8:20 Timid Kindness ─臆病な優しさ─


「……馬鹿なことをした」


 アダールランバの城内。クレスは自室でスマホに目を通しながら先日の茶会での行いを悔いていた。久々にスノウと顔を合わせたことで溜まっていた鬱憤や怒りを抑えきれなかったことに対して。


『故郷を奪い返すとか、救われた命を無駄にしないとか……っ。そんなこと考える前に、妹のミール様をまず見てあげてくださいっ!! 私たち平民のことを考えてくださいっ!! 三人・・を選べる一つ・・の雪月花に、早く戻ってくださいよぉっ!!』

(ヤミが言っていた通りだ。俺たちがミールや民衆を振り回している。間違っていることだって、分かっているんだ)


 感情を爆発させたヤミが放った訴え。一言一句間違っていない訴えかけに、クレスはあの時口を閉ざすことしかできなかった。


(それでも母さん、俺は……)


 父親が統治するのがアモンアノール、母親が統治するのはアモンイシル。クレスがよく顔を出していたのは母親が統治するアモンイシルだった。


『ごめんねクレス。急に呼び出しちゃって』

『いや、いいんだ。それよりも何の用が?』

 

 母親の名はIrmaイルマ Arnetアーネット。姉であるスノウの面影と妹のミールの面影があるが、誰よりもおしとやかで、誰よりも喜怒哀楽がハッキリとする優しい母親だった。

 

『今晩、吸血鬼たちとの戦争が始まるって考えたら落ち着かなくて……。少しクレスと話がしたいなって思ったの』

『なるほどな。そういうことだったのか』

『ごめんね、こんなに頼りないお母さんで』

『気にしないでくれ。俺はいつもの母さんらしくてむしろ安心したよ』


 ベッドの上で微笑むイルマの隣にクレスは腰を下ろす。クレスは父親よりも母親のことを尊敬しており、母親もまたクレスのことを過保護なほど手を掛けていた。


『クレスは、怖くないの?』

『……正直怖いよ。けど怖がってても夜は必ず来る。だから覚悟だけはしているんだ』

『ふふふっ、クレスはやっぱりあの人に似ているわね』

『あの人って……父さんのことだよな?』

『そう。私と違ってすっごく頼りがいがあるもの』


 僅かに震えているイルマの手。クレスは安心させるように無言でその手を優しく握りしめると、イルマは震えた身体でクレスを抱きしめた。


『クレス、あなたは傷つかない強さじゃなくて……。誰も傷つけない優しさを持って生きていくのよ』

『……母さん』

『怖かったら逃げて。誰かを悲しませてしまうぐらいなら逃げて。男の子でも臆病でいいの。そこに、誰かを想う優しさがあるなら』


 母親のイルマから伝えられた大切な言葉。しかしその言葉は──最期の言葉となってしまう。


『母さん……』  


 次に映し出されるのは悲劇。故郷であるアモンアノール、アモンイシルを吸血鬼に襲撃された記憶。迎え撃とうと奮闘したがなすすべもなく敗北した結果。その後、多くの騎士、多くの民衆を連れて逃げた後、丘の上で燃え盛る故郷を見つめた景色。


『お父さんッ!! お父さぁあぁあん……ッ!!』 

『うちの子は、うちの子はどこにいるのッ!? 大切な一人娘なのッ!! 誰か、誰か娘の居場所を教えて!』

『離せッ、離してくれぇッ!! まだ、まだ家内が町に取り残されてるんだ! 助けに、助けに行かせてくれぇえぇッ!!』


 振り返れば重傷の父親の前で涙を流す小さな子供。大切な一人娘の行方を手当たり次第に聞き出す母親。家族が取り残されてるとアモンアノールまで引き返そうとする騎士。絶望とも呼べる光景が飛び交っていた。


『ミシェル、私のせいでミシェルが……っ』

『ひっぐ……父様、母様……っ』


 その光景の中には顔を青ざめながら座り込んで大粒の涙を頬に伝わせるスノウ、両手で顔を覆いながら嗚咽を漏らして泣いているミールの姿もあった。その光景を見つめ、彼の脳裏に浮かんだとある結論。


