第7話 路人の言い分

 暁良がようやく路人の研究室に辿り着くと

「遅い! 何やってたんだ?」

 いきなり怒鳴られた。

「な、何やってって」

 暁良は怒鳴った路人をはっ倒してやりたかった。しかも両手を腰に当てて偉そうに。しかし、本人に事情を話すと事態がややこしくなるのは解っているので何も言えない。

「こっちは新しいロボットの設計を終え、組み立てようと考えているところだっていうのに、助手がいなくてどうするんだ」

 言い訳出来ない暁良に向け、路人は滔々とそんなことを述べる。いや、正規の助手は後ろにいる翔摩や瑛真だろと、またしてもツッコミたい要素が出てくる。しかしそれよりも気になるのはロボットという単語だ。

「新しいロボットってなんだ? それって新しく社会に役立つ何かなのか?」

 ついに凄さを表す時が来たのかと、暁良は期待を込めて訊く。

 しかし、路人はそんなくだらないものではないと、むすっとした顔をする。

「く、くだらない」

 お前さ、この最先端技術を教える大学の教授として失格だぞと、解ってはいるものの脱力したくなる一言だなと思う。

 やはりこの男が天才かつこの社会を作ったなんて嘘ではないか。穂乃花が見たのはドッペルゲンガーだったんじゃないかと思いたくもなる。

「大学での仕事なんて二の次でいいんだよ。放っておいても赤松が片付ける。それよりどうだ? クマさん型ロボットを開発することにした」

 今、さらっと礼詞に押し付けたぞと暁良は頭が痛くなる。

 それにしてもクマさん型ロボット? 謎だ。

「お前な。自分がクマのぬいぐるみが好きだからって」

「そう。こいつに抱き付いていて思った。片付けのできるクマさん型ロボットがいればいいとね。そうすれば暁良に怒鳴られる回数が減る。ということは、暁良ともっと楽しいことが出来る。これほど素晴らしいことはない」

 呆れる暁良を放置し、そんなことを言ってくれる。楽しいことって何だと、まさかこの大学の研究室をあの雑居ビルの研究室と同じような形にするつもりかと唖然とするしかない。

「あの、楽しいことって何ですか?」

 さすがに不安になったらしい。翔摩がそう質問する。

「それは簡単だ。ここでよろず相談引き受けをするんだよ。やっぱり研究だけは無理」

 おい。それがお前の職業だよと、真面目な翔摩もツッコミたいらしい。変な顔をして固まってしまった。その横で瑛真が額を押さえているのも、同じ心情を表している。大学に連れ戻せても変化ゼロどころかマイナスになるのは何故だろうかと考えているに違いない。

「あ、よろず相談だったらいいのがあるぜ」

 しかし暁良がラッキーと、その無駄な路人のやる気に賭けることにした。自分一人で盗難事件と見合い問題を解決するのは割に合わない。

「何? 今日いなかったのはそれでかい?」

 単純なもので、クマさん型ロボットの図面を広げながらも路人は興味を示した。そこで隣の研究室で聞いてきた地味な盗難事件について話す。

「へえ。文房具や本が盗まれるねえ。どうしてそんな物を盗んでいるんだか」

 あまりの珍事件に、さすがの路人の反応も普通だ。しかし何か引っかかるのか真剣な顔をしている。

「そうなんだよ。盗まれているものがあまりにも地味なんだ。おかげで被害者も盗まれたと気付くのに時間がかかる。おかげで何時犯行が行われたのか不明ってのが難点だ」

 暁良はクマさん型ロボットの図面を見ながらどうすると訊く。引き受けてくれないと自分で解決しなければならないので嫌だ。しかもこのクマさん型ロボットの手伝いもしなければならないという。問題が増えるだけだ。

「なるほどねえ。犯人の狙いはそこか。しかしどうして赤松研究室の、それも赤松以外の全員がターゲットなんだろうね。普通の嫌がらせではなさそうだ」

 路人は面白いと急に笑うその笑顔は不気味以外の何物でもない。まったく、変人度合いが上がっていて困ったものだ。

「たしかに普通の嫌がらせだったら解るようにやるだろうし、誰かって特定するよな。あの宮迫もいることだし」

 科学者狩りをやったおかげで色々と苦労しているらしい佑弥だが、そこは自業自得。

 しかし、佑弥だけではなく他にも被害者がいるということは、嫌がらせが目的とは思えなかった。

「宮迫君ね。彼も面白いよね。赤松を嫌って科学者狩りを始めたはずなのに、いつしか赤松を敬服している。その気持ちの変化って何だったんだろう。俺はまだ嫌いだけど」

 路人は礼詞の顔を思い浮かべて、本気で嫌そうな顔をする。礼詞が聞いていたら泣き出すほどの発言だ。

「そんなに嫌いなのかよ。いつから?」

 単なる性格の不一致と路人のへそ曲がりだけでは説明できないのかと、暁良は興味を持ってしまい訊く。

「第一印象から無理だなとは思っていたよ。あの真面目君だぞ。不真面目な俺まで真面目にやらなければならなくなったのは、ひとえに赤松のせいだ。身近にいるライバルだっていうのもあるけどさ。こう、小さい頃だと比較されやすいだろ?おかげで何かするたびに赤松の名前を出され、俺の赤松アレルギーは酷くなる一方だ」

 ふむふむと路人はそこで大きく頷き

「そこに科学技術省を立ち上げるだの、俺をその中心に据えるだの、マジ勘弁してくれよという状況に陥ったわけだ。というわけでエスケープしたわけであり、総ては赤松に責任があると思うね。なんであいつは肝心な時には選ばれないんだろうか。いつもそうなんだよね。対外的な発表とか説明とか、全部俺に来るんだ。レベルは同じだというのに。研究の貢献度も同じなのに。本当に困る」

 と拳を握り締めて力説した。

 今までの鬱憤がこれでもかと出てくるものだ。

 長々と語った路人は、まだ言い足りないという感じで口をへの字に曲げている。

「それは」

 たぶんカリスマ性ってヤツではと暁良は気づくも、路人が納得する解答とは思えないので黙っておく。

 二人を比較した時どちらが対外的に受けるか。それを考えると自然に路人になる。ルックスからいかにも科学者の路人に対し、礼詞は官僚のような雰囲気だ。それも路人を選ぶ理由だろう。

 それだけなのだが、この不思議な引力は本人に無自覚に発揮されているのでどうしようもない。

「まあ、そういうわけで大嫌いなんだよ。どうしようもない。うん」

 珍妙な顔をしている暁良に、路人も説明はこれまでと打ち切った。それに今はこの暁良がいるから大学にいても楽しいのだ。逃げたことは、色々と問題はあったもののいい結果を残している。

「そうだな。赤松のことは横に置いておこう。それより盗難事件。仕事してくれる奴らがいないとお前もサボれないぞ」

 暁良も仲直りは無理だなと悟り、そう唆すことにした。もう礼詞の依頼は無視だ。こいつを真面目にさせるなんて、地球が太陽系から外れるくらいに起こらないことである。

「サボれないのは困るね。よし、最初の依頼はそれにしよう。でも、まずは暁良にロボットの作り方を講義だな」

 路人は面白くなってきたと、にまにまと笑いを浮かべるのだった。

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