第62話 学園ラブコメ…? ⑧


 朝のホームルーム前、五里君が私を訪ねて教室を訪れました。


「昨日、馬飼が勝負を挑みに来た。俺に勝てたら清白が勝負してくれると言ってな」

「やっぱり本気にして五里君の所に行ったんですね。迷惑かけて済みません」


 …茜さんと聖華さんがけしかけたので、私が謝るのも変な話なんですけどね。


「いや、構わない。大掃除の人手が増えたからな」

「ああ、では五里君が勝ったんですね」

「当たり前だ、バスケ部に柔道で負けると思ったのか」

「文芸部に負けた人ですから」

「はは、それもそうだな。……もし今後同じように言い寄ってくる奴がいたら全員俺と勝負するよう言ってくれて構わない」

「良いんですか?」

「食堂なんて大勢の目のある場所で勝負を挑んだ俺にも責任がある」


 相変わらず真面目ですね。


「伊藤先生にも許可はとってあるし、他の部員は掃除要員が増えると期待してるぐらいだ」

「…私に言い寄って来る男子が他にいない可能性の方が高いので、そんな期待されても困ります」

「いない可能性の方が高いか…?」

「女子三大天なんて呼ばれてますから」

「…だからこそ言い寄って来る男子が増えるんだろ」

「ん?」

「ん?」

「女子三大天は、敵に回してはいけない怖い女子生徒三人、の総称ですよね」

「いや男子生徒の認識では、近寄り難い高嶺の花の女子生徒三人、の総称だ」


 どんな食い違いですかそれ!?

 本当に男子と女子で認識が違うのか、五里君が勘違いしているだけなのか…。

 今は判断つきませんね。


「…要らぬ心配かもしれませんが、勝負を挑んでくる男子がいた場合はそちらに回しますのでお願いします」

「おう、任せろ」


 頼もしく言ってくれる五里君ですが、私から見て「弱くはない」程度なんですよね。


「代わりというわけではないが、…俺が強くなったらまた勝負してくれないか?」


 …男子と言うのは完膚なきに負けても懲りないものなのですか?まぁ、上を目指すことは良い事ですけど。

 

「口先だけで強くなったと言われても相手する気にはなりません。まずは大会で結果を出してください」

「む、それは…当然の理屈だな」

「県で一位になったら、また勝負してあげますよ」

「ハードル高いな!?」

「目指すも諦めるも五里君の自由です」

「……必ず県大会で優勝する。その時は勝負してくれ」

「ええ」


 あれ……昔もこんな約束したことあったような…。




 昼休み。今日は食堂へは行かず、教室でお弁当を食べています。

 理由は昨日文芸部に行った時に本田さんが勧めてくれた小説が面白くて、休憩時間も読みたかったからです。

 こういう場合、聖華さんと茜さんは声をかけては来ません。2人は私が読書を邪魔されるのが嫌いだと知っていますから。

 ですが、当然知らない人の方が多いです。


「清白さん、僕と柔道で勝負を…」

「まず柔道部の五里君に勝ってください」

「…ゴリオに勝てれば、清白さんと交際出来るいう事ですか?」

「違います。五里君に勝てれば話を聞いてあげます」

「それは…」

「読書の邪魔です」

「わ、分かりました」


 これで今日三人目。五里君の言ってた方が正しかったようですね。

 高嶺の花だと思われていた女子生徒が「柔道で勝てれば交際してくれる」。そんな噂が流れれば、性欲を持て余す年頃の男子は「チャレンジしてみるか」となるのでしょう。

 

