第30話 一族の秘密 part2 ~アン独白~

 ジョシュに手を握られたあたしは、電流が流れたような衝撃を受けたと同時に白い光に包まれ、何も見えなくなってしまった。


 やがてぼんやりと視界が元に戻ってきたんだけど、そこはさっきまでの白猫亭ではなく、見たこともない部屋の中に立っている事に気がついた。

 驚くほど天井が高く広々とした室内は複雑な柄のふかふかの絨毯が敷かれ、革張りのソファーや明らかに年代物の大きな机、細かい装飾が施された二つの大きな本棚、豪華な天蓋付きのベッドなど、映画でしか観たことのないようなインテリアで統一され、ここがただの成金向けのリッチな部屋じゃないことがわかった。

『ここって……いったいどこ?』

 その時だった。


 ガチャリ。

「失礼いたします」

『!!!!』

 途方に暮れているあたしの背後で突然扉が開く音がして、おそるおそる振り返るとそこにはがっしりとした体格のスーツ姿の中年男性とまだ十代半ばに見えるインド人らしき少年がいた。

「間もなく空港へお送りするお車が参ります。ご支度の方は宜しいでしょうか、ジョシュア様」

 その男性はそう言うと、頭を下げた。少年もぎこちなさそうにペコリと頭を下げた。


 ジョシュア様?困惑したあたしは、部屋の大きな窓ガラスに映った自分の姿を見てぎょっとした。

 そこにはノーネクタイに細身のスーツ姿で、少しやつれた表情のジョシュがいたんだ。

『ナニコレ?あたし、ジョシュになってるじゃん!!と、言うことはここはイギリスのお城ってわけ⁉︎』


「ジョシュア様……?」

 戸惑うあたしを見て不可解そうな顔をする男性から目をそらし、慌てて何をしゃべろうかと考えたけど、思いもよらぬ言葉が先に飛び出していた。

「ああ、レスター……大丈夫だよ……ありがとう」

『このレスターって誰?ジョシュの知り合い?』


 ジョシュが少しかすれた小さな声で話すのを、あたしは内側からなんだか不思議な感覚で聞いていた。


「ほんの少し、めまいがしただけさ。大丈夫」

「ジョシュア様、ご無理をなさらないでください。まだアーサー様のご葬儀から幾日もたっておりません」


 ……え、アーサー=太郎おじちゃまが亡くなったって報道されてたのは、確か昨年の今頃だったはず。という事はあたしは今、ジョシュの過去を体験してるってこと?


「ああ。実感が無かったけど、本当に亡くなったんだな……」

「まことに。私も執事として長年お仕えしてきて、まだ信じられません。お疲れでしょうし、ひとまずコートダジュールの別荘にでも滞在して、ゆっくりとご静養されるのがよろしいかと」


 えー!ジョシュ、お城を出て行っちゃうの?

 で、このレスターって人は執事さんな訳ね。

 こっちの男の子は誰なのかしら。

 それに……コートダジュールってどこ?


「そう、だな……この城を離れるのは心残りなんだが……」

 ジョシュがそう言うと同時にあたしの意識の中にベッドに横たわる老人ーー写真でしか見たことの無い太郎おじちゃまーの姿が浮かび上がってきて、あたしは息を呑んだ。

 おじちゃまは思っていた以上に疲れ果てた様子で……それでも一生懸命、ジョシュに話しかけていた。

『ジョシュア……せめて、おまえだけは……自由に……』


 絞り出すような太郎おじちゃまの言葉を聞いているうちに、あたしは胸をぎゅうっと締め付けられるような深い悲しみと絶望に襲われた。


「レスター。亡くなる前におじいちゃんがこの部屋で何を調べていたか、見当はつかないか?」

「いいえ……。アーサー様は詳しい内容は私たちには何もおっしゃいませんでしたから」

「おじいちゃんが言ってた追放された者……わがウォルズリー一族の歴史にそんな者はいなかったはずだ。一体何を伝えようとしていたんだろうか。それに守護者ノーラって、あくまで物語じゃないのか……?」

「医師や看護師はアーサー様は意識が混濁されて、妄想を見られていたのでは、と申しておりましたが……」


 その時、インド人の少年が思いつめたような表情で口を開いたんだ。


「あの、よろしいでしょうか、ウォルズリー様」

「君は……ああ、久しぶりだな!ジョシュアでいいよ、シン君」

「それでは私のこともシッダールトとお呼びください、ジョシュア様。

 アーサー様のこと、お悔やみ申し上げます。三年前、私が逮捕された時、助けていただいたご恩に報いることができず、本当に申し訳ありません」

 そう言うと男の子は深々と頭を下げた。


「気にすることはないよ、シッダールト」


 ジョシュアは優しい笑顔で微笑んだ。

 うーん、わが親戚ながらキレイな顔よねえ。

 この笑顔を見たら、みんな味方になっちゃいそう。

 あたしはいらないところで感心してしまった。


「わずか十二歳でロンドン警視庁スコットランドヤードのコンピューターに不正アクセスして逮捕された天才ハッカーがレスターの知人の息子だと聞かされた時は驚いたが、行方不明の父親の手がかりを探していたと聞けば手助けもしたくなるよ。今は飛び級でオックスフォードに進んだんだっけ?」

「はい、私を自由の身にしていただいただけでなく、父が亡くなり困窮していた我が家を全面的に支援していただいたおかげで、好きな勉強を存分にさせていただいています」

 シッダールトはそういうと、恥ずかしそうにはにかんだ。


 この子も可愛いわね。でも十二歳って小学生でハッカー⁉︎

 で、今は十五歳で大学生って……やだ天才じゃないの!!!


「ジョシュア様。私にできることでしたら、なんでも協力させてください!」

 感極まったシッダールトの眼は今にも涙がこぼれ落ちそうで、あたしももらい泣きしそうになっちゃった。

 ジョシュはシッダールトの肩をポンっと叩くともう一度微笑んだ。

「ありがとう、シッダールト」

「それではジョシュア様、お車が参りましたらお迎えにあがります」

「ああ、悪いな、レスター」


 二人が出て行った後、ジョシュはアーサーおじちゃまの机に座り、引き出しを開け始めた。

「やはり何も残されていないか。おや?これは……」

 一番下の引き出しの奥からジョシュが取り出したのは、古い小さな組み木細工だった。

 様々な種類の木片を組み合わせて作られたそれは、作られてから随分と長い年月が経ったのを感じさせるが、色あせる事なく美しく、大切に保存されてきた事がよくわかった。


「これはおじいちゃんが僕に作ってくれたものとは違うな……」

 そう呟いてジョシュがあちこち触っていると、突然、組み木細工がカチカチと動き出した。

「なんだこれは!」

 ジョシュがーもちろんあたしも一緒にねー驚いている目の前で組み木細工の四方から光があふれ出したと思うと、その光に呼応するように部屋の二つの大きな本棚が静かに左右に動き出した。


「いったいどうなっているんだ……!」

 呆然としていると、やがて本棚が移動したその背後に扉が出現した。

 あたしはこれは絶対ヤバイ!と思ったんだけど、ジョシュはまるで導かれるかのようにふらふらと扉に近づいてゆき、手が触れた瞬間ー


 扉が大きく開かれ、あたしたちはその中に吸い込まれてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る