第60話 学園ラブコメ…? ⑥


「負けはなくなりましたし、次は普通に柔道しましょうかね」

「普通に柔道…?というか疲れてないのか清白?」


 余裕綽々の私を見て伊藤先生が口を挟まずにいられなくなったようです。


「疲れてませんよ」

「いや、しかしさっきまで…」

「さっきまでのは演技です。5、6分動き回った程度でバテるような鍛え方はしていません」

「演技……強引な投げを誘ったのか…、だが内股とは分からないはず…」

「二年の時、内股が得意技だと聞いていたので」


 私の言葉に驚いたように顔を上げる五里君。


「あんな雑談を覚えていたのか…」

「私は天才ですから」

「…そうだったな。……俺の勝利はなくなったが、引き分けの場合は後日再戦で良いんだよな?」

「ええ。残り二試合を勝てればですけど」




「四試合目、始め!」

 

 今回は私も構えてゆっくり前に進み、正面から組み手をとります。そしてお互い、を狙うように小さい押し引き。

 …五里君も漸く、自分の方が上という考えを捨てたようですね。

 

 仕掛けたのは私、小外刈から体落としの連続技。

 五里は踏ん張って耐え、私の帯に腕を回してくる。

 裏投げ等の返し技と察し、瞬時に離れるように体を捌く。それでも力で投げようとする五里君に対して私も力で堪える。

 

「くっ……」


 諦めて手を放し一旦離れる五里君。力の上限はこのなものですか…。


 この後も2分ほど、技を仕掛けては凌ぎ、凌いでは仕掛けを繰り返しました。


「はぁ、はぁ、はぁ……。とても60㎏以下の女子とは思えないな」

「…重い女だとディスってます?」

「いや、柔道部的に褒めたつもりだ」

「私は文芸部です。…そんなことよりお喋りしている暇はありませんよ」


 残り時間は30秒をきっています。


「この試合が引き分けなら私の勝利が確定です」

「分かっているっ!」


 声と共に強引に内股にくる五里君。

 焦って同じ過ちですか。私はさっきと同じように内股すかしを……。いや、勢いがない…フェイント!

 五里君は低い体勢になって私の懐に入り、一本背負い。


 私の体が跳ね上がります、足の裏が天井に向くほど。

 そして、


「っ…軽いっ!?」


 五里君の前方に足から綺麗に着地しました。


「ええ、私は軽いです、よっ!」


 驚きで硬直している五里君に、今度は私が一本背負い。

 ”ズッドーン!”と今までで一番豪快な音が道場に響きました。


「い…一本!」

「三勝一分けで私の勝利。ハンデは寝技禁止だけで十分だったかもしれませんね」




「結局美優の圧勝じゃねぇか!」

「応援の必要もありませんでしたわ」

「ゴリオの上で側転してたし」

「曲芸みたいでしたわね」

「私にも出来っかな?」

「天才にしか出来ないのでは無くて」

「天才かぁ……、近衛と違ってゴリオが雑魚って事はないもんな」

「黒い帯締めてますから有段者でしょう、さらにあの体格で柔道部主将。ゴリオさんは学園男子で指折りの強い生徒だと思いですわよ」

本気まじで美優が学園最強なんじゃね?」

「……さすがに神木様には敵わないと思いますわ」

「あぁ、会長な…」




「三勝一分で清白の勝利」

「折角なので五里君にアドバイスしてあげますよ」


 五里君が落ち込むように下を向いているので、少しご教示してあげましょう。


「体重+筋肉量=力ではありません。適切な体重移動と筋肉連動を使いこなせてのです。私を60㎏以下の女子と思えなかったのは、五里君がそれらを使いこなせていないからです」

「…それは、どうすれば…?」

「詳しくは伊藤先生に聞いてください、顧問なんですから」


 私が視線を向けると、


「難しいこと言いやがる、それを言葉で説明出来たら苦労しないんだよ」


 口調が荒くなってますよ先生。


「あのっ!伊藤先生!」


 観戦していた柔道部員の一人が大きな声で呼びかけてきました。


「なんだ?」

「オレも清白さんと勝負したいです」


 その一人の言葉を聞いて、「あ、俺も」「僕も僕も!」「はい!はい!オレも」「自分も」etc……と柔道部員全員が私に勝負を挑んできました。


ってたかって女子に勝負を挑むのは、武道精神的には如何なのです?」

「……その女子が主将より強いのであれば悪い事ではない。清白さえ良ければ相手してやってくれないか?もちろん休憩は挟む」

「…一人一試合ずつなら構いませんよ」



 柔道部員は全員で7名。

 五里君を除く6名と試合し、


”ドォンっ”


”スパンっ”


”バタンっ”


”ストンっ”


”ポテンっ”


”ポテンっ”



「…誰一人として…技ありすら…取れん、だと!?」

「五里君以外は真面に柔道しても勝負になりませんでしたね」


 小細工せずオール一本勝ちでした。最後の2人は一年生だったので怪我しないよう気を使ったぐらいです。



 一通り終わって聖華さんと茜さんの元へ、


「流れで柔道部全員と試合したので、遅くなってしまいましたね」

「…いや美優、柔道部全員ぶん投げるってどんだけなんだよ!」

「美優さんを応援に来たのに、可哀そうで柔道部を応援したくなりましたわ!」


 勝手について来たくせに何で怒り気味なんでしょう?

 いや、疑問形にする必要はないですね、理由は唯一つ。

 

「私は天才ですから」





 木曜日。

 朝のホームルームで3-A担任の安藤先生が深刻な表情で皆に伝えました。

 

「近衛が昨日の朝、登校する為に家を出た以降行方が分からず連絡も着かない状態になっている」


 近衛君の失踪。


「近衛の行方について心当たりがある者、または昨日の朝8時以降に近衛から連絡があった者は職員室にきてくれ」


 予想外の連絡事項にクラスがどよめいている中、

 私の心中は、


 今日の放課後は久しぶりに文芸部に顔を出しましょう、面白い本を仕入れてくれてますかね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る