のジェット機らしき機影が白いひと筋のひこうき雲を描いていくのが見える。
「きれい……」
「ああ、本当だ……」
「がんばったアンタたちへ、神様からのちょっとした贈り物かもね。さあ、いただきましょう」
「うん?」
改めてカップに口をつけようとした時、ジョシュアが何かに気づいた。
「何よ、もう。まだ何かあるの?」
イライラしたノーラ以外の全員が空を見上げ、同じ言葉を発した。
「うん?」
「うん?」
「ねえ、ジョシュ、あれって……」
逆光でよく見えないが、ジェット機から何かが落下したように見えたのだ。
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