第45話 絶体絶命!ー白猫ノーラ登場ー

 咆哮とともに、炎はいとも簡単に吹き飛んでしまい、無傷で姿を見せた怪物から小さな笑い声が漏れる。

「それでは、こちらのターンだ」


 怪物は大きく振りかぶると、アンとジョシュアめがけて右の拳を振りおろした。

「逃げろ、アン!」

 ジョシュアの叫び声で咄嗟に左右に飛んだ二人のいた場所が、衝撃によって数メートルにわたって深く抉られその破壊力を思い知らせる。

「ふむ、よく避けたな。ではこれはどうかな?」

 ゴツゴツとしたヒレのついたワニを思わせる巨大な尻尾が、凄まじい勢いで生き物のようにアンに襲いかかった。

 間一髪、後方に飛び跳ねて逃れたアンを掠めた尻尾が、庭の木をなぎ倒し庭園の柵を吹き飛ばした。


「間違えるなよ、貴様の狙いは僕だろう!」

 態勢を立て直したジョシュアが叫ぶ。

「聖なる氷よ、我が敵を磔刑に処せ!氷磔アイス・クルゥーサァフィクシャン!」

 怪物を中心とした空気が氷気に包まれ、足元の地面が凍りついたかと思うと一気にその全身が巨大な氷塊に飲み込まれた。

 初めて動きの止まった怪物に向けてアンが身構えた。

「タダじゃおかないからね!」

 アンの身体を包むオーラがさらに強く激しくなり、右腰に構えた両手に魔力を集中させると、まるで小さな太陽のように先ほどとは比べものにはならないほど強い光が形成されてゆく。

「ぜっったいっっぶっ飛ばす!!」

 気合一発、放たれた巨大な光の弾は一気に怪物の上半身を飲み込んだ。


「どう!これはさすがに効いたでしょ?」

「……アン、ちょっと下がろうか」

 ジョシュアがアンの腕を掴み、自分の後ろに下がらせた。


「こんなものかね?」

 光の弾の攻撃を受けても傷ひとつない怪物が、ゆっくりと歩を進め距離を詰めてくる。

「伝説の魔法使いである初代ウォルズリー公の血を引き、勇敢なる獅子王ハワード・ウォルズリー、黒い森の魔女を打ち倒したあのアーサー・ウォルズリーの末裔の力とは」

 怪物が二人を挑発するようにつぶやいた。

「とんだ見込み違いだったようだな。残念だ。本当に残念だよ」

「何よ、失礼しちゃうわね!」

「貴様……一族への侮辱は許さないぞ!」

 怪物にいきどおりながらも、ジョシュアは自分の魔法が全く通用しないことに強いショックを受けた。

『こんな……こんな馬鹿な!あれほど努力して身につけた魔法が……』


 二人を憐れみのこもった眼で見下ろすと、怪物は片手を頭上に掲げると、詠唱もなしに魔法を発動させた。

雷撃サンダラ!」

 雷撃ーそれは本来、無属性の魔法弾に雷属性の魔力を重ねた初心者用の魔法に過ぎないのだが、怪物が発動させた雷撃は、極大魔法と呼ぶにふさわしい威力で二人に降り注いだ。

「きゃああああー!」

「うわあああ!」


 二人は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「くっ……アン!大丈夫か!!」

「うう……」

 悲痛なうめき声をあげながらも、何とか立ち上がろうとする二人を見て怪物は感心したように声をあげた。

「オーラが身を護り致命傷とまではいかなかったか。実に面白い」

 怪物が再び、スーッと片手を頭上へと掲げた。

「さて、どこまで耐えられるかな」


炎撃ファイラ!」

氷撃ブリザラ!」

 遥か天空から、灼熱の火球と巨大な氷塊が二人に一気に襲いかかる。


 ジョシュアは改めて怪物の繰り出す魔法に衝撃を覚えていた。

『詠唱もなしに、正反対の属性の魔法を同時に繰り出すだと?そんな……たかが獣化魔法で巨大化しただけの眷属にそんな事ができるなんて!!』

極大防御プロテガ・マキシマ!」

 ジョシュアが咄嗟に最大級の防護力を持つ防御魔法を唱え、二人は間一髪直撃は免れたが、防御シールドの上からでも魔力の破壊力は凄まじく、二人にダメージを与え続ける。


「今のはいい判断だ」

 怪物の表情が愉快そうに歪み、口元から肉食獣を思わせる巨大な牙が顔をのぞかせた。

「それではこちらも本気を出そうか」


 怪物がゆっくりと両手をあげ呪文の詠唱をはじめると、上空に集まってきた黒雲が美しい満月を隠し、あたりは暗闇に包まれた。







 

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