第2話

 私がルーチェと初めて会ったのは、私が七歳の時だ。母が数ヵ月の闘病の末亡くなり悲しみに暮れていたある日、父が連れてきたのが継母とルーチェだ。


 異母妹であるにも関わらず三ヶ月ほどしか誕生日が違わない事に吐き気がした。もともと落ち目な侯爵家の三男であった父が裕福な伯爵家に婿入りしてきたにも関わらず、母が存命中から愛人をこっそり囲っていたという事実に古参の使用人達も揃って嫌悪した。


 しかし、母が亡くなった今、この男が伯爵家当主であることには違いない。ぐっと不満を飲み込み渋々従う私達に、継母とルーチェは傍若無人に振る舞った。継母は亡き母の遺品を漁り散らし、目ぼしいものを持ち去ったし、ルーチェも私が持っているものを何かにつけて欲しがった。


『おねえさま、わたしそのおにんぎょうがほしいですわ』


『おねえさまのきているそのどれす、とってもすてきですわ。わたしにゆずってください』


 実家が男爵家であった継母から一応教育は受けていたらしく、貴族令嬢として言葉遣いに大きな問題はないが、やっていることは強盗と大差ない。継母の様に無断で持ち去らない点はましだが、願いが叶わないと父と継母にいいつけて泣くのだ。当然私が叱られる。『妹が可愛くないのか』だの『姉なら妹に譲るのが当然だろう』とか。突然湧いて出た腹違いの妹が可愛いわけがない。私にとってはボウフラと一緒だ。


 それにしても、同じようなものを持っていても、ルーチェにとって私が持っているものの方が自分の物より良いものに見えるらしい。


『おねえさまばかりすてきなものをもっていてずるいです』


私の部屋に許可なくやってきて毎回そう言うので。


 ただ、何度かそれを繰り返すうちに気付いた。ルーチェが欲しがるものは値段関係なく見た目が可愛らしいもの、派手なものばかりだということに。どうやら見た目が良いもの=価値のあるもの、と思っている様だ。元々私の部屋にあったそういう小物やドレスは、父の『貴族の令嬢はこういうものを持つものだ』という偏見で買い与えられたものばかりで、私の好みのものはほとんどない。なので譲ることに抵抗はないのだが、すんなり渡すとそれはそれで不満気な顔をする。仕方ないのでいつも渋々といった体で渡すのだが、多分奪うことが目的なので暫くすると部屋に乱雑に放置されているらしい。それなのに片付けようとすると怒るとメイドに聞いた。理解出来ない。


 そんなルーチェにも簡単には奪えないものがあった。私の婚約者だ。


 十二歳のある日、普段は妹ばかりを構い私の事など見向きもしない父に呼び出され告げられたのは王弟である大公殿下の子息アルフレード様との正式な婚約だった。あれほど可愛がっているルーチェではなく何故私に?と流石に驚いた。実は私には母が存命中に決まった縁談があったのだが、まだ幼いということもあり、発表は控えられていた。当然父も知っている筈だ。だが母がした口約束なので先に大公家との縁談を発表してしまえば口出しはされなくなると思ったのだろう。隙を突かれた形だ。


 ずっと努力をしてきた。マナーやダンス、語学、歴史など、婚約が発表されたときに勉強不足と言われない様に、と。自分でも頑張っていると思っていた。かの方の妻になるのだとずっと思っていた。だが、既に発表されてしまったものを私に覆す力はない。


 父の思惑についてはすぐに予想がついた。父は妹を王太子妃…ひいては王妃にしたかったのだ。本来伯爵令嬢は王族妃としてギリギリのライン。なんのツテもない伯爵令嬢を王太子妃にするには、父では力不足だ。王太子は私達より三歳歳上。貴族子息令嬢が入学する学園は三学年のため同時に在籍することが無い。可愛いルーチェなら夜会やお茶会で見初められる…と親の欲目でありえると思いたいらしいが、それまで待てなかった様だ。そんな理由で大公家から婚約の打診にすぐに乗っかったのだ。


 その時点では大公家が私を望んだ理由はわからなかったが、私を大公家に嫁がせる代わりに王太子妃候補に妹を推薦してもらう手筈になっている、というのはわかった。

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