追放コーディネーターの業務記録

鈴代しらす

第1話 聖剣の勇者

 盗賊どものアジト。その隠し部屋にあった、隠し扉の先。


「すげぇ……」


 まるで精霊界に迷い込んだような幻想的な光景に、俺は思わず声を上げてしまった。


 遥か彼方まで続く、不思議な光を放つ苔に覆われた岩肌。

 その光を反射して星空のように輝く、澄み切った小川。

 少し冷たさを感じる清涼な空気は、ここが洞窟の中であることをすっかり忘れさせてしまう。


 ……何処からか、俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 俺は夢心地のまま、洞窟の奥に向かって歩き出した。


     ◇


 幸いなことに、洞窟は真っ直ぐな一本道。俺はほどなく最奥に到達した。


 そこは天井が高い礼拝堂のような空間。その中央には石造りの祭壇が設けられている。


 ……そこに突き刺さっているのは、剣だろうか?


 俺がそれに気づいた瞬間、礼拝堂に光が満ちる。


「……貴方を待っていました」


 目を焼くような眩い輝きが収まったとき、現実味がないほどに美しい女性が、俺に向かって微笑んでいた。


     ◇


「お疲れっす!」


 街道から少し離れた場所に停めた幌付き馬車。

 その荷台で報告書をしたためる私のところに、エージェントのマリアンが鼻歌交じりに帰還してきた。


「万事、上手く行ったか?」


 視線を上げぬまま、本日の任務についての報告を求める。


「はい!あの坊ちゃん、最後まであたしを放ったらかしにしたまま、『聖剣』担いで旅に出ましたよ」


 『聖剣』のあたりで、マリアンの肩が微かに震える。

 屋敷に持ち帰って兄弟たちと一悶着……という展開にも備えていたが、余計だったか。


 件の『聖剣』は、もちろん我々が事前に用意したもの。

 生前から『勇者』の選定者を自称する残念な亡霊が取り憑いた、只のマジックアイテムだ。

 剣としての性能は中々であるものの、無駄に派手な発光のせいで実用向きではないらしい。


 この亡霊は、とにかく煩い。少しでも『勇者』にそぐわぬ行動を取れば、延々と小言を言い続ける。

 ……「ざまぁ」など目論もうものなら、その結果は推して知るべし。


 その煩い以外に何の力も持たぬ亡霊は、何故かいかなる除霊も受け付けない。

 そのうえ、何度捨てても勝手に戻ってくる厄介な代物。


 知人が持て余していたので、この機会を利用して処分してやったのだ。


     ◇


「あの坊ちゃん、これからどうするんすかね?」


 報告書の続きを書きながら即答する。


「冒険者になるんだろう。本人の希望だ」


 当然、任務を開始する前に、「追放」対象者の情報は十全に集めている。


 対外的には伯爵家の末子とされているあの少年。本人も知らぬ事だが、国王陛下が市井の女性に産ませた隠し子だ。


 厄介事の後始末を押し付けられた伯爵一家は、一応は命令通りに自分たちの家族として育てようとするも……当然、どうしても腫れ物扱いとなってしまう。


 それを冷遇と受け止めた少年は、いつか家を飛び出し自由を得て、偉大な冒険者になることを夢見た。


 自立して成功を収めるだけなら、ただただ喜ばしいこと。


 しかし、少年は手に入れた力で「ざまぁ」する計画を立てていることが判明する。

 ……日記を開いたまま、机で居眠りすることによって。


 我が子同然に可愛がったとは言えないまでも、生活に不自由させたことはない。

 貴族として恥ずかしくない水準の教育も受けさせてきた。


 我が子であれば、「追放」どころか即座に始末を検討させるほどの逆恨みだが……そういうわけにもいかない。


 困り果てた伯爵閣下は、国王陛下に相談。

 文字通り自分が蒔いた種であるにも関わらず、恩着せがましく担当部署の新設を約束する陛下。


 そして、盥廻しにされた勅命が最後に届いたのが私のところだった……という次第。


 頻発する「ざまぁ」に対応するため……などというお寒い建前も聞かされたが、任務を受ける前に下調べしないわけがないだろう。


     ◇


 過日のことに思いを馳せるうちにも、報告は進む。


「盗賊どもをぶっ倒した坊ちゃんは、すぐに意気揚々とアジトに向かいました。助けた女性を近くの街まで送りもしないなんて……あれはモテないっすね」


 今回の計画は至って単純。


 彼が一人で歩いていると、盗賊が街娘を攫う場面に遭遇。

 街娘を救出し、捕らえた盗賊からアジトを聞き出す。

 向かったアジトの宝物庫の先には、不思議な空間が……


 という、しょうもない絵本のような筋書きだ。


 私としても初めての任務なので不安だったが、あいつにはこの程度の演出でも十分だったようだ。


「剣術の腕は、まぁまぁでしたね。殺陣が得意なやつらを集めましたけど、ちょっと冷や冷やしたっす」


 貴族としての教育を受けていたのなら、まぁまぁ程度に剣が使えるのは当然のこと。


 それよりも、心配すべきことは別にある。


「……盗賊役に怪我人は出なかったか?それと、これは追加報酬だ。しっかり礼を言っておいてくれ」


 人数分の銀貨が入った革袋をマリアンに手渡す。


「あざっす!……こんなに貰って大丈夫なんですか?」


 陛下の勅命で新設された部署ではあるが、割り当てられた予算はさほど多くない。

 しかし、身体を張ってくれた彼らに対する労いは、極めて重要だ。


 ……こういうところに「ざまぁ」の種は転がっている。


「気にしなくていい。今回は演出と資材のほうには、そんなに金をかけていないからな」


 陳腐な演出に留めたのは、経費削減のためだけではない。

 本当に「追放」すべきかを判断する試金石でもあった。


 ……街道から徒歩五分の洞窟に転がってる『聖剣』を有り難がるようでは、「追放」が妥当と考えるより他ない。


「じゃ、遠慮なく。……あの坊ちゃん、成功しますかね?」


 完成した報告書を仕舞い、視線を地平の彼方に向ける。


 夢を抱く少年が向かう先は、おそらく『辺境』。辿り着けば、そこが『辺境』である理由をすぐに理解するだろう。


 凶暴な魔獣に、数々の迷宮。そして、それらから得られる貴重な素材やマジックアイテム。

 ……そんなものは問題ではない。


 鍬の入らぬ硬い土に、僅かな水場。辛うじて拠点と出来得る場所は、先輩冒険者たちが全部押さえている。

 彼の最初の冒険は寝床探し。頭を下げるのか、力で奪うのか……それこそが彼の求めていた自由だ。


 貴重な品々を産出しながらも、未だに開拓が進んでいないのには、もちろん相応の理由がある。

 冒険者を目指すというのなら、当然下調べしておくべき基本情報だ。


「……さあな。まぁ、もう会うことはあるまい」


 仮に『辺境』から逃げ出したとしても、伯爵家に出戻りするほど面の皮が厚くはないだろう。


 そんな『勇者』ではないことは、もちろん調査済みだ。

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