第56話 最終章 放蕩息子の帰還 part2
綺麗に磨き上げられた鈍い金色に輝く真鍮製のドアノブがまわり、ドアがゆっくりと開いた。
だがー開いたドアの向こう側には、誰も現れなかった。
「どういう事……⁈」
「何故だ⁉︎何がいけなかったんだ?」
「ねえねえノーラ、どうなるの?」
アンとジョシュアが驚き、失望と落胆を隠せない中、ノーラだけが注意深く周囲を見つめていたが、やがて感心したようにつぶやいた。
「そうか、そういう事か」
「え?」
「ノーラ、何がそういう事なの?」
戸惑う二人だったが、やがて周囲の異変に気がついた。
娘・華子を抱く吉岡夫妻を取り囲んでいた様々な人影が、開かれたドアから室外へと静かに移動し始めたのだ。
館内にあふれていた人影は、やがて一人残らず出て行き、最後に残った吉岡夫妻もドアの方へと向かった。
部屋を出る直前、吉岡アンが振り向き優しく微笑みかけてドアの外へと消え、室内には三人だけが取り残される形となった。
「さあ!あたしたちも行くわよ!」
ノーラがアンとジョシュアに呼びかけると、椅子から飛び降りて駆け出した。
「ちょ、ちょっと待ってノーラ⁉︎」
「行くってどこへ?」
ノーラが振り向いてニヤッと笑った。
「パーティはこれからよ!」
ノーラの後を追い、外へと飛び出したアンとジョシュアは言葉を失った。
満天の星空の下、怪物との戦いで無残にも破壊されたはずの庭園は元どおりの姿でバラをはじめとする美しい花々を咲かせ、いくつものテーブルを囲んでたくさんの人影が集い、笑いあっていたのだ。
中庭の片隅には携帯式の蓄音機がセットされ、そこから流れてきているであろう音楽にあわせ、手を繋ぎ踊り出す男女の姿も見える。
「何これ……!」
「一体、何が始まるんだ⁈」
「アン。ジョシュア。
あんたたち、まだわかんないの?」
「どうゆう事……?」
「ほら!主役の登場よ」
ノーラが 優しいカーブを描く白い門を指差した。そこに現れたのは朧(おぼろ)げで今にも消えてしまいそうな弱い光を放つ小さな霊体で、三人の目の前で徐々に大きくなり、見る間に年老いた老人の姿へと変化していった。
「ノーラ、あれが太郎おじちゃんなの……?」
アンが小さい声でノーラにささやいた。
「…………」
ノーラはずっと押し黙ったまま、老人の姿をじっと見つめている。
感極まったようにジョシュアがつぶやく。
「そうだよ、アン。あれがわずか十歳で故郷を離れ、この世界を破滅の危機から救った僕の祖父。ウォルズリー家先代当主、アーサー=太郎・ウォルズリー公爵だ」
老人はよろよろとした疲れ果てたような足取りで、門から中庭へと続く小道に沿って敷かれたテラコッタタイルを一歩、また一歩と進む。
その姿を中庭に集まった多くの人影も同じように注目している。
「アン」
ジョシュアの声が涙声に変わって行く。
「第二次世界大戦が終わっても、彼はただ一人、孤独の荒野を歩み続けたんだ」
アンがジョシュアの震えてる手をそっと握った。
「故郷さえ捨て、この世界を
「あれは!」
アンが興奮した口調で叫んだ。
中庭に集まった人影が老人を囲むように広がってゆき、拍手で出迎えているのだ。
「アン、ジョシュア」
ノーラが老人の方を見つめたまま、静かに二人に語りかける。
「ここにいるみんなも、あたしたちと同じ気持ちなの。長い旅から帰ってきたアーサーを一緒に出迎えてやりたいのよ」
「見て、ジョシュ!」
老人の体が柔らかな光に包まれたと思うと、少しカールしたくせ毛の金髪に大きめの朱色のベレー帽をかぶり、大きめなジャケットにグレイのパンツ、焦げ茶色のローファーを履いて古びたトランクを抱えた少年の姿へと変化していった。
「何てこと……」
ノーラがため息を漏らした。
「この家を出て、イギリスへと旅立った時の格好じゃないの……」
たくさんの人たちが微笑み、拍手を続ける中、アーサー少年はきょろきょろと辺りを見渡しながら、ずっと誰かを探している。
「あたしは知っているよ、アーサー」
ノーラがつぶやいた。
「あんたがどれだけ故郷に、この尾道に帰りたかったか。家族に会いたくてひとり涙を流していたか」
やがて、人影は静かに二つに分かれて行った。
「それでもあんたは逃げださなかった。怪物を倒し、魔女と戦い、戦争を少しでも早く終わらせて一人でも多くの弱い人たちや不幸な人たちを救うために、愛する父親が犠牲になることも、二度と故郷に帰れなくなることさえ受け入れた」
人影の分かれたその先に、妹である赤ん坊を抱いた両親の姿が見える。
だが、アーサー少年は躊躇するかのように立ち止まったまま、近寄ろうとしない。
「行くのよ、アーサー!」
その後ろ姿に向かい、ノーラが振り絞るように叫んだ。
「ウォルズリー家の宿命から解放され、あんたはもう自由なのよ!あんたの魂を束縛するものはもう何もないわ!愛する家族の元へおゆきなさい!」
その声が聞こえたかのように、アーサー少年はこちらを向いて少し俯いたまま恥ずかしそうに笑うと、両親の元へと駆け出した。
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