A piece of rum raisin

フランク・ロイド

第 1 章 第一ユニバース:覚醒(1) 1978年5月4日(火)

 僕が女の子にも性欲がある、それも男の子に勝るとも劣らないような性欲がある、と認識したのは、僕が20才の時だった。もちろん、女の子は男の子じゃない。セックスなんてしないでも平気なことが多い。個人差があるのだ。

 僕は飯田橋のルノアールで加藤さんとコーヒーを飲んでいた。彼女は、お茶の水女子大の美術部部員、僕の大学の同級生の真理子の友達だ。加藤さんを知ったのも真理子の紹介から、ということにしておいた。しかし、事実は違う。心の声に従ったのだ。加藤さんの友達が真理子だったから、僕はまず真理子に近づいた。「あら?そういえば私の友達も美術部なのよ。お茶大の加藤恵美っていうの。今度紹介します」というので、紹介してもらった。計画的に僕はアプローチしたのだ。1978年5月4日に僕は加藤さんと二人で会わなければいけないのだ。

 何度か、真理子と加藤さんと会っている内に、僕の大学と加藤さんのお茶大の美術部で合同展覧会でもやろうか?ということになった。僕は平日だったが、5月4日でどう?と二人に聞いた。二人ともその日の午後はGWの最後で空いていた。

 真理子と加藤さんと待ち合わせをして、ダベっていたのだが、話は合同展覧会の話になる、真理子は美術には興味がない。真理子は「今日は忙しいから、2人でもっとあなたたちの展覧会の相談をしていてよ。私は音楽系なので、悪いわね」といって、渋谷の屋根裏とかいうロフトに行ってしまった。


「そっちは何点くらい展示できそうなの?」と加藤さんが訊いた。「そうだな」と僕はメモを見て「100号出したいってヤツがいてさ。その他は30号3点、20号2点、10号3点、6号5点、SM2点ぐらいかなあ・・・」「あら、じゃあ、こっちの方が多いわよ」「そりゃあ、加藤さんのところは部員も多いしね」「費用の割り方どうする?」「号数の合計ってわけにもいかないから、そっちが6割でこちらが4割じゃあどうなのかな?」「すごくざっくりした割り方ね」「こんなものは細かく計算したってしょうがないよ。それでよければ、こっちは僕が納得させるからさ」「私たちはそれでいいわ」「じゃあ、それで決まりだ」「それでね、場所は四谷の・・・」

招待状の分担、招待者のリストアップ、具象か抽象か、どう配置するか、だいたいのところを打ち合わせして、じゃあ、あとはスタジオ見てから詳細は決めよう、スタジオを見学する日は来週でいいかな?そっちはメグミがずっと担当するの?こっちが僕が担当だ、と展覧会の話はいちおう終わり。


 真理子は、大学にパンツスーツを着てきたりして、フォーマルな服装を好む。加藤さんはというと、かなりカジュアルな服装だ。今日はダンガリーの半袖シャツにデニムのミニスカート。スカイブルーのサマーセーターを首のところで結んで背中に回している。

 真理子は長髪で面長の美人だ。加藤さんは、ショートヘアで、キャンディーズのランちゃんみたいな顔立ちをしている。


 スプーンでコーヒーをぐるぐるかき混ぜている。そんなに混ぜなくてももう十分だと思うけど、ペンを指先でクルクルやるような癖かも。かき混ぜるのがすんで、彼女はカップを両手で持って、コーヒーを飲み始めた。「宮部くん?」と彼女がコーヒーカップの縁越しに僕を見ながら言う。「用事終わったのよね」

