第44話 戦闘開始 part4

『お た の し み は こ れ か ら だ』

 その声は、先ほどまでの軍人ならではのきびきびとしたものとは全く違う、どこか調子外れで不気味な陽気さに満ちていた。

 ギエッ、ギエッと骨が軋むような笑い声をあげながら、怪物はアンとジョシュアの目の前で奇妙な形にねじれながら見上げるほどのサイズに変化すると、自分の部下の一人を片手で無造作につかみ持ち上げる。


「あ、あああ!」

 ワニのような姿の男は片手で持ち上げられ胴体を握りつぶされそうになりながら、悲鳴を上げた。

「た、隊長!投降など、申し訳ありません!お許しください!」

「……何を謝ることがある。それだけの負傷だ。戦線を離脱したくなるのも無理はない」

 その優しい言葉にホッとした瞬間、怪物の口が大きく開くと男の上半身を鈍い音を立てて一気に食いちぎった。

 怪物の手中に残った下半身から、まるでスプリンクラーのように辺り一面に激しく血が降り注ぐが、意に介さず嚙み砕き飲み込むと、怪物の身体がぼこぼこと膨れ上がって背中から巨大な背びれと硬いウロコでおおわれた長い尻尾が新たに出現した。


「諸君の命は無駄にはしない。我が血肉となり共に戦おうではないか」

 

 それはまさに悪夢と呼ぶにふさわしい光景だった。

「ひい、ひいいいい!」

「た、助けてください!」

 恐怖のあまり泣き叫び這いずるように逃げる部下を捕食するたびに体のあちこちに様々な動物たちの特長が表れ、遂には白猫亭の屋根をも超すほどの巨大な怪物へと変貌したのだ。

「何なのあいつ!仲間を食べて変身したわよ!」

「……まるでギリシア神話に登場する合成獣キマイラだな」

 怪物は一部始終を呆然と見つめていたアンとジョシュアの方をゆっくりと振り向いた。

「さあ、続きを始めよう。遠慮はいらないよ、存分に楽しもうじゃないか」


 白猫亭の自慢の美しい英国式庭園はまさに血の海と呼ぶにふさわしい様相になり、怪物の恐竜のような巨大な尻尾が丁寧に植えられたバラを根こそぎなぎ倒していくのを見て、アンの瞳の色が激しい怒りによってさらに深い赤へと変わり、体を包むオーラが強くなっていく。


曽祖母ひいおばあちゃんのお庭を……!いい加減にしなさいよ、あんた!」

「待て、アン!」

 ジョシュアの制止を振り切ってアンは怪物へと小走りに駆け寄り、極端に低くしゃがみこんで魔力を両足に溜め込んだ。

「いっくわよー!!」

 叫びと同時に大きく跳び上がると、その高さは怪物の目線近くまで達した。

「必殺!ライダーーキーーック!」

 魔力を一気に解放し、怪物の顔面に強烈なドロップキックを叩き込んだがーー

「ほお、たいしたものだ」

 怪物は揺らぐこともなく、さらに一歩前へと歩を進める。

 空中で回転して体勢を立て直し、何とか着地したアンをかばうようにジョシュアが前へ出ると魔法を連続で詠唱した。


「雷撃よ、邪悪を封じこむ檻となれ!不破雷獄アンブレイキング・サンダージェイル!」

「永遠を紡ぐ焔の螺旋に堕ちよ!螺旋極炎葬スパイラル・オーバーフレイム!」

 上空から雷が怪物を囲むように連続して直撃し、動きが止まった瞬間に物凄い勢いで四方から吹き上がった巨大な炎が怪物を包み込む。

 あたりに熱風が渦巻き、あまりの熱さにアンが顔を背けながら叫んだ。

「ジョシュ、凄いじゃん!やったの⁇」

「いや……ダメだ!」

 ジョシュアの無念の声をかき消すように、焔の柱の中から怪物の咆哮が轟いた。


「ゴオオオオオオオオオオオオ!」

 咆哮とともに、炎はいとも簡単に吹き飛んでしまい、無傷で姿を見せた怪物から小さな笑い声が漏れる。


「それでは、こちらのターンだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る