姉さん

さいとう みさき

僕をずっと守ってくれる女性‥‥‥


 その日、僕の姉は交通事故で死んだ。


 あまりにも突然いきなりの知らせに僕は何が起こったか理解できなかった。

 塾の帰り道に飲酒運転の車にはね飛ばされて亡くなったそうだ。


 その日の夜遅くに僕は両親に連れられて遺体安置所いたいあんちじょで静かに眠る姉に会った。


 最後に見た美人の姉の顔は意外なほど安らかにそして奇麗きれいだった。

 まるで今にでも目覚めるのではないかと言うほどに。


 あまりに突然とつぜんの死に両親や集まってくれた近くの親戚しんせきは涙した。

 しかし僕はその顔を見ても涙することが出来無かった。




 

 そんな事が有ってからもう二年が過ぎた。




 「はぁ、この道なんだよなぁ‥‥‥」


 来年には高校受験の僕はいつもこの道を通るのがいやだった。

 この道は通学路だから仕方ないがただでさえ道幅みちはばせまく交通量が多い。

 そして結構けっこうと危ない場面が多い場所だ。

 この道では何度も交通事故が起こっているが昔からある道のせいでなかなか周りの住居が退かず道路幅どうろはばが広がる事が無かった。


 

 そしてで姉は交通事故で亡くなった。



 

 「もうすぐかぁ‥‥‥」


 いつも通るその場所は母が毎日と言っていいほど置きに来る花束がある。

 そこには今日も奇麗きれいに花がえられていた。


 理不尽りふじんなそして一瞬いっしゅんだった出来事できごと


 たとえ二年の時間がとうとも僕たちにとっては昨日の様に思い出せる。

 だから母は未だにここへ来る。

 姉さんが亡くなったここへ。


 僕はその花束を見る。

 そして聞こえてくるあの声‥‥‥



 『車来てるよ、気を付けて‥‥‥』



 またあの声だ。


 いい加減かげんに慣れてしまってはいるけどここを通り車が近くを通るたびにその声は聞こえる。


 最初はその声におどき辺りを見回した。

 でも誰もいない。

 ただ、その声はあまりにも僕にはひたしい人の声だった。



 「姉さん‥‥‥」



 僕たち姉弟していの関係は良好だった。

 いや、ものすごく仲が良かった。

 何時も一緒いっしょにいて何かあれば相談にも乗ってくれていた。

 やや年の離れた姉はいつも僕を気にしてくれていた。

 それは過剰かじょうなほどに。 


 姉が亡くなったのは高校二年生の時。

 僕はまだ中学一年生だった。


 あの頃は優しい美人の姉がいると言う事で思春期に入る頃の僕の仲間たちは大いにうらやましがった。

 他にも姉を持つ友人はいたが僕たち程に仲は良く無かったらしい。

 しかし僕の姉は僕が遊びに行く時には一緒いっしょについて来た事が有るほどだった。

 だから仲間内からは更にうらやましがられ、そしてシスコンと馬鹿にもされた。


 今となってはそんな事も良い想い出にしかならない。 

 僕は誰とに無くつぶやくように答える。



 「分かっているよ姉さん、気を付けるよ‥‥‥」



 ふっと笑うような雰囲気ふんいきがした。

 きっと僕が大丈夫なのを聞いて安心しているのだろう。

 姉は心配性な所も有ったから。



 僕はいつもの様に帰宅をする。



 * * * * *


 

 その後も相変わらずこの道を通り車が近くを通るとあの声がする。

 更に車が近くを通る時には引っ張られるような感じがする時さえある。


 どうやら心配性の姉は声だけでなく危なければ僕を引っ張ってくれている様だった。



 『車が来たよ。危ないから気を付けてね‥‥‥』



 またあの声がする。

 僕は何となくり向いてみた。


 だが勿論もちろんそこには誰もいない。


 

 「姉さん‥‥‥」



 姉は本当に心配症だったのだろう。

 死んでもう何年もたつのに僕の事を気にしてくれている。



 そんな僕も受験勉強で塾通いを始めた。


 だから夜道などでは必ずあの声が聞こえてくる。

 たとえ近くを車が通らなくても。



  

 そんなある日の夜だった。

 普段ならもっと早く終わるのだが塾の帰りがやたらと遅くなった日だった。

 街灯がいとうもまばらなこの道。 


 「まさかここまで遅くなるとはな。早いとこ帰らないと母さんが心配するな」


 僕はあの道を急いで帰る。

 そして気付く、今日はめずらしくこの道は車が少ない。

 いや、むしろほとんど走っていない程だった。

 

 奇妙きみょうな事もあるもんだと思いながら僕は暗い夜道を足早に歩く。

 普段ならこんな時間でもここは車の通りが多いはずだった。


 

 すると前から一台の車がやって来た。



 だが様子がおかしい。


 その車のライトがやたらとゆらゆらと揺れている。

 気になりよくよく見ると高齢者マークの付いた車だった。


 危なっかしいその車は黄色の中央線をまたいだりしている。

 そしてカーブの所で止まるかと言うほどのブレーキをしたり急発進したりしている。



 「大丈夫なのか、あれ?」

 

 思わずそうつぶやいてしまう。

 向ってくるその車を見ながら僕はちょうど姉が亡くなった場所に来ていた。

 今日も花束が置いてある。



 と、いきなり後ろから押された気がした。


 

 ドンっ! 



