第25話 何とかしてくれ!

「何とかしてくれ!」

「はい?」

 研究室に現れるなり、そう言って頭を下げてきた髭面の男に、暁良は面食らっていた。どうしてこう、自分のところにばかり相談が来るのだろう。というか、ただの学生なんですがという気分になる。

「お前以外に誰に頼むんだよ。一色先生が解決してくれるのか? してくれないよな?」

「ま、まあ、そうですね」

 訊き返す暁良に、お前はバカかという勢いでそいつは言う。たしかにそうなのだが、うんざりする事態だ。原因は明らかに路人だというのに、解決以来は必ず暁良を通すことになる。

「それで、野々上さん。一体どうしたんですか?」

 暁良は持っていた箒を握り締めたまま、取り敢えず用件を聞くことにした。面倒な事件だったら、この箒を投げつけることも厭わない。

「うん。赤松先生の様子がおかしいんだ。あれ、明らかに見合いのせいだよな」

 そして髭面の男、正確には礼詞の研究室で研究員をする野々上真一は、困ったものだと腕を組む。

 あのよく解らない見合いから二週間。その間になんと、礼詞は二度デートに出掛けたのだという。そしてその度に不可思議な行動を起こし、現在、非常にどんよりとしているというのだ。

「まあ、予想通りですね」

 礼詞に振ったところで恋愛下手なのは同じだ。路人より多少一般常識を兼ね備えているという程度なのである。デートで失敗するのは目に見えていた。

「その点に関しては同意する。先生にデートは無理だ。見合いも結婚も、どちらも無理だと思う。それは一色先生と同じだ」

 そして真一も、大いに同意すると頷く。要するに、誰がどう考えても成功する要素はないのだ。

「しかし、赤松先生は諦めていないってことですね?」

「そう。それが大問題なんだよ。一色先生との悩みが和らいだかと思えばこれだ。頼む。何とか恋愛指導をしてくれ」

「は?」

 最後、何と仰いました? と、暁良は思い切り訊き返す。

「恋愛指導だよ。君、昔のドラマとか映画をよく見ているんだろ。宮迫から聞いたぞ。ということは、デートの鉄板も知ってるよな?」

 そ、そう来るかと、暁良は思わず天井を見上げていた。それにしても、佑弥に昔のドラマが好きなんて話をしたっけか。そこが謎だ。あいつもまた、油断ならない。

「頼むよ。えっと、誰だっけ? 織田裕二みたいな感じか?」

「絶対に違いますよね。というか、野々上さん、ドラマ見たことありますか?」

 なぜそこで織田裕二なのか。というか、彼に恋愛ドラマのイメージなんて無いが。 出ていたことはあるが、古すぎる。

「ないね。この間、たまたまテレビで『踊る大捜査線』の映画の再放送がやっていて、つい見てしまっただけだ」

「――それ、明らかに恋愛ドラマじゃないし」

 あのトレンディドラマの方じゃねえのかよ。っていうか、この人もテレビを見ることがあるのか。

 工学バカの髭男にしか見えないが、息抜きでもしていたのだろう。

「まあ、何にせよ。人間ドラマを描いたものをよく見ているってことだよな。ということは、俺たちより一般にどういう恋愛が行われているか知っている。ということで、頼む」

「凄い偏見だ」

 たしかにドラマって人間ドラマですよ。でもねえと、それで恋愛偏差値が上がるのならば、世の中誰も苦労はしていないと思う。それに、暁良はサスペンスとか、それこそ『踊る大捜査線』が好きなわけで、恋愛ものばかり見ているわけではない。

 二時間サスペンスは最高だ。現在、そんなものはどこでもやっていなくて残念。というより、テレビそのものが変わってしまったのだ。

「おい。何かいい手が思いついたのか?」

 妙なことをつらつらと考えていると、早速の妙案かと真一が顔を近づけてくる。ぐっ、むさい。

「そんなにすぐ思いつかないですよ。そもそも、あの先生はどういうデートをしてきたんですか?」

 まず礼詞の行動の確認だろと、暁良は訊ねる。

「任せておけ。それに関して、金岡が色々とやってくれている」

 真一はそう言うと、ズボンのポケットからスマホを取り出して、暁良にほいっと動画を見せる。ちなみに金岡とは、真一と同じく礼詞の研究室にいる金岡春樹だ。

「これ、盗撮ですか?」

「金岡開発の新技術でさ。追跡したい相手をこうやって録画できるんだよね。もちろん、一般に普及させるときは、犯罪捜査限定になる」

 動画は、ずっと礼詞がぶれずに映っている。もちろん横にいる穂乃花もだ。この新技術、恐ろしいものになりそうである。ただの盗撮映像とは違い、とても綺麗だし、顔のアップも引きも適宜行われる。

「って、デートに科学館?」

 と、今はその新技術に見惚れている場合ではない。礼詞のデートだ。二人は連れ添って映画館ではなく、大学の近くにある大きな科学博物館へと入って行った。

「そう。それが一回目だ」

 これだけでも、その後の展開が上手くいかないのは想像できる。その後、二人はじっくりと黙って展示を見て回り、最後に食事。ここでも会話が弾んだ様子はない。で、解散。

「うん。高校生のデートよりも酷い」

「だろ? 俺も見てびっくりだよ。それで反省しているんだぜ。一応は」

 真一もびっくりだったと、暁良の反応に頷く。

「はあ。で、二回目は」

 今度は美術館だった。だからどうして会話の弾まない場所ばかり選択するのか。明らかに礼詞の趣味だ。二回目もほぼ同じ展開が繰り返され終わる。

「喋れよ。ともかく」

「それだよ。その辺から指導してやってくれ」

「――」

 いや、引き受けたくないんですけどと、暁良は動画の中で固まっている礼詞同様に固まるのだった。

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