『あぁそうか。俺たちはこの世界で──狩られる側なんだ』


 人間は吸血鬼に蹂躙される立場だと。彼の心へ寄生するように常識という名の種子を植え付けられた。


『もう誰も、悲しませたくない』


 誰かが哀しむ姿は見たくない。誰かが絶望する姿は見たくない。彼はそんな願望を胸の内に抱くようになる。


『吸血鬼と戦わなくていい。襲われたら逃げればいい。国を捨ててでも逃げればいい。そのためには他国との国交が必要だ。受け入れてくれる、避難所になる国と手を取り合うんだ』


 戦うことよりも逃げることを選ぶ。人間には寿命という名の制限がある。産まれてから死ぬまで、その制限内を幸福に生きればいいじゃないか。わざわざ戦って死ぬのは愚かなことだ。そう考え始めた。


『クレス、あなたは傷つかない強さじゃなくて……。誰も傷つけない優しさを持って生きていくのよ』


 背中を押したのは母親の言葉。誰も傷つけない優しさを持つこと。クレスはその考えをスノウに伝えようとした。


『クレス、私は吸血鬼たちから故郷を奪還します』

『何を、言って……』

『父上や母上から継いだ意志と血筋、ミシェルが守り通してくれたこの心臓、そして憎き吸血鬼たちに散らされた民の無念……私はすべてを背負ってアモンアノールとアモンイシルを奪還してみせましょう』


 だがスノウは違った。逃げることよりも戦うことを選択したのだ。


『違う姉さん、それは間違っている』

『……クレス?』

『父さんも母さんもミシェルも……そんなことは望んでいないはずだ。きっと俺たちに生きてほしいと望んでいる。だから俺たち三人で吸血鬼と戦わなくてもいい……ここにいる民が幸せに暮らせる国を作れば──』


 母親の想いを成し遂げようと否定をした瞬間、スノウはクレスの左頬を思い切り引っ叩く。何故殴られたのか理解が及ばず、クレスは呆然としてしまう。


『父上に、父上に似た顔で、そのような世迷言を口にするのはやめなさいッ! 戦わなければ、この命に価値なんてないでしょう……ッ!?』

『価値が、ない……? お前は、お前は何を言ってるんだッ!?』

『価値がないと言っているのですッ!! 臆病者として逃げれば、あなたの命はその価値を失いますッ!! 何の為に、何の為に私たちは命を落とした者たちの無念を背負っているのですか?!』

『臆病で何が悪いッ!?! 逃げて何が悪いッ!? お前は命の価値を軽んじてるだけだろうがッ!!』 

『姉様、兄様……! こんな時に喧嘩はやめてくださいっ!!』


 スノウとクレスの喧騒が分裂に、分裂が雪月花の瓦解を招くことになった。過去の記憶を思い返したクレスは、自室で眺めていたスマホに保存された写真を見る。


(ただ、誰も傷ついてほしくないだけなんだ。ラミたちも、ガブたちも、ミールも……姉さんにだって、傷ついてほしくない。母さん教えてくれ、今の俺は間違っているのか……?)


 映し出されたのは家族写真。後列で幸せそうにする母親と慣れていないのか気難しそうな顔をする父親。前列では微笑むをミールを中心に、母親の傍でクレス自身が、父親の傍でスノウが微笑する写真。


「──クレス?」

「……!」

 

