第63話 学園ラブコメ…? ⑨


 安藤先生について行き、着いたのは応接室。


「失礼します」


 中にいたのは五人。

 一人は学年主任の大森先生、温和そうな高年の女性教師で生徒からも慕われています。

 もう一人は伊藤先生、柔道場での出来事は全て知っているので同席しているのでしょう。

 残り三人は見覚えがありません。ソファーに寄り添って座る男女とその横に立つ男性。

 

「昼休み中に悪いね清白さん、とりあえず座って」

「はい」


 大森先生に促され、男女と向かいのソファーに座る。


「こちらは近衛夫妻」

「天晴の父、近衛 春治しゅんじです」

「母のさくらです」


 …近衛君は母親似ですね。


「清白さんに来てもらったのは、今行方が分からなくなっている近衛 天晴君について話が聞きたいからなの」


 これで別の要件だったら驚きですよ。


「構わないかしら?」

「構いませんが、そちらの方は?」


 私は夫妻の隣に立つ男性に視線を向ける。


「彼は高木たかぎ刑事。天晴君の捜索を担当しているそうよ」


 高木刑事は軽く頭を下げるだけで、自分からは何も言いません。

 

「刑事が一緒だけど、清白さんを疑ってるとかじゃないからね。協力してほしいだけだから緊張しなくていいわよ」

「分かりました」


 言われなくても私の平常通りです。


「それで、私に聞きたいこととは?」

「天晴の、息子の行方について何か知らない?」


 近衛君の母親、桜さんがド直球に聞いてきました。


「何も知りません」

「何でも良いの!どんな些細なことでも!」


 前のめりで訊いてくる桜さん。冷静な状態ではないようですね。

 息子が行方不明になって3日目、最悪死亡も考えられる状況。

 無理ないのかもしれません……共感は出来ませんが。

 私に言えるのは、


「近衛君の行方について私は何も知りません」

「もっとよく考えて…」

「落ち着け桜」

「でも…」

「旦那さんの言う通り、落ち着いてください奥さん。そんな聞き方では清白さんも何を言えばいいが分かりません」

「質問は私がするから、桜は聞いててくれ」

「はい……」


 父親の春治さんは比較的冷静のようですね。


「清白さん、順を追って質問させてほしい」

「どうぞ」

「まず、月曜日に君が天晴から交際を申し込まれ、それを断った。という話を聞いたんだが、本当のなのかな?」

「はい、事実です」

「詳しく聞かせてくれないかな?行方に関係有り無しは考えず事実そのまま」

「分かりました」


 月曜日の朝、机に封筒が入ってたところから話しましょうか。まずデスゲームの話手前まで。


「……天晴はそんな愚直な告白をするのか…。人間関係は器用なやつだと思っていたんだが…」

「天晴は真面目で真っ直ぐな子よ」


 …漫画とかにいますね、人間関係を器用に振る舞えるのに、本命には愚直になってしまうキャラ。


「一つ割り込んで質問させてもらっても宜しいでしょうか?」


 ここで初めて高木刑事が言葉を発しました。


「どうぞ」


 私が許可を出すと、顔を顰める高木刑事。私に言ったのではなかったのでしょうか…?


「天晴君からのラブレターはまだ所持しているかな?」


 やっぱり私への質問じゃないですか…。


「手紙は捨ててしまいました」

「…どこに?」

「家のゴミ箱ですが、燃えるゴミの日に出してしまったので回収は無理です」


 私の言葉に奥さんが、「天晴のラブレターが燃えるゴミ!?」と驚いてます。…紙ですから、間違っていませんよね。


「…そうか。春治さん、続けてください」

「天晴の愚直な告白を断った、それで…」

「何で天晴の告白を断ったの?」


 旦那さんの言葉を遮って奥さんが質問してきました、これは疑問というより自分の息子がフラれたことが気に入らないだけでしょうね。

 正直に「興味がないので」と答えるとモメて無駄に時間をとってしまうのは分かり切っています。

 ここは一先ず、


「好みのタイプではないからですね。私は強く逞しい大人な男性が好みなので」


 こう言っておきましょう、嘘ではありませんし。


「それは確かに、天晴とはタイプが違うな」


 旦那さんが先に納得し、


「そうね…好みは人それそれですものね……」


 奥さんも納得してくれました。


「それで月曜日での話は終わりなんだね」

「…いえ、私が断ると近衛君は……」


 近衛君が人殺しを見るのが好きな変態であることを、ご両親は知っているのでしょうか…?