「そうだね、今日のところは」

「それで、宮部くんは帰っちゃうのよね、メグミにバイバイって言って」

「何かあるの?」

「何にもないわよ。何にもないから困っている」

「何が?」

「一緒にいる理由!」彼女は髪の毛を指で梳きながらちょっと怒ったように言った。

「いいよ、何かあるのならつき合うよ。買い物?本屋かい?」と僕は何が彼女の気に入らないのかわからなかったので、当てずっぽうで言う。

「そういうことじゃないのよ」と彼女が頭を振りながら言った。「鈍感ね、宮部くんは・・・」

「え?」

「あのね」と加藤さんが言う。「ちょっと、訊いてもいい?」

「どうぞ」

「宮部くんとマリって、どのくらいの関係なの?」

「う~ん、どのくらいっていわれてもなあ・・・週に2度ほど会って、買い物したり本屋に行ったり、だべったり、ちょっとお酒を飲んだり、という関係?」

「ふ~ん、あのね・・・」

「なに?」

「宮部くんとマリ、肉体関係ってあるの?」

「バ、バカ・・・加藤さんは何を訊くんだか・・・な、ないよ」

「キスとかは?」

「ないよ」

「じゃあ、単なる友達?」

「いや、週に2度会っているんだから、仲のいい友達なんだろうね」

「キスしたいとか、セックスしたいとか思わないの?」

「真理子がどう思っているか知らないけど、まだ知り合って3ヶ月くらいだからね」

「宮部くん、知り合う期間が長ければ、キスとかセックスとかしてもいいってことなの?」

「そういう話じゃないって・・・」

「そう」と加藤さんは言った「じゃあさ、メグミが宮部くんとエッチしたいって言ったらしてくれる?」

「おいおい・・・」

「冗談よ、冗談」

「まったく・・・」

「あのね?」

「なに?変な質問じゃないだろうね?」

「どうして、私って生理の前になると無性にセックスがしたくなるんだろう?」

「変な質問じゃないか!」

「そう?でも、どうして?」

「それって、排卵が近づいて、子供が出来ますよ、子供を作ってくださいって、体が要求しているからじゃないか?」

「そうなの?メグミの体が子供を欲しがっているってこと?」

「そうとしか考えられないよ。だから、男の子が欲しいんじゃなくて、子供が欲しいからセックスしたくなるんじゃないの?」

「そうなんだ・・・あのね?」

「また、なに?」

「いま、その生理直前なの」

「だ、だから?」

「欲しいの・・・」

「加藤さんね、キミは真理子の友達で、僕は真理子からキミを紹介されたんだよ」

「だから?」

「だから、キミは僕の友達の友達であって・・・」

「あら?メグミは宮部くんの友達じゃないの?」

「順序と階層の問題だと思うけど・・・」

「じゃ、マリよりも先にメグミと会っていたら優先順位が違ったということ?時間差の問題なの?近しさの問題じゃないの?」

「う~ん、・・・」

「だって、宮部くんはマリと何もないんでしょ?」

「そういわれれば、何もないとも言えるけどさ」

「じゃあ、メグミとエッチしたって構わないじゃない?」

「だって、僕とメグミと会ってまだ3週間くらいだよ?5回くらい会っただけだよ、それも真理子と一緒に」

「それで?」

「だから、つまり・・・」

「宮部くん、メグミとエッチしたくない?」

「急にそんなこと言われてもさぁ~」

「急だろうが、ゆっくりだろうが、したいか、したくないか、そんなことわかりそうなものじゃないの?」

「わかったよ、メグミはかわいいし、エッチしたくないって言えばうそになる」

「したいの?」

「うん、したい」

「じゃ、しよ!」

「え?いま?」

「バカねえ、ルノアールでエッチができるわけがないでしょう?」

「しよう、なんて言うから・・・」

「ここを出て、エッチできるところに行こうよ」

「どこ?」

「宮部くん、エッチしたことないの?」

「あるけど、そりゃあ、自宅とか彼女の家とかだしさ・・・」

「ウブなんだぁ~?」

「まったく、加藤さんはそんなかわいい顔して何を言い出すんだか・・・」

「あのね、宮部くん」と加藤さんが言う。「神楽坂ってさ、昔から置屋がたくさんあって、色街だったんだよ。早稲田通りの裏の三丁目や四丁目は料亭があるの。今でもあるのよ。それで、そういう色街ならラブホテルだってあるはずよ」

