3.11関東沿岸部より
小余綾香
第1話
あの3月11日、日本の東側で私は働いていました。「高度成長期の安普請だ。大地震が来たら駄目だな」と言われていたビルの最上階近いフロアは凄まじく揺れ、立っている人はいなかったです。
机から撒き散らされる書類を抑えながら、当初は座っていた人も、キャスターで転がる椅子から落ちるように身を屈めました。椅子達が方々へとぶつかり金属音を立て、汎用型車椅子はブレーキがかけられた儘、横滑りして行きました。
そこに更に畳み掛けるような、激しく速い揺さぶり。窓ガラスが鳴り、キャビネットは転倒。床が全力で鼓動しているように感じられ、波打つ床が抜けるのが先か、ビルが倒れるのが先か、と考えながら私はその景色を見ていました。
幸い、ビルはヒビが入ったものの無事でした。昭和の安普請は優秀でした。
当時、私が働いていたのは近隣の被災地へは災害発生後、真っ先に救援に向かう職場で、地震や嵐にも慣れた集団です。余震の中に飛び込んで働く人でも立っていることが出来ない、あの日の目の前の光景は正しく異常でした。
彼等にうずくまる以外ないなら、今は何も出来ない、と明確です。私は唯、感覚を澄ませました。そして、揺れが一段落したら始まる派遣調整について考えました。それが無意識の生きたい意思活動だったのだと思います。
その時は「地震」だけを私は考えていました。被害の中心となる県の一部エリアがあり、その周辺で交通が途絶えた状況を思い描き、何処に行くか、如何いう方法があり、何を用意しよう、被害の中心は自分のいる所か近隣か、距離があるか……と「いつも」の方法論しか頭にはなかったです。
自分が如何に予備知識、既成概念に頼った人間かを思い知らされるのは、大分、時間が過ぎてから。
ほぼ不通の通信手段、錯綜する情報、交通の混乱に、途絶えた物流。次々と課題が発生し、その規模は思考を越えました。早々に出発させる予定で組んだ先遣隊を一旦、待機させることにもなりました。
「○○の支援車両が迷った! 道がない! いる場所が判らないって」
「××は△△まで給油出来ず、進むか戻るかになってるぞ」
「とうとう□□の車は動かなくなった!」
「あそこは無線の電気も切れたんじゃないか。交信出来てない」
同業者・類業者の情報を取って来た者達が駆け回り、大声で相談するのを聞きながら、必要な物を考え、調達を手配しました。
行かなければ人が死ぬ仕事です。仮に充分な備えでなくとも送り出し、送り出されるしかありません。せめて先行したが故の失敗は後行する者が活用しなければ、と多くの関係者が思っていたと私は思います。
ですが、どうにもならないことが多過ぎた、あの時。精一杯の準備をしても、超えられない壁ばかりでした。
私が物を揃える時、送り出される準備をする人達もいます。流石にあの時は「帰って来られるかな」と本音を漏らす人もいました。あの津波の映像を見た後、その海の間際に、余震の頻発する中、赴くのですから、正常な感覚だと私は思いますが、彼等はそれを弱音と思っていたようです。
彼等がその考えを抑え込んで発ち易くする……それも自分の仕事、という意識はありました。自分を奮い立たせる為に軽口を叩き合いたい人、本音を零したい人、遺言めいた言葉を告げる人、様々です。ですので、彼等が好きなことを言えるよう、私自身は気楽な身分に見えるように明るく振る舞いました。
帰って来てから「あのことは誰にも言わないで!」と、かなりの人からお菓子を貢がれましたから、それは実行出来た、と思います。
ですが、私にも福島を含む東北に知己がいました。災害伝言ダイヤルでも消息の判らない人も。私と同じような人は支援に赴く中にもいたようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます