第26話 女子受けするのは
見てしまったものは仕方がない。知ってしまったのも仕方がない。
だが、一人で解決するなんて納得できない。
ということで、早速礼詞のデートの失敗を路人たちにばらす暁良だ。ちゃんとあの動画も見せる。
「へえ。この動画の技術は凄いな」
「でしょ? 赤松の研究室に所属する金岡って人が作ったんだよ。って、そうじゃなく」
動画に感心する翔摩に、自分も感心していると乗っかっている場合ではない。問題は動画の方だ。礼詞だ。
「想像通りって感じよね。赤松先生に絵を鑑賞する趣味があったのは意外だけど」
瑛真は瑛真で酷いことを言う。たしかにあの真面目偏屈仏頂面の礼詞が絵を見ている姿は想像できないが、嫌いだという情報はない。
「どうでもいいだろ? 科学者はこんなものだと知るためのデートだ。あのお嬢様のサンプルとして適切だろう。こういう奴をパートナーに選ぶのはどういうリスクがあるか。それを知らなければならない」
そして路人は、クマさんぬいぐるみを撫でながらそんなことを言う。
気づいているのか。自分自身も貶しているって事実にと、暁良はツッコミたいが我慢した。
「どうするんだ? 赤松に納得できなければ、お前のところに来るんだぞ?」
それよりも自分が提案した内容を覚えているのかと暁良は訊く。
「そうだな。その手前で諦めることを願っている。しかしそこは、別に礼詞と結婚しなくてもいい話だ」
あの見合い以来、路人の礼詞の呼び方が元に戻っていた。たしかにこちらは一歩前進。しかし、問題は大きくなっている。
「お嬢様は結婚したいんだよ。そこを解ってやれ」
「無理!」
ものすごい速さで言い返される。暁良は女性の意見を聞くべきかと、思わず瑛真を見ていた。
「私も解らないわよ。だって――」
目の前にいる男たちが面倒なのにと、そう言わんばかりの顔になった。
たしかにそうだろう。日頃路人たちの面倒を見ていれば、こいつらと結婚なんて断じてない。それに瑛真も科学者なのだ。家庭よりも研究優先である。
「はあ。どうして山名先生もちゃんと断らなかったのかな。政治家のご機嫌を取ってもいいことはない。余計な研究が増えるだけだし、さらにこんな問題まで」
路人はやれやれと首を振った。
「お金ですよ、たぶん」
そして身もふたもないことを言う翔摩。ああ、どんどん解決から遠のいていく。
「受けてしまったものは仕方ないだろ? それにあのお嬢様、ガッツがあるからな。自分で決めたことは絶対に何があっても貫くタイプだぜ」
どうしていつもと、悩みたくなるが暁良は頑張って軌道修正をした。
「そうね。彼女の人生設計において、結婚は必ずとなっているんでしょうね。でもどうして路人なのかしら」
瑛真は解らないなと首を傾げる。あれ、女性目線からの意見がゼロだ。
「どうしてだと思う?」
暁良は仕方なく、次に路人のことをよく知る翔摩を見た。どうにか他の意見を聞きたいところだ。
「そうだな。たしかに女子学生の人気はあるよ。先生の講義、割と女子の出席率が高いから」
一応の客観的データが登場した。なるほど、こういうダメ男君に惚れる人っているもんなと、暁良は納得してきた。もしくは超優秀な外面路人と、日常のだらっとしたクマさんぬいぐるみ愛好路人のギャップが萌えるのかもしれない。
「男女どちらにも解りやすい講義をしている、俺の努力のたまものだ。未だ平気で講義中に下品なギャグを言う奴とかいるからな。そいつらに比べれば、聞きやすいだろうよ。関係ない」
そして気づかない路人。こいつ、他者からの評価なんて何とも思っていない。というか、下品なギャグに関しては、他の先生の講義には女子がいないから、ついつい緩んで言ってしまうんだろう。それは。
「眼鏡を取れば、一応はイケメンだしな」
ということで、路人の意見は無視して、女子人気は確定的だなと一人で納得。あの丸眼鏡を止めれば、もっと女子が寄って来ることだろう。掛けているのは意図的なのかもしれない。
「で、デートだよ。これ、どうやって改善させる? 一応、本気で反省はしているらしいぜ。でも、同じコースを繰り返してしまう」
「ただのバカだな」
路人は一言でばっさり。お前が押し付けたんだろと、暁良は礼詞に同情した。真面目ゆえに、大変な目に遭っている。それは路人を連れ戻そうとした時も同じだ。真面目過ぎてずれていく。
「ううん。会話よね。やっぱり」
しょうがないと、瑛真がようやく議論に参加してくれた。それに暁良はそうだろと頷く。
「そう。せっかく、科学館と美術館でどういう感想が生まれるのか知らないけど、共通の話題になりそうなものがあるわけじゃん。語れよ、何かってことだよな」
「そう言ってやれよ」
暁良が言うと、路人はそのまま伝えればいいとやる気がない。
「喋るの苦手そうだもんな。講義でも無駄話をしないことで有名だし」
それを無視して、翔摩が別の指摘をしてくれた。なるほど、真面目って大変なんだなと、暁良は思う。
「講義中、ずっと真面目にやっているのか。ううん」
それがこのデートでも再現されている状態。しかし、相手は一人しかいないのだ。大学の講義と違い、複数人を相手にするわけではない。何か喋らないものか。
「喋らなくてもいい環境で育ってるんだよ、俺たち」
そこに路人が、やれやれという顔をして言う。
「喋らなくてもいい?」
どういうことだと、暁良はやっとやる気を出した路人を見る。そう、路人も礼詞も飛び級をしてずっと大学にいるのだ。何かが違うのだろう。
「研究さえしていればよく、さらに話す機会はそれを説明する時だけ。いつ、無駄な話をするんだ?」
「うっ」
「俺みたいに、大学を飛び出してみるくらいの変化が必要だろうね」
言葉に詰まる暁良に、難しい問題だよと、路人はわざとらしいまでに大きな溜め息を吐いていた。
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