 いつの間にか部屋の扉前に立っていたガブリエルが声をかける。クレスは少々驚きつつ顔を上げた。


「大丈夫かい? だいぶ疲れている様子だけど……」

「あぁ、大丈夫だ。それよりも何かあったのか?」

「……まぁ、ちょっとね」


 深刻だと言わんばかりに引き攣った顔。ガブリエルは扉を閉めるとクレスの元まで歩み寄って一台のスマホを手渡す。


「これは?」

「……中を見てほしい」


 クレスは首を傾げながら言われた通りスマホを起動して画面を確認する。そこに写し出された写真。クレスは喉に言葉を詰まらせ、目を丸くした。


「カルメラさんが──亡くなった」


 写真に写っていたのはカルメラ・クルスが安らかに眠る姿。目元は白い布で隠され、大分時間が経っているのか、しわの目立つ肌は青白くなっていた。


「周囲の住民からカルメラさんの姿を見かけないと報告を受けて、騎士団で行方の調査をしたんだ。少し離れた山林で見つけたけど、その時にはもう……」

「山林? なぜそんなところまで……」

「それは僕にも分からない。けど遺体のすぐそばには野菜畑があったから、きっと整備をしに来たんだと思う」


 クレスは遺体の写真をじっと見つめ、どうにか平常心を保ちつつも静かにこう尋ねた。


「……死因は?」

「毒死だよ」

「毒だって?」

「カルメラさんの左肩に噛まれた痕があった。形状からすると……蛇に噛まれた可能性が高いみたい」


 蛇から連想するのは大蛇の風穴。クレスは写真に写るカルメラを見て、ふとあることを思い出すとすぐさま顔を上げる。


「ラミにはまだ何も伝えていないよな?」

「当然。わざわざクレスのところに来て写真で見せたのも勘付かれない為だから」

「ならいい。ラミには俺の口から伝えて──」


 瞬間、廊下に聞こえてくるのは硝子がらすが割れる音。ガブリエルとクレスはしばしの沈黙の後、無言で廊下への扉を開く。


「……ティーカップ?」


 廊下の床に飛び散るのはティーカップとポッドの破片。そして茶葉が入り混じった紅茶。落とした本人は周囲に見当たらない。クレスはすぐさま何かに気が付くとハッと我に返った。


「ガブ、キリサメを護衛する騎士は……!?」

「え? 今は、多分誰もいないけど……」

「まずいな。ラミのやつ、キリサメを──」



────────────────────



(……何にもやることがないな)


 アレクシアに付いていくことを拒んだキリサメはベッドの上でスマホに保存された書籍を読み漁り、ただただ時間を潰していた。何もすることもなく、ただ時間を持て余すのみ。


(『主人公補正』なんて奇術、どうすればいいんだよ……)


 自分自身の奇術『主人公補正』。迫りくる死を跳ね返す規格外の奇術。だがその正体は自身の死を他者に擦り付けるもの。明かされた自分の奇術に、キリサメは頭を悩ませることしかできずにいた。


(この奇術を制御できるようになっても……。それってただ俺が死ぬだけじゃね? 戦力にもならないんじゃ──)


 未知数の奇術。キリサメがスマホをベッドの上に放り投げ、仰向けになって部屋の天井を見上げた途端、


「……」

「うおっ!? びっくりした……!」


 部屋の扉が勢いよく開く。そこに立っていたのはラミ。顔が見えないよう俯いたまま、ゆっくりとキリサメへ歩み寄っていく。


「えっと、俺になんか用でもあるのか……?」

「……」 

「あれ? 聞こえてる、よな?」


 呼びかけるがラミは応答しない。キリサメは怪訝そうに様子を窺いながら目の前で立ち止まるラミに首を傾げた、


「ぶッぐぉおぉぉッっ!?」


 瞬間、ラミが回し蹴りをキリサメの頭部に打ち込んでベッドの位置から間反対にある本棚まで蹴り飛ばす。


「うッぐッ……な、にをして──ごぅはッ!?!」


 うつ伏せに倒れ込んだキリサメはラミの顔を見上げるが、間髪入れずに腹部へ何発も蹴りを入れる。容赦のない一打一打はキリサメの肺から空気をすべて吐き出させるのに時間はかからない。


「……」

「がはッ、ごほッげほッ……」


 仰向けになったキリサメの身体にラミが馬乗りになると、太腿のホルスターから銀のナイフを一本だけ抜く。人を殺めるのに十分すぎる鋭利な刃は、迷いなくキリサメの胸元へ向けられた。