「なんだ、加藤さんだって知らないじゃないか?」

「知らないわよ、ラブホテルの場所なんて。だいいち、男の子にエッチしようなんてメグミが言ったのは生まれて初めてなんだから・・・」

「なぜ、生まれて初めてが僕なんだ?」

「しょうがないじゃない?急に欲しくなったんだから、宮部くんが」

「頭が痛くなってきた・・・」

「頭痛はそのくらいにしておいて、さ、ここを出ましょう」

「本気なの?」

「冗談でこんな恥ずかしいことを女の子が言えると思う?」

「思わない。わかった、出よう」


 僕らは早稲田通りの坂をあがっていった。「どこにあるのさ?その置屋とかが?」「三丁目よ、たぶん・・・ほら、ここここ。怪しいわ、ほら、この近江屋ビル、ここを右に曲がってみましょうよ」「こんな路地の奥にあるの?」「普通、大通りに面して堂々とあるわけないでしょ?」「そりゃあ、そうだ」「ほらほら、居酒屋とかあるじゃない?」「居酒屋くらいあるだろ、普通」「いくわよ」「加藤さん、なんだか・・・」「ドキドキする?私もそう」「まだ昼間だよ?」「ラブホテルって、24時間無休じゃない?」「なるほど」「ほぉ~ら、ここ、芸者新路って書いてあるわ」「ここを入っていくの?」「まさかぁ。置屋の隣にホテルがあったらおかしいでしょ?私の勘だともっと先よ」「ほんとか?」「さ、行きましょう」

僕らは細い道を歩いていった。それでちょっと広い道との十字路に出た。それで、十字路の左角に加藤さんのいうようにホテルがあった。

「うそ!」「ほら、メグミの勘を信じなくっちゃ」「だけど、加藤さん、これからどうすればいいんだ?」「メグミの見たポルノ映画の経験では、男の子がいやがる女の子の手を引いて、ガラッとホテルのドアを開けて、『休憩したいんですけど・・・』と受付の人に言うのよ」「あのさ、いやがる女の子って?」「いいから、いいから、私の手を引っ張って、入って、入って」「わかったよ」

僕はひどく小さな窓があいた受付に加藤さんを引っ張っていって、「あのぉ、休憩したいんですけど・・・」と受付のおばさんに尋ねた。「ハイ、いらっしゃいませ。2時間3500円になります」「ハ、ハイ」と僕は慌てて千円札と五百円札を窓からおばさんに渡した。おばさんがキーをくれる。「2階にあがって、突き当たりの部屋ですよ」とおばさんが言う。


 僕らはエレベーターで(なんと古びたエレベーターがあった)2階にあがり、突き当たりの部屋のドアをゴソゴソあけて中に入った。

「ほぉら、うまくいったじゃない?」と加藤さんが言う。「汗かいちゃったじゃないか」「私もドキドキものよ。生まれて初めて、男の子とラブホテルに入ったの」「うそ?」「ホント」「おいおい、加藤さんって、まさか処女じゃないだろうね?」「そうだったら?」「ええ~、うそだろ?」「うそよ、バカね」「ああ、よかった」「なんでよかったのよ?」「だって、自分からエッチしようって女の子が処女だったらどうしようかと思ってさ」「処女嫌いなの?」「好きも嫌いも、加藤さんが処女だったら、ちょっとさ、責任ってものがさ・・・」「ただのエッチだよぉ~?責任とか関係ないじゃない」「まあ、そうだけどさ」

 僕はカーテンを閉めて部屋の照明を消した。ベッドのサイドテーブルの明かりだけつける。「加藤さん?」と僕は彼女を抱き寄せた。

「宮部くん、私のこと軽蔑する?」

「なぜ?」

「だってね、友達の彼氏に『エッチしよう』なんて言って、ホテルにきちゃったんだから・・・」

「だって、加藤さんは僕とエッチがしたいんだろ?」

「うん、したい」

「僕も加藤さんとエッチしたい」

僕らはキスをして、お互いの服を脱がしあった。床に服が積み重なっていく。2人とも裸になると、僕はベッドに加藤さんを横たえた。加藤さんの横に滑り込む。キスをしながら、加藤さんが僕に触れた。僕も加藤さんに触れる。

