第34話 ナイジェル・ウォルズリー part1
「誰もアーサーを救ってやることはできなかった」
「どういう事……ですか?!」
ジョシュアはハワードの横顔をじっと見つめた。その顔には、深い苦悩と後悔が刻まれているように思えた。
「このミュージアムは伝説の魔法使いである初代当主が自分の意思を受け継ぎ、当主となるものが世界を破滅の未来から救うために作り上げたものだ。そしてアーサーはそれを成し遂げた唯一の人間だった。
だがある日アーサーは親族会議の席で、将来的にこの”ミュージアム”を封印するつもりだと告げた」
「なぜ?この壁画があれば過去や未来のことがわかるんでしょう?」
「わからぬか……」
ハワードは、小さくため息をついた。
「自分は世界を救った代償に父親さえも見殺しにし、永遠に故郷の地を踏むこともできなくなってしまった。この”ミュージアム”がある限り、いつ再び同じことが起きるかもしれぬ。
せめておまえには、普通の人間としての人生を歩んで欲しかったのだよ、ジョシュア」
絶句するジョシュアにハワードは話を続ける。
「おまえも知っている通りアーサーは人一倍真面目で高潔な性格だった。これ以上財産を増やすことなど望まず、財団を作り貧しい国や人々への多額の寄付や協力を惜しまなかった。それはこのウォルズリーを支える親族、ウォルズリー十二家に対しても同じだった」
ジョシュアは以前、城を訊ねてきた親族が軍需産業への巨額の投資話を持ち掛け、アーサーに激怒されていたことを思い出した。
「だが、アーサーと共に戦った同志とも呼べる古い世代はほとんどこの世を去ってしまい、若い十二家の者たちの中にはその方針に不平不満を募らせるものたちも現れた。
その上”ミュージアム”を封印するとなると、ウォルズリー家だけの特権である歴史を動かす能力を失ってしまうことになる。そうして一族の者のアーサーへの不信が高まったのにつけ込んだのがーー」
ハワードが再び壁画に触れると呪文を唱え出した。
壁画の中心に、中世の鎧に身をまとった男が半人半獣の軍団を率いる姿がダークな色合いで描かれ始めた。
「この人は……⁈」
「この先頭に立つ者はナイジェル・ジェイコブ・ウォルズリー。十五世紀に存在した第五代ウォルズリー家当主筆頭候補だ」
「ナイジェル・ウォルズリーだって?第五代の当主候補?そんな人間、いくら資料を調べても出てこなかったよ……!」
「当然だ。こいつはウォルズリー家の歴史から抹殺された、闇の存在なのだ」
「ナイジェルは女性と見間違うほどの美しい容貌に、一族の中でも圧倒的な魔力と民衆を引きつける素晴らしいカリスマ性を持っていたと言われている。若き領主として領民にも愛され、次期当主間違いなしとの評判だったが、それに待ったをかけたのがノーラだった」
「予定通りナイジェルを当主に推すものと否定派とで一族は真っ二つに分かれたが、決め手となったのは、やつの城の地下倉から発見された大量の人骨だった。
初代当主との契約によりこのウォルズリー家の守護者である”はじまりの魔女”ノルディア・ブラウンことノーラだけは、ナイジェルの仮面の下に隠された異常なまでの残虐さと支配欲を見抜いていたのだ。
調査の結果、それらは領土内の行方不明の領民や近隣の村人や旅人などで、遺骨からは様々な魔法実験の痕跡が見受けられた。これによりナイジェルは地下深く、暗黒の牢獄に死ぬまで幽閉される事となった。だがやつは脱獄すると自分に賛同するものたちを獣化魔法で怪物へと変化させ、獣の軍団を結成すると一族に対し戦いを挑んできたのだ」
ジョシュアの目の前で絵がさらに大きく広がってゆき、白猫に率いられた白い騎士団が獣の軍団と対峙している。
「ナイジェルの率いる軍団は野を駆け街々を蹂躙しながら行進を続け、人々を醜い獣の姿に変化させると軍団に加えていった。行進が通り過ぎた後に残されたのは、荒れ果てた街並みと獣と化すことを拒否したおびただしい死者だけだった。
ノーラは一族をまとめ上げるとその先頭に立ち、ナイジェルたちと長期間に渡る凄まじい戦闘を繰り広げ、多くの人命と多大な損害を出しながらもこれを殲滅することに成功したのだ。
そしてナイジェルはすべての魔力を失い、瀕死の状態で荒野へと姿を消した」
「彼は……ナイジェルは、死んだんですか?」
「……そう思われた。一族は二度と過ちがないように結束を深め、彼の名を歴史から消し去った」
そこまで語ると、ハワードは一瞬の沈黙の後、怒りに震える声で叫んだ。
「だがーーやつは生きていた!ナイジェルは六百年の時を超えて甦り、復讐しようとしているのだ!これを見よ!」
ハワードの指差す先には、先ほどとは比べ物にならないほど巨大化した集団が世界を蹂躙する姿が描かれ、その進む先は真っ黒に塗りつぶされてゆく。
「これは近未来の予想⁈奴らは一体何をしようとしているんですか?」
ジョシュアの問いかけが聞こえないかのようにハワードは語り続ける。
「アーサーは、突然この壁画に八十年前と同じ世界の終末が現れたことに気がついた。そして一族に警告と協力を求めた。だが、答えはノーだった。彼ら十二家は、見せかけの繁栄と自分たちの地位を守るために近づいてきた連中に籠絡され、アーサーを裏切ったのだ」
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