「……死ね」

「や、やめ──ッ」


 真っ直ぐ振り下ろされる銀のナイフ。キリサメは思わず目を瞑ったが、衣服に刃が触れようとした途端、


「──ッ!」

「……ナ、ナイフが、消えた?」


 銀のナイフは一瞬にして砂埃のように砕け散った。呆然とするキリサメを他所にラミは歯軋りの音を立て、ホルスターからもう一本だけ抜いて真っ直ぐ振り下ろす。


「何でッ、何で……ッ!?!」


 次々と跡形もなく消えていく銀のナイフ。ラミは苛立ちを吐露しつつ何度も何度も新しいナイフでキリサメを殺そうとする。しかし一ミリも衣服に触れることなく、手持ちのナイフはすべて砕け散った。


「だったら……ッ!!」

「ぐぁッ、がはッ!?」


 左手で胸倉を掴み上げ、右拳でキリサメの顔を何度も何度も殴りつける。唇が切れて流血し、酷い青あざが頬に浮かび上がる。


「お前の、お前のせいでおば様は死んだッ!! おば様は、お前に殺されたんだッ!!!」

「うごッ、げふッ、ぐッあぁあ……ッ!?!」

「お前が生きているから、お前がこの国に来たから……ッ!! 何もかも、おかしくなったのよッ!! 死ね、死ねぇえぇッ!!」


 怒声と共に頬を伝わるのは何粒もの涙。ラミは怒りと悲しみと殺意を右拳に込め、キリサメを殺そうとする。だがその腕っ節では撲殺は不可能に近く、痛みを与えることしかできない。 


「ガブ、ラミを押さえろ!」

「分かってるよ!」


 部屋に飛び込んできたのはクレスたち。ガブリエルはラミをキリサメからすぐに引き剥がし、床に押さえ付けて拘束する。


「離しなさいガブッ!! こいつを殺さないとこの国が滅ぶわよ……ッ!? おば様の仇だって、取れないじゃない……ッ!!」 

「落ち着くんだラミ! 怒りに身を任せてもカルメラさんは帰ってこない!」

「キリサメ、大丈夫か?」

「な、なんとか……生きてるけどさ……」


 拘束されても床で暴れ狂うラミ。クレスはキリサメの元へ駆け寄り、すぐに容態を確認すると肩を貸して立ち上がらせる。


「クレス、彼を連れて部屋を出た方がいい!」

「言われなくてもそうさせてもらう」


 キリサメの前でラミが落ち着くことはない。ガブリエルにそう言われたクレスはキリサメを連れて、部屋から出て行こうとする。


「お前がッ、お前がいなければッ! おば様が、おば様が死ぬことなんてなかったわッ!! お前は、お前は人殺しなのよッ!!」

「俺が、人殺し……?」

「覚えておきなさいッ!! お前は誰にも必要とされない、誰にも愛されないただの疫病神・・・だってことッ!! 出てけ、この国から出てけぇえぇえーーッ!!!」 


 室内に木霊するラミの掠れ切った怒声。憎悪と殺意に支配された肉体を暴れさせ、キリサメに向かってひたすら叫ぶ。その顔を見てしまったキリサメは恐縮して両肩を落とした。


「医務室まで案内する。少し歩けるか?」

「あ、あぁ……うん……」


 ラミが残された部屋から廊下を歩き、医務室まで向かう二人。先ほどとは打って変わり、穏やかな小鳥の囀りが辺りに響く。


「クレス……」

「どうした?」

「おば様ってさ、ラミにとって大切な人だったのか?」

「……叔母さんは、俺たち雪月花とラミたち三姉妹の肉親みたいなものだった。特に人当たりの悪いラミにとって叔母さんは特別だったんだ」

 

 その答えを聞いたキリサメは自身の手の平を見つめてこう考えた。自分が、自分の奇術がその肉親を殺してしまったのだと。


「キリサメ、叔母さんが亡くなったのはお前のせいじゃない」

「けどさ、俺がこの国にいるから……カルメラさんって人は……」

「奇術が発動するトリガーは『死が自分自身に迫ること』だろ。カルメラさんが亡くなるまでお前にそんな状況は訪れなかった。……というより、奇術の範囲はそこまで広くないと思うしな」