 デスゲームのことは省くにしても、ここは話すべきだと思えます。私と近衛君がそれなりに長く話をしていたことは知られていますから。

 しかし、ご両親が全く知らない場合、非難される可能性もあります…。


「…言いづらい話なの清白さん?」


 大森先生が私の内心を察したように聞いてきました。

 …ここはまず同意しておきましょう。


「そうですね。クラスメイトや他の女子に近衛君とのことを色々聞かれましたが、この点はあえて話さなかったんです」

「…そうなの。でもご両親はそういう話を聞きたいの」


 大森先生の言葉に二人も頷く。

 では仕方ありませんね。


「近衛君から過激なホラー映画の鑑賞が趣味だと打ち明けられました。特に人が人を殺す作品が好きだと」


 話した瞬間、他全員がギョっとしました。

 思っていた内容と違ったのでしょう。

 普通は告白で「人が殺されるのを見るのが好きだけど、殺す人を見るのも好きなんだ」なんて絶対言いませんからね。

 ですが、旦那さんと奥さんと高木刑事は直ぐに何かを考えるように俯きました。

 心当たりがありそうです。


「清白さんが言ったような趣味が、天晴君にあるのですか?」


 大森先生が一早く驚きから立ち直りご両親に訊きました。


「誤解です!天晴は映画が好きで過激なホラーも見るけど、それだけが好きなわけじゃないわ!」

「天晴がそう言ったのだとしても映画の話です。今の言い方は語弊がある」

 

 ホラー映画が好きってことは知ってるようですね。…気になるのは高木刑事の反応。近衛君と会った事もないのに心あたりがあるとしたら、


「近衛君の部屋に何かありましたか?」


 私が視線を向けて訊くと、高木刑事は眉に皺を寄せました。


「部外者には話せない」

「…そうですか。では話は終わりです、失礼します」


 私は立ち上がり扉に向かいます。


「待て、話はまだ…」

「意味ないじゃないですか。私の話は否定されましたし、こちらの質問には答えない。自分達の考えが正しいと思っているなら、部外者の私は居る意味がありません」

「…君は天晴君が見つからなくても良いと思っているのか?」

「論点がずれています。私が親切心で協力しているのに、貴方方の対応に問題があるという話です。あと単純に、警察というだけで自分が偉いと思ってる人は嫌いです」


 私を下に見ているから許可を出された時に、偉そうにと思って顔を顰めたのでしょう。


「では、失礼します」

「ま待って!私達の対応に問題があったなら謝るから、まだ話を聞かせて!」

「確かに協力してくれてる清白さんに失礼だった申し訳ない!でもお願いだ話を聞かせてくれ」


 頭を下げてご両親。私は高木刑事に視線を向ける。 


「…失礼な言い方をして申し訳ありませんでした。捜査の協力をお願いします」


 私はソファーに座り直す。


「では高木刑事、先ほどの質問に答えてもらえますか?」


 高木刑事はご両親に視線をむけ、2人が頷くのを見て口を開く。


「天晴君の部屋を拝見させてもらって、映画のDVDを収集していることはこちらも把握しています。ジャンルは様々ですがホラー系が多くR指定の過激な作品も複数ありました。ですが他に加虐性を思わせる所持品は無い為、映画鑑賞が趣味で好きなジャンルがホラー。これが私の見解です」


 …法に触れそうなヤバい動画は全部パソコンの中って事ですかね。でも高木刑事はパソコンを調べなかったのでしょうか?現代社会においてもっとも情報が詰まっている品なのに…。

 

「天晴は何故好きな女の子にそんな話をしたんだろうな…?」

「……清白が文芸部だからでは」


 そう応えたのは伊藤先生。


「小説が原作の映画なんて沢山ある。本当は共通の話題で興味を引きたかっただけで、だけどテンパって余計なことを言ってしまい、過激なホラー好きの部分が印象強く伝わってしまった。とか」


 すごく辻褄は合う解釈をしてくれました。ちょっと話を合わせましょう。


「…熱意が空回りしている感じだったのでテンパってたと言えるでしょうね。あと出演している女優が私に似てるとかも言っていたので、興味を引きたかったのも当たってると思いますよ」