「ずいぶん騒がれてるようだな」


 近衛君と勝負したのは軽率でした。これではお父様に疎いと言われても仕方ありませんね。


「聞いているのか?」


 私はデスゲームで勝ち抜く為に心理学も学んでいます。恋愛心理学の書物も読みましたが、いまいちピンとこなかったんですよね。


「無視するな」


 やはり私が恋愛したこと無いからでしょうか…。


「おい!顔を上げろ!」

「五月蠅いですね。私と話がしたければ、まず柔道部の五里君に勝ってください」

「ふざけてんのかっ!本じゃなく俺を見て話せ美優!」


 呼び捨てされたので顔を上げると、


「徳彦君でしたか」 


 身長170程の中肉中背、顔立ちはそれなりに整った男子生徒。

 ですが、

 金髪に染め左頭部を刈上げたアシンメトリーヘヤー、左耳にはピアス。制服のシャツは第三ボタンまで外しズボンを腰の低い位置まで下げた着崩し方。

 昨日本田さんも言っていたやんちゃ系ファッションです。

 不良と呼ばないのは校則違反ではないから。龍宝学園ではファッションに関する校則は緩いんです。緩いと言っても最低限のルールはありますよ。既定の制服は着るとか、尖った装飾品は禁止とか。ルール内で不良っぽい格好をしているだけだから、やんちゃ系と呼ばれてます。

 

「何の用ですか?」

「ちっ……お前が騒がれてるから注意しにきたんだよ」

「私の噂が広まってますが、それが徳彦君に何か関係が?」

「清白家の名を汚すことになんだろ」

「そんな格好してて良く言えますね」

「俺の事は今関係ねぇ」


 自分のことは棚上げですかこの愚甥は。


「…同級生の交際を断ったところで、清白家の名を汚す事にはならないでしょう」

「それだけじゃねぇだろ」

「柔道部全員に柔道で勝ったことですか?お父様なら「よくやった」と言ってくれると思います」

「そんなこと…じい様なら言いそうだけど…。俺が言ってんのは「柔道で負けたら付き合う」なんて尻軽な約束したことだ!」


 尻軽?…それは浮気性のある女性に使わる言葉でしょう。彼氏いない歴=年齢なので寧ろ身持ちが堅い方だと思うんですが。

 それとも…、


「私が男子と柔道することに、Hな想像でもしてるんですか。変態ですね徳彦君」

「なっ!?やっぱりふざけてんだろ!!」

「声が大きいですよ、周りの人達の迷惑も考えてください」

「お、お前ェっ!!」


 他クラスに来てよく騒げるものですね。

 

「騒がしいと思ったら、甥っ子君がきてたのかよ」

「困った甥っ子君ですわね」

「琴宮、白鳳院…」

「茜さん聖華さん、食堂に行ったのでは?」

「行って飯食って…」

「直ぐ戻ってきましたの…」

「何かあったんですか?」

「それがな…」

「おい、俺との話がまだ途中だろ!」


 ほんと五月蠅い愚甥です。


「甥っ子君は何しに来たんだよ」

「私が男子と柔道勝負したと聞いて、Hな想像してたと報告にきたそうです」

「変態じゃねぇか!?」

「変態ですわ!?」

「違げぇよ!!「柔道で負けたら付き合う」なんて約束を破棄しろって言いに来たんだよ!」


 そんなこと言ってましたっけ?


「あれは噂に尾ひれがついただけなので」

「だったら完全否定しろよ、何で先にゴリオを倒せって言ってんだ」

「五里君を倒して、私にも勝てたら「お友達から」には成ってあげてもいいと思ってますので」

「大して変わんねぇじゃねか!」


 変わるでしょう。本田さんといい、徳彦君といい、「お友達から」をどれだけ過大評価してるのですかね…。


「美優の好きにさせたら良いじゃねぇか」

「清白家の問題だ、口出しするな」

「清白家のって……そう言や美優が政略結婚させられるデマ情報、お前が流してたらしいな」

「身内だからとて女性のそんなデマを流すのは、如何なものかと思ますわよ」

「それはデマじゃない。お前等二人だな、俺を嘘つきと言いふらしてるのは」

「言いふらしてなんてねぇよ。友達2、3人だけだ」

「私も2、3人だけですわ」

「お前等が側近に話したらねずみ算式に広まんだよ!」


 茜さんと聖華さんは女子二大グループのトップ。側近…もとい仲良い友達2、3人に情報を流すとグループ全員に伝わる。そしてグループの中には部活や習い事などで他グループと繋がりある女子もいて、情報がさらに広まっていくという仕組みでしょう。

