【短編】死神さん

NAOKI

死神さん


 「遅かったじゃない。ちょっとお客様が来てるから、すぐに着替えてきて」


 祐一が学校から帰宅し、玄関で靴を脱いでいると居間の奥から母親の声がした。

 なんだよ部活で疲れてるのに、と渋々自室へと階段を上る。


 着替えて来いって、俺にお客様ってことか?

 心当たりも無く、不可解な気持ちのまま、着替えを済ませて階下のリビングに向かう。


 リビングのソファには、サラリーマン風の男性が一人座っている。皺ひとつない新品のスーツを着て、ネクタイは緩めることなく襟元までしっかりを締めている。真面目な役所の職員といった風貌だ。年は40歳前半ぐらいだろうか、俺ではなく父親の客じゃないのか、と祐一は思う。


 キッチンでお茶を入れていた母親が、俺も含めて三人分の湯呑み茶碗をテーブルに並べ、男の正面に座る祐一の隣に腰かけた。


 男は、有難うございますと丁寧に礼を言いながら、熱そうに茶碗の端を持つと、息を吹きかけ冷ましながらお茶を一口すする。


 会話のきっかけは母親が作った。


「この人、らしいの。でね、祐一を探してるっていうんだけど・・・」


「はあ?死神って何だよ。つーか意味わかんねぇ。俺って死ぬの?」


 そもそも、ってなんだよ。死神を「さん」付けするか。

 それよりも、こんな得体のしれないヤツを家に上げるか、普通。


 祐一は、自分の母親は詐欺に騙されやすいタイプなのかもと少々心配になった。


 母親が経緯いきさつを話してくれる。

 仕事から家に帰宅すると、自宅の前でウロウロしている男性がいた。不審に思ったが、明らかに我が家に用がありそうだったので、何か御用ですかと聞くと、自分は死神で祐一を探してるのだと男は言ったそうだ。新手の詐欺か悪戯いたずらかと思ったが、信用していただけませんよねと言いながら、いきなり死神が脳に直接イメージを送り付けて来たらしい。


「ご面倒ですが、祐一にも同じことしていただけますか」


 死神は、そうですねと答えながら、祐一をじっと見つめた。

 眼を開けたまま何かを想像をしているかのように、頭の上方で醜怪な像が結ばれる。黒い法衣を身に着けミイラのように痩せこけた男が、そこに立っている。目元は黒く穴が空いており、眼球がない。

 祐一は驚いて腰を抜かしたが、案外冷静に、腰って抜けるものなんだな、と思ったりしている。


 すみませんねぇ、私も死の世界の者なので、なんか、正体はあんな感じなんです。


 普通は人には見えないのですが、今回は事情が事情なので、目立たない様に姿を変えて人前に姿を現しているのです、と男は恐縮しながら頭をく。

 祐一も、ひとまずは、この男性が死神であるという前提で話を進めようと思うことにした。


「で、俺になんか用なんですか。お迎えに来たとでも」


「ええ、まあ。お母様にもお話したのですが、こちらの情報と食い違いがありまして。念のため確認をさせていただこうと。通常は死んでから我々死神と面会という形になりますので、生前にお会いするなんてことは異例中の異例なんですが、万が一間違いを犯していたら大変な事態になりますのでね」


「食い違いってなんですか」


「祐一さんは、こちらの情報ですと、小学校卒業後、A大学付属中学に入学し、そのまま付属高校に進学されて、今、高校2年生ということになっておりますが」


「おれA大付属なんて行ってないよ。普通の公立高校だし」


「ですよね。そこが食い違いでして。私共の予定では、本日の午後3時頃、A大学付属高校の正門前の交差点で、脇見運転の車に跳ねられて死亡となっていましてね。私も事前に現場で待機していたのですが、実際、事故は起こったのですが、祐一さんがいらっしゃらなかったもので」


 死神さんは、それで仕方なく自宅まで訪ねて来たのだと言う。

 祐一はなんか馬鹿にされているようにも感じた。A大付属とか、そんな偏差値の高い学校に行けるわけがない。なんだ、死神の情報ってヤツは。


「そう言われても。そんな時間に関係のない場所にいるわけないし」


「そうなんですよねえ。そこが食い違っている所でして。私としては祐一さんをあちらの世界に連れていく役目がありますので、なんとも困りましたな・・・」


 男は頭を掻きながら、何やら独りでブツブツと言っている。どうやら頭を掻くのが癖らしい。

 黙って話を聞いていた母が口を挟む。


「貴方が死神さんであるとは、私はまだ信じておりません。仮に本物の死神さんだとしても、全てはそちらの手違いでしょうから、私たちに出来ることは何もありません。予定通りにいかなかったからと、別の形で祐一の命を差し出せと言われても、責任はそちらにあるのですから、さすがにプロの死神として甘すぎやしないかと思います」


 祐一もその通りだと思うが、どうも死神と話をしている実感が無い。


 なにやら、通販で行き違いがあった時のような問答になっている。

 もう食べちゃいましたから返せと言われても無理です、みたいな。


「お母さまの仰る通りですね。分かりました。今回のことは無かったということで」


 死神さんが言うには、人間には個人毎に運命録というものがあり、その人の人生はあらかじめ決まっているのだそうだ。ただ、理由は不明だが、稀に死神界で言うところの”干渉”という現象が起き、運命が変わる時があるという。そのような事態になったとしても時間が経てば自動的に運命録は書き換わる。死神としても、運命録にしたがって現場対応を行っているに過ぎず、そこに手を加えたりは出来ない。

 人間のサラリーマンと一緒ですな、と死神さんは苦笑していた。


「今回の件はとりあえず報告を上げて、あとは運命録が書き換わるのを待つとことにします」


 そう言って、死神さんは帰っていった。


 その日の晩、祐一は父と母に呼び出され、真相を告白された。


 祐一が生まれた時、実は一卵性の双子だったそうだ。兄を祐一、弟を浩二と名付けた。ところが兄である祐一には先天性の病気があり、生後一か月ほどで亡くなってしまったという。一人っ子で名前が浩二では、何かにつけ周りから兄の存在を指摘されるだろう。そう考えて、亡くなったのは祐一ではなく浩二として死亡届けを出し、本来の浩二を祐一として育ててきたそうだ。

 両親は、今まで黙っていて済まなかった、と祐一に頭を下げた。

 

 両親としては祐一も浩二も同じぐらい大切な息子である。片方の存在を消してしまうようなことは苦渋の決断だったはずだ。それだけ浩二の将来をおもんばかったということなのだろう。


 祐一にしてみれば、実はお前は浩二だと言われてもピンとこない。双子の兄弟がいたらどうだったろうと想像してみるが、良く分からない。それに、相手は中学受験でA大付属に合格するぐらいの秀才らしいので、比較されなくて良かったかもしれないと思いもする。祐一が小6の時は中学受験などまったく考えもせず、サッカーに明け暮れていた。もし本当の祐一が隣で受験勉強していたら、相当、居心地が悪かっただろう。

 

 話を現実のことに戻せば、両親の取った行動はあくまで、この世界での行政手続きの問題である。別に死神にとどけを出した訳でもない。それが死神界の運命録とやらに"干渉”しているとは思いもよらないし、母の言う通り、どこまで行っても向こうの手違いでしかない。勝手にしてくれという感じである。


 運命録は自動的に書き換わるという話だったが、あの死神さんが持っていた祐一の運命録が、どこまで行ってものものであれば、には全く関係がない。


 いろいろ考えても無駄なので、この件は忘れることにした。




 あれから100年以上経つが、まだ祐一のところにの迎えはない。

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