第103話 ゲームマスター ㉜
私は会場の中央にある金網リングのさらに中心に立つ。
「皆、長らくお待たせした。五つのミッションを乗り越え、我との対決に辿り着いた正義と掲げる警察官。高木刑事の入場だ!」
私の実況で観客の拍手の響く中、会場に高木刑事が現れました。
「なんだ、これは!?」
当の本人は状況を理解出来ていない様子です。
「ショーだと言っただろ、観客がいるのは当然だ。今までも全て巨大モニターで観戦していた」
「こんな残酷なことを、こんな大勢が楽しんでいると言うのか…?」
高木刑事が驚いているのは観客いることよりも、その量のようですね。会場を埋め尽くすほどの人数いるとは思いもしなかったでしょう。こんなのネット観戦者を含めたらほんの一部ですけど。
「観客が大勢いても高木刑事と戦うのは我一人、そして勝てば解放される。そのルールに変わりはない。まぁ、オミズとの共闘は出来なくなったがな」
「そうだっ…」
高木刑事は見回してオミズさんを探しますが、当然ここにはいません。
「磯野さんは何処にいる?」
「オミズは裏ミッションを達成したことにより、ゲームをクリアした」
「裏ミッション!?…磯野さんにもあったのか」
「裏ミッションの内容は一人一人違う、オミズに授けたのは『ベッドのある部屋で性行為を行う』。つまりこれのことだ」
巨大モニターに休憩室での2人の性行為の様子が再生させる。
「なっ!?……」
高木刑事は恥ずかしさからか間抜けな顔で口をパクパクさせています。
「そんな恥ずかしがることは無いぞ、デスゲームでは良くあることだ。色仕掛けはオミズの得意とするところだしな」
スレンダーなのでペチャぱいとか言われていましたが、守ってあげたい可愛い系でハニートラップの成功率は結構高いそうです。
「得意……、水商売をしていたことか…」
「それは少し違うな、お前が磯野と呼ぶ女は仮初の姿しか見せていない。彼女の正体はデスゲーマーだ」
「デスゲーマー…?」
一般人の高木刑事はピンとこないかな。
「オミズは今までにもこういった命がけのゲームを何度もクリアしている。デスゲーム専門の賞金稼ぎとでも思えば良い」
「そんな…バカな……」
「違和感を覚えなかったか?自己紹介時はか弱そうに見えたのに、後半は随分と勇ましかっただろ」
男性陣がだらしなさ過ぎて勇ましく行動するしかなかったのでしょうね。
「出場した理由も真実でない、オミズは賞金目当てに自分の意思で出場していた。自己紹介で言っていた「店のお金を盗んで暴力団に脅されたから」はデスゲーム初出場の理由だ。オミズは今回のとは言ってないから嘘でもないがな」
私もなのですが、デスゲーム中に過去話をする時は完全な嘘は出来るだけさけます。質問をされた時に矛盾が出来たり返答に戸惑うと怪しまれるからです。オミズさんも同様の理由で実際の過去話で誤魔化していました。
まぁそれでも、第三ミッションの嘘の開示は私の贔屓と思われてしまいそうですね。
「……では磯野さんが裏切り者…、お前の仲間だったのか」
「それも違うぞ。オミズは同業者ではあるが仲間ではない、彼女はフリーランスなのでな」
プロと同等のデスゲーム出場経験がありながら、会社に雇われずアマのデスゲーマーで居続ける者をフリーランスと呼びます。
フリーランスのメリットは、会社の規則に縛られない点と難易度の低い素人企画にも出場可能な点。
デメリットは、デスゲームと聞いて出場したのに実は殺戮拷問ショーでした、なんてハメられることもある点ですね。まさに今回の様に、ふふっ。
「フリーランス……、わけが分からない……」
苦悶の表情で頭を抱える高木刑事。つい先程愛し合った女性が常識的には意味不明な存在なのですから仕方無いですね。
でもお客さんの一部は盛り上がっています。
高木刑事の苦悶を楽しんでいる人達と、通路での会話を聞いてオミズさんの正体を予想し合ってた人達。前者は殺戮拷問ショー愛好派で後者はデスゲーム愛好派でしょう。
因みにオミズさんが私を「紅ちゃん」と親しげに呼んでいたのは、過去に脱出系のデスゲームで一緒になり協力して共にクリアした事が切っ掛けで、個人的にも交友があるからです。
「そんな悩むことなどないだろ。短い間とは言え愛し合った女が無事に解放され大金を得たのだから。お前のことは置いて行ったがオミズは幸せに暮らすさ」
当たり前ですがこれは慰めているわけではありません。母親が家族を捨てて金持ちの男のところへ行ってしまった経験を持つ高木刑事は、憎悪の籠った視線を向けてきます。
でもまだ足りませんね、もっと私を憎んでもらいましょう。
「とは言え高木刑事も一人では心細いだろ。お前が信頼出来る助っ人を用意した」
「助っ人だと…?」
私は高木刑事が入って来たのとは違う通路を指さす。そこから1人の女性が姿を現します。
女性を見て高木刑事は目を見開き走って駆け寄る。
「
「お兄ちゃん!」
助っ人は妹の高木 珠代さん。育ててくれた祖父母は既に他界しているので高木刑事にとって唯一の家族と言える存在です。
「何故ここに居る?」
「分からないのっ!お兄ちゃんの携帯からメールがあって、書いてある場所に行ったら……その
「氷川と同じ…」
「気づいたら知らない部屋に居て、さっき黒ずくめの男に無理矢理ここに…」
妹さんを連れて来た方法は氷川刑事とほぼ同じです。同じなのはそれだけでなく、
「珠代…その首の…」
「気づいたら付いてたの、何なのこれ…?」
首輪もちゃんと付いています。しかし妹さんにはデスゲームであることも、ここまでの状況も一切見せていません。
「貴様どういうことだぁ!!」
震えるほど激怒し声を荒げる高木刑事。
「助っ人だと言っただろ。兄妹2人力を合わせてかかってくるがいい」
「妹は関係ないだろ!」
「確かにお前の妹は犯罪者でもなければ警察官でもない、賞金目当てでもなければ悪を捕らえる正義を掲げてもいない」
ついでに言うと妹さんの仕事は介護職。育ててくれた祖父母への感謝から就職したそうです。調べた情報から見るに本来ならデスゲームとは関わることのない人でしょう。
「ここにいるのは高木刑事の大切な家族だから。ただそれだけだ」
兄がポンコツ刑事でなければ。
「ふざけるなぁっ!」
叫ぶと同時に腰後ろのベルトに収めていたモノを取り出し私に向けてきました。
「…第四ミッションで使用した銃か」
第四ミッションのロシアンルーレットでは、パチンカスは首輪爆弾で死にましたから使えると考え持って来たのでしょう。
「妹を解放しろ」
「高木刑事、まだ最終ミッションは始まっていないぞ」
「今すぐ解放しろ!」
「まずはルールを聞け」
「何がルールだ!裏ミッションなんて後出しがあるのに聞く必要がどこにある!」
現状から振り返れば高木刑事がそう思っても仕方ないですが、そうならない為の分岐点はちゃんとありました。
「お前が氷川刑事を助けなかったのが悪いのだろ」
「何だと……」
「第二ミッションのトロッコ問題で直ぐ氷川刑事を助けていれば、裏ミッションは意味をなさない」
裏ミッションを授けた三人は死にますからね。
「それに第三から第五ミッションは相棒となら2人でクリア出来るようになっている」
第三の
第四のロシアンルーレットでは人形を二つ置き四人として行う予定でした。身代わりと三発撃ちのルールは無しにして、順番は当人達に決めさせるつもりだったので50%の確率で2人でクリア。
第五の各ステージは氷川刑事なら苦戦せず通過できるので置き去りにすることなく2人でクリア。
いや~、こんなつまらないショーをする羽目にならなくてホント良かったです。
「さらに氷川刑事と2人でここまで来ていれば妹の出番はなかった。全部相棒を助けなかったお前が悪いのだよ」
「ぐっ……そんな屁理屈で誤魔化されるかぁ!」
「別に誤魔化してるわけではなく事実を言っただけだ。まぁ、撃ちたいと言うなら撃てばいいさ」
私は両腕を広げて挑発する。
それを見て高木刑事は、
「……全てがお前の想定通りになると思うなよ」
銃口を観客席に向けました。
それも想定内の行動ですよ高木刑事。
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