 ……私の噂が即座に広まっているのも2人が原因では…。


「訂正しておけ。美優の政略結婚は清白家次期当主が決定事項にしてるとな」


 徳彦君の言葉に2人がこちらを見る。 

 

「訂正する必要はありませんよ。清白家現当主はそんな決定を認めていないのですから」

「お婆様も認めてることなんだぞ」

「関係ありません。私が指示に従うのはお父様だけです」


 私達の話を聞いて茜さんと聖華さんが気まずい表情になっています。…こんな身内話、学校でするものではありませんね。

 

「話を戻しましょう、徳彦君の要望は「負けたら付き合う約束を破棄しろ」でしたね。お断りします、何故なら私は誰にも負ける気がないので」

「お前っ…、本気で言ってるのか?」

「ええ、私の実力は徳彦君もご存じでしょう。寧ろ一番体感してますよね」

「…ははは、確かに甥っ子君は美優につかかっては負けてるもんな」

「勉強でも運動でも何一つ勝てた事ありませんものね甥っ子君は」

「お前等ぁ……ちっ…」


 私と徳彦君は様々なジャンルで幾度も勝負しています。

 最初の切っ掛けはとても些細なことで、徳彦君が「君じゃなく様をつけろ」と言ってきので「腕相撲で私に勝てたら様付けで呼んであげますよ」と答えたんですよね。

 徳彦君は勝つ気満々でしたが結果は、もちろん私の圧勝です

 以後、50m走・テニス・定期テスト・将棋・etc、それと学校でではありませんが武道での勝負もしたことがあります。

 全てで私が圧勝しました。

 その都度、罰ゲーム的な約束を決めています。

 茜さんと聖華さんが『甥っ子君』なんて蔑称染みた呼び方をしても徳彦君が言い返さないのは、罰ゲームでそう決めたからです。

 

「私に何かしてほしいなら勝負に勝ってからにしてください」

「でもそれだと甥っ子君もゴリオを倒す必要があるだろ」

「甥っ子君だからと言って特別扱いはよくありませんものね」

「それもそうですね。では徳彦君、今後私につっかかってくるのは五里君を倒してからにしてください」

「くっ……覚えてろよ、絶対後悔させてやるからな!」


 負け犬の遠吠えを残して徳彦君は教室を出て行きました。はぁ~、本当に見ていて恥ずかしいです。


「あれってヤキモチを焼いてるんだろうな」

「ですわね。政略結婚のデマも美優さんに男を寄せ付けない為にだと思いますわ」


 茜さんと聖華さんが小声で何か言っています。徳彦君の悪口なら小声になる必要ありませんが…。


「邪魔が居なくなったので、話を聞かせてもらえますか?」

「そうだそうだ。要点言っちまうと近衛の両親が学校に来てるらしんだよ」

わたくしと茜さんが別々に聞いたので、確かだと思いますわ」


 2人は一緒だったわけではなく、それぞれ仲の良い友達と食事をしていて同じ話を聞き、直ぐ私に伝えるべきと考え教室に戻って来たようです。


「美優が近衛の行方不明に関係してると本気で思ってる女子が、先生に適当なことを報告したらしい」

「さらに、近衛君の両親にも学校での噂を伝えた者がいるらしいですわ」

「つまり…」


 ここで教室の扉付近がざわつきました、昼休みなのに安藤先生が入って来たからです。

 安藤先生は教室を見渡し、私に目を止め真っすぐ近づいてきました。


「清白、昼休み中に悪いが時間をもらえるか」


 つまり近衛君のご両親は私に会いに学校を訪れ、先生側もそれを認めたと言う事のようですね。

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