「加藤さん、あの・・・」

「恥ずかしいから何も言わないで。『加藤さん』も止めて!メグミと呼んで。それで、濡れているなんて言ったらぶつわよ、だって、ホントにいっぱい濡れているんだから」

「わかった」

「あ!避妊はどうしよぉ?」

「こういうホテルはどこかに常備してあるはずだと思うけどね」と僕はサイドテーブルをガサゴソやった。「ほらあった」

「よかったぁ~、赤ちゃんできたらどうしようかと思ったの」

「そうしたら結婚するほかないよ」

「真理子に殺されちゃうわ」

「いまのままでも十分殺される理由になると思うよ」

「そうよねぇ、いけないことしているのかしらね?」

「だって、欲しいんだろう?」

「うん」

「じゃあ、しよう、余計なことを考えないで」


 終わったあと、メグミが言った。「わあ、よかったわ」「そう言ってくれるとうれしい」「ね、ね、宮部くん?」「あの、僕も明彦と呼んで。それで、なに?」「わかった。明彦、まだ時間あるわよね?」「あと1時間くらいあると思うよ」「もう一度できる?」「できるよ」「じゃあ、もう一度」

 結局、2時間では済まず、フロントに電話をかけた。「あのぉ~、1時間延長してもよろしいでしょうか?」とフロントのおばさんに僕は訊いた。「結構ですとも。2千円になりますが」「今支払うんですか?」「出られる時で結構ですよ」「ありがとうございます」と僕は受話器をおいた。

 メグミが枕にあごをのせて僕を見ていた。「3時間!」「うん、3時間」「飽きないわねえ、私。明彦は?」「僕もメグミとなら飽きないな」「明彦、うまいわね、慣れているみたい」「そうでもないよ。誠心誠意やるとこうなるんだ」「変な表現」「メグミのどこが感じるか、というのに集中するとこうなる」「よく私の体のことがわかるのね?初めてなのに」「でも、メグミの中に入っていれば、僕のあれがそれを感じるからわかる」「そうなの?」「そう」「じゃあ、あと、1時間、私を感じてみて」「うん」


 ホテルを出たあと、神楽坂を降りていく途中でメグミが言った。「あ~あ、やっちゃった」「そうだね」「私たち、どうなるの?真理子にどういう顔で会ったらいいかしら?」「どうしようかなあ・・・だけど、メグミの生理前の性欲が高まった時だからなあ」「あら?それだけ?」「まさか、それだけじゃないけど・・・」「だまっていよ?真理子には。それで、メグミの次の生理前にまたエッチするの」「そういうものか?それで済むかなあ・・・」「だいじょうぶだって」「だまっていようか・・・」「そうそう、沈黙は金」「でもだよ、僕が真理子とエッチしちゃったら?」「私、明彦を殺すわ。殺すかもしれない、ホント。だから、マリとエッチしてもだまっていてね、私には」「そういわれると、何もできないよ」「だったら、明彦はメグミとだけエッチしていればいいのよ」「真理子とは清い関係で?」「それでいいじゃない?」


 神楽坂を降りて飯田橋の駅に近くなった頃、どうも雲行きがおかしくなってきた。真っ黒い積乱雲が神楽坂の家並みの上からモクモクと湧いてくる。五月に積乱雲とは珍しいことだ。「メグミ、こりゃあ雨が降るぞ。見なよ、あの雲」「わ、ほんとだ。駅につくまでに降ってくるかな?」「喫茶店に入ろうか?」「そうしよう、そうしよう」


 僕らは手近の道路に面して窓が大きく取ってある喫茶店に入り、窓際の席についた。同時に土砂降りの雨が降ってくる。雷を伴っている。窓から覗くとかなり高い位置から雷光が落ちてくるのが見えて、ちょっと遅れて雷鳴が轟いた。一、二、三、四、ドド~ん。四秒。三百四十メートルかける四秒、千三百六十メートル。近い。

メグミが不安そうな顔で僕を見る。僕はメグミの手を握って「大丈夫だよ」と言ったが、僕が手を握るとメグミが体を震わせた。「あ、ピリッときた」「え、静電気か何か?」「うん、手のひらからピリッときた」「僕は静電気男じゃないけどなあ」「もう、大丈夫・・・あれ?え?」「なに?どうしたの?」メグミはギュッと握っていた僕の手を離して、両手のひらをうちわみたいに振って顔をあおいで言った。


