第5話
母は初め絶対に弟がそんなことをするわけがないと聞き入れなかった。仕方無しに取り揃えた証拠を突きつけると、今度は情に訴えてきた。それも最悪な形で。
母はいつもそうだったらしい。自分の意見が通らなさそうとみるや、周りの男性に情で訴えかけていたそうだ。それも出来るだけ大勢の人目のある場所で。か弱い表情で涙を浮かべれば大抵の男性は母を擁護する側に回ると知っていたのだろう。ほぼ全ての女性からは非難されていたらしいが。
だが、今回の騒動は他国に対する王家の醜聞。出来得る限りの内密かつ穏便に済ませたかった。なのにあの女……いや、母は茶会の席で
これ以上はもう我慢するべきではない。そう結論付けた私はひとつの決断を下した。それは王に譲位を迫ることだ。このままでは私が国を継ぐ前に地図から消えかねない。王に出した条件は、二つ。
ひとつは『王は原因不明の難病により退位。王太子フォルトゥナートを即位させる』こと。
もうひとつは、『王は退位後北の離宮で王妃と共に静養』すること。勿論それ以後の社交は禁止だ。多分ちやほやされるのが好きな王妃は反対するだろうが、これ以上掻き回してもらう訳にはいかない。勿論条件には記していないが、この後の王妃の態度如何によっては、離宮で流行り病が起こったり不幸な事故が起きたりするかもしれないが。
この二つを飲むならこちらは弟の罪を不問とし、私が即位した後も大公として城で面倒をみる。本来なら臣籍降下し公爵とするべきだが、目の届かない所に居られたらまた何をしでかすかわからないので苦渋の決断だ。要は母と弟という問題の発生源を分散させる事が最大の目的だ。弟一人なら王宮で不自由無く生活させればなんとかなるだろう。
随分渋られたが最終的に王は条件を飲んだ。このままだと『国を滅ぼした最後の愚王』として王国史に残るぞと脅したのが一番効いたらしい。王妃は優秀な婚約者を捨ててまで選んだものの、王妃としての公務にまるで興味後無かったらしく、既に周辺諸国からは密かに笑い者にされていた。王は最終的には愛する王妃よりも自分の面目をとった訳だ。
そして弟は最初癇癪が酷く、手がつけられなかった。なんといってもまだこの時十二歳。自分が何をしたのか理解していない。自分が悪いとは微塵も思っていないのだ。その上今まで何でも言うことを聞いてくれていた最大の味方である母が居なくなると聞いたのだ。
ただ、折れるのも早かった。世話をする使用人達が不憫だったし、もう面倒になったので宰相と相談し、牢に放り込ませたのだ。たった一日で根を上げた。まあ、貴人用の牢ではなく、一般の犯罪者を収容する牢だった所為ではあるのかもだが。母達と離れると了承しなければずっと不自由な暮らしになる事に気付いたのだろう。一応一週間もったらひとまず弟も一緒に離宮へ放り込もうかと思っていたのだが、こちらもあれ程慕っていた母よりも自分の自由を選んだ訳だ。
そういう意味では、母は誰とも薄っぺらい関係しか築けなかった哀れな存在なのかもしれない。
こうして、私が即位し、先代国王は離宮で蟄居、弟は王宮で監視付きでの生活となり、一応の決着をみせ、ようよう私も落ち着いて玉座に腰を据える事が出来た。
ただ、色々ありすぎて忘れていたのだ。人の性格はそう簡単には変わらない、ということを。
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