「……そうだと、いいんだけどな」


 クレスは考察を交えながら責任感を背負うキリサメへ否定の意見を述べる。それでもキリサメは自責の念を捨てきれずにいた。


「……? キリサメ、その奇術の性質は……」

「えっ?」


 キリサメの横顔を見つめながら驚きに満ちた顔を浮かべるクレス。医務室へ向かうための歩みも自然と止まる。


「前まで見えなかった奇術の性質が、見えるようになったのか……?」

「……! な、なにが書いてあるんだ?! 制御する方法とかそういうのがあれば教えてくれ!」

「いや、待ってくれ。書いてあることが複雑だ。頭で整理する」


 クレスに備わる奇術である機械的きかいてき観察かんさつ。彼は奇術いう名のレンズを通し、キリサメの『主人公補正』についてじっくりと思いふける。


「……なるほどな。お前の奇術はそういう仕組みだったのか」

「何か分かったのか……!?」


 負傷した身体を強引に動かしながら期待の眼差しを向けるキリサメ。クレスは険しい表情を浮かべつつ、再び医務室に向かって歩き出す。


「結論から述べるとすれば……お前自身で奇術の制御はできそうだ」

「教えてくれクレス! 俺は、俺はどうすればこの奇術を制御できるんだ!?」

「問題はそこだ」

「ん? 問題って……制御はできるんだよな?」


 クレスは肩を貸したキリサメと掃除が行き届いていない廊下を歩き、壁に掛けられた絵画へ一瞬だけ視線を逸らす。


「あぁ制御はできる。今のお前の奇術には『補正値』が数字として表示されているからな」

「補正値?」

「多分主人公補正の補正値だ。今の状態だと……二十一パーセントの補正値が掛かっている。補正値が数値として存在するなら制御することも可能なはず──」

「待ってくれ! 二十一パーセントってなんかおかしくないか? それだと俺の奇術は今までその確率で、死を跳ね返してきたってことになるだろ?」


 自身に迫る死を跳ね返す。その理屈が正しければ百パーセントでなければ成立しない。キリサメの疑問点にクレスはしばらく考え込むとこう答えた。


「例えばそうだな。主人公補正はあくまでも統合された大枠で、中身が別の補正値で更に細分化されている。そして死を跳ね返すことに直結する補正値だけ、常に最高値を叩き出しているとすれば……」

「じゃあ俺がその補正値を制御できるようになれば……俺のせいで誰かが傷つくこともなくなるってことか!?」

「上手くいけばそうなるが……。あくまでも憶測に過ぎないぞ?」


 医務室の前まで辿り着くとクレスは扉を開いて医務室へ入るようキリサメを促す。


「憶測でもいい! 少しでも希望があるなら俺はその希望を信じたいんだ!」

「……分かった。制御する方法を模索しよう。俺も協力する」

「本当か!? ありがとなクレス!」

「けどその前にちゃんと治療を受けるんだ。考えるのはその後にしよう」

「あぁ、また後でな!」


 僅かな希望を抱いたキリサメにそう伝え、クレスは医務室の扉をゆっくり閉める。彼は大きく深呼吸をし王室まで向かおうとしたが、


「クレス様、少々お時間を頂けますでしょうか?」

「あぁお疲れ様。今なら空いているが……何の用だ?」


 秋月騎士団の男騎士が颯爽と現れ、クレスをその場に呼び止めた。男騎士は要件を尋ねられると一枚の手紙を取り出し、クレスへと手渡す。


「先ほどクレス様への書状が届きまして」

「書状? 誰から?」

「実は差出人の名が明記されておらず、どなたの書状かははっきりと……。しかし妹のミール様が統治するアフェードロストから届いたものでしたので、お渡しすべきだと判断しました」

「ありがとう。後で読んでおく」


 男騎士は「それでは失礼」と一礼をしてからその場から去っていった。クレスは渡された手紙の封を開け、文の内容に目を通し、


「──!」


 表情を深刻なものへと一変させ、早足気味でラミを拘束したガブの元へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る