「頭の中がピリしてきて、それで、なにか頭の中にいっぱい入ってきて、思い出すことがたくさんできた?そんな感じなの」

「なにを言っているんだい?静電気の影響か?」

「ち、違うの・・・・ヨウコさん?白衣を着て」

「ヨウコさん?ヨウコさんって、僕の部の先輩の洋子さんしか知らないけど、メグミが知っているわけじゃない。化学科だから白衣は着るよ。オカッパの小太りの・・・」

「違う!白衣を着ていて、スラッとして背の高い、髪の毛が肩まであるヨウコさん?その人の姿が浮かんでさ・・・」

「わけわかんないな・・・」

「明彦、ヨウコさん、どこに行っちゃったの?」

「おいおい、僕はそんな女性を知らないよ」

「・・・う~、わかんない。もう、いい。忘れて」

「メグミは雷と静電気で混乱しちゃったんだよ」


 三十分くらい喫茶店にいた。にわか雨もあがってきて、青い空がちらほら見えだしてきた。「さあ、メグミ、行こうか。帰ろう、おうちに」「うん、でも、今日は楽しかった」「僕も楽しかった。メグミと距離が近づいた」「ねえねえ、内緒でまた、やろ」「雰囲気もなにもあったものじゃない。即物的だよ、メグミは。まあ、内緒でしようね」「うれしい」僕らはトボトボと飯田橋駅まで手をつないで歩いていった。

雷か。そう言えば、ボクも雷に打たれたことが有る。あれは、12才くらいのこと。入学したての中学で、誰も知合いもなく、寂しい思いをしていた。金曜日の放課後、何を思ったのか、僕は学校の裏の根岸の旧競馬場に来ていた。すり鉢状の一面芝が植えてある広大な場所だった。ウロウロとしていると、廃墟になっている競馬場のパドックの下にいた。急に今日のように真っ黒い積乱雲が湧いてきた。僕は桜の木の下にいたのだが、その桜の木に雷が落ちたのだ。木の幹の手を触れていた僕は木から吹き飛ばされていたことを覚えている。


 久しぶりに唐突にそんなことを思い出した。あの時は・・・そう、金曜日の夜から土曜、日曜日と38℃くらいの熱が出て、寝こんだっけ。そして、今日のメグミのように「頭の中になにかいっぱい入ってきて、思い出すことがたくさんできた?そんな感じ」がした。しかし、全部を思い出せずにいたのだ。時折、何かの記憶が入ってきて、未来が見通せるような気がした。

 それ以来、僕は、時々おかしな行動をするようになった。誰かが僕にささやきかけるのだ。(口座を開け)とか。社会勉強だと言って、親に言って、証券会社の口座を開いてもらった。未成年のガキだったが、お小遣いやお年玉程度はある。その資金を使って、僕は株取引に手を出した。証券会社の担当者はおかしなガキだと思っていたのだろうが、親の承諾も有る。別に違法なことに手を出しているわけではない。そんなことを数年続けていると、親にも知らせなかったが、数千万円の額になっていた。

(家を買うのだ)と変な声が僕に語りかける。僕はその声に従って原宿に家を買った。事務所も。マンションも。何に使うのかよくわからないまま、最新の機材も買った。会社も設立した。未成年の僕がなぜそんな知識があったのか?よくわからなかった。


 そして、心の声が言った。「トリガーが引かれたね?」と誰かが僕の頭の中でつぶやく。「え?」と思った。「メグミが来たね」とさらに誰かがつぶやいた。「え?ええ?」


「あ!」僕は、いや、私は、今、すべてを思い出した。


 思い出した。急に、今まで開かれなかった記憶の扉があいた。


(そうだった。そうだったんだ)


 飯田橋の改札口で、僕はメグミに言った。「メグミ、もしかしたら、キミは今晩から高熱を出して寝込んでしまう」「え?明彦、何を言っているの?」「まあ、聞きたまえ。たぶん、メグミは明日と明後日、寝込んじゃうんだ。無理に大学に行こうとしないこと。明後日、木曜日の夜には熱は下がっているはず。木曜日の晩に電話する。体が大丈夫なら、金曜日に僕と会って欲しい。その時になれば、僕がこんな変なことを言うのがキミにはよくわかるはずだ」「え?どういうこと?明彦、どういう話?」「いいから、いいから。今日はこれで。愛している、メグミ」と僕は改札口で彼女の頬にキスをすると、考えをまとめるために、外堀公園に行ってしばらく歩き回った。


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