 「うわっ!!」




 ぶぅうううぅぅぅんんっ!!



 道路に押し出されるかのように僕はつんのめり車が来るのに道路に倒れてしまった。

 しかし次の瞬間しゅんかんやって来た車は僕がいた姉の亡くなった場所にブレーキをかける事無く突っ込んで行った。




 どがぁんっ!!




 危なかった。

 その車はかなりの勢いで突っ込んだ様だ。

 きっとブレーキとアクセルを間違まちがえたにちがいない。

 そしてその車が突っ込んだ場所は‥‥‥


 

 姉の亡くなった場所だった。



 車が突っ込んだその場所に献花けんかされていた花束が宙にう。

 

 僕は道路に倒れたのが逆に幸いして無傷だった。

 そしてあまりの出来事におどろきその場所をり向く。



 花びらが宙をまだっているそのかげに姉と同じブレザー姿を見たような気がした。


 しかし花びらが地面に落ちる頃にはその姿は無くなっていて耳元であの声がする。



 『車が来てるよ。気を付けてね‥‥‥』



 僕はその声をき思わず涙が込み上げてきた。

 最後に姉さんの遺体を見た時も葬儀そうぎの時も姉が死んだことが信じられず涙する事すらなかったのに!




 「ねぇさぁぁあああぁぁぁんっ!!」



 姉さんが僕を助けてくれた。

 いつも優しく面倒めんどうを見てくれたあの美しい姉さんが。

 涙があふれる。


 そして思い出したくもないあの光景がよみがえる。


 最後に見た姉さんの顔は半分はきれいだったがもう半分はつぶれ見るにえないモノになっていた。

 僕はそれを受けいらられず、そして残った美しい顔の姉だけを求めた。


 しかしどんな姿になっても姉は僕を助けてくれる。



 大きな音だったので交通事故に気づいた近所化人々がやってきた。

 道行く車も止まってこの事故の手助けをしてくれる。


 そして泣きじゃくる僕を誰かがき起す。

 何か言われたようだったけど姉さんのおかげで助かった僕は只々泣きじゃくっていた。

 

 警察が着て消防隊まで来た。 

 そして何処どこもケガしていないのに救急車を呼び運ばれる僕。

 しかしそんな僕の耳元にもう一度あの声がする。



 『気をつけてね‥‥‥』



 僕はまた泣くだけだった。



 * * * * *



 あれから数年が過ぎ僕は姉と同じ高校二年生になっていた。


 あの道のあの場所へはあの後僕も花束を持って行く。

 母さんも来ているが僕が献花けんかするようになっても久しい。


 そしてここを通り車が近づくたびにあの声がする。



 『気を付けてね。車が来てるよ‥‥‥』



 僕は今日も花束を置く。

 そして手を合わせたから学校へと向かって歩き出す。。

  

 するとまたあの声が聞こえる。

 既にれっこの僕だったが何故なぜか今日はその声が良く聞こえる。 



 『気を付けね。車が来てるよ‥‥‥ でも今度のは‥‥‥』



 いつもの声なのに今日は最後がちょっと違う。

 

 気になって僕は振り返る。

 そして見てしまった。

 見たくないモノ、僕が記憶の奥底に押し込めようとしたもの。 



 が真後ろに立っていたのを。




 「うわぁっ!」



 思わず声をあげてしまう。

 すると僕を押すかのようにその姉が手を伸ばす。


 ドンっ!



 おどろく僕はその姉に突き飛ばされる。

 その瞬間しゅんかん僕は思う。



 ―― そんな姿になってもまた僕を助けてくれるの? ――



 そう思った次の刹那しゅんかん、僕の体に激しい衝撃しょうげきと表現できない程の痛みが走る。

 そんなの今までに味わった事の無いほどのモノ。

 目に映る風景が一気に変わる。


 そして意識が飛ぶ瞬間またあの声が更に更に鮮明に聞こえた。



 『気を付けてね。車が来ているよ‥‥‥ 今度こそ私のもとへ連れて来てくれる車が来ている。愛してるよ修一。お姉ちゃんはずっと修一と一緒だよ‥‥‥』



 飛ばされる僕の視界に映ったのはあの顔が半分がぐしゃぐしゃにつぶれてた姉の姿で残った奇麗きれいな顔がうれしそうに僕を見ていた。




 ―― なんで姉さん? ――

 

 そんな疑問おもいわきき上がる



 そして僕の意識は暗闇やみよに消えて行った。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姉さん さいとう みさき @saitoumisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