「…テンパって興味を引こうとした結果なら仕方ないか」

「あなた、天晴の行方とは関係ないと思うから話を先に進めましょう」

「そうだな。清白さんその後は?」

「最後に「お友達からでも」とお願いされましたが断り、話を終えて別れました」

「友達すら断ったの!?」

「…まぁ、過激なホラーが好きとかいきなり言い出したら仕方ないんじゃないか」

「それは…そうかもだけど…」


 ホラー好きは問題ないんですけどね、寧ろ話は合うかもしれません。


「では翌日の火曜日…」


 ここで”キーンコーンカーンコーン”と午後の予鈴チャイムが鳴りました。


「授業が始まりますので、私は教室に戻ります」

「え、まだ話は終わって」

「タイムオーバーです」

「なっ、天晴の命が危ないのよ!」

「なら何故、質問ぐらい予めまとめていないのですか?一分一秒を争う状況だと言うなら必要なことでしょう」

「うっ、あ……、でも、学校に許可はとってるわ」

「それは学校で私から話を聞くことの許可ですよね、その時間が終わったと言ってるんです」

「時間の問題じゃなくて!」

「時間の問題です。冷静じゃない人と話をしても時間の無駄なので教室に戻ります」


 私は会話を切り上げ立ち上がりました。


「待って、清白さん」


 止めたのは大森先生。 


「早沢先生には、清白さんが遅れる可能性があるとは伝えてあるの」


 早沢先生は五時限目三年Aクラスが受ける数学の教師です。


「それで?」

「…今は授業よりも人命を優先すべき時だと思うの」

「それで?」

「…このまま話しを続けてもらいたいの」

「私は近衛君の行方について何も知らないと始めに言いました。なのに休憩時間だけでなく授業時間を潰してでも話を続けろと言ってるのですか?」

「……清白さんの話を聞く事で天晴君の行方の手がかりが見つかる可能性は零ではないと思うの。協力してもらえないかしら?」

「休憩時間だけなら協力ですが、生徒が授業を受けることを妨害するなら強要、拘束行為に値します。それは龍宝学園が下した決断なのですか?」

「…いえ、学園の決断ではなく……」

「ではなく、何ですか?」

「……」


 大森先生は黙ってしまいました。


「教室に戻ります」


 扉に向かうと安藤先生が立ちはだかりました。

 そして、


「昼休みを邪魔して済まなかった」


 扉を開けてくれました。安藤先生は多少私の事を分かってくれてますから、邪魔することはありません。


「放課後話し合いの続きを要望される可能性がある。その場合時間はとれるだろうか?」


 近衛君も安藤先生が担当するクラスの生徒、このまま行方不明は困るのでしょう。世間体というものがありますからね。

 

「…1時間だけなら」 

「助かる」

「質問はまとめておいてください」

「分かった」


 安藤先生に見送られ私は応接室を出ました。


 …1時間じゃなくて30分って言えば良かったかな…。本田さんの勧めてもらった本、面白くて続きが気になるんですよね。

  




「何なのあの!?天晴の命より授業の方が大事ってこと!?」

「天晴に良い印象を持ってないしても、あの態度は…」

「まるで自分が一番偉いかのような態度でしたね。彼女は学校で常にあんな感じですか?」

「いえ、清白さんは礼儀正しく授業態度も真面目で、成績上位の優等生です…」

「まぁ、気の強い女子生徒なのは確かだな。…安藤先生は一年の時から清白の担任でしたよね」

「はい、たまたまですが一年から清白のクラス担任を私が勤めてます。その経験から言わせてもらいますと、彼女があのような態度を取るのは相手が間違っている場合です」

「息子の命を授業より優先することが間違ってるというの!」

「清白の判断基準は道徳ではなく規則です。もし学年主任が「授業よりもここでの話し合いを優先するのが龍宝学園の決断」と言っていれば、それは学校の規則となるので清白は教室に戻らなかった思います」

「…でもクラスメイトが行方不明で警察も動いてるのよ?」

「令状がなければ関係ないと彼女は考えてるでしょう。それに昼休みだけとはいえ、クラスメイトとして協力はしてくれました」

「……安藤先生が清白さんとした会話からして、放課後ならまた話合いの続きをしてくれるのですよね?」

「一時間内という制限でなら応じてくれるでしょう」

「放課後ってことは二時間以上先でしょ」

「放課後にも話をしなければ行けなくなったのは、ご両親の質問の段取りが悪かったからです」

「私達が悪いって言うの!」

「私が言いたいのは、息子さんの為に冷静に今できる最善を考えるべき。ということです」

「うっ……あなた、どうすべきなの?」

「…天晴の為にも冷静であるべきなのは確かだ。さっき聞いた話を参考に、以降の質問もまとめ、放課後もう一度清白さんと話合おう。高木刑事はどう思います?」

「自分も同意見です。ただ彼女は警察に嫌悪感を持っているようなので、私が聞きたいことをお二人から質問してもらって宜しいでしょうか?」

「もちろんです。全